第17話 HP


 俺は洞窟でダメージを受けて残りHP10となっていた。


 その上、帰り道でザコ敵に削られて『HP3』にまで減ってしまっている。


「もう少し……もう少しだ」


 そんなふうにボロボロになりながらもようやく第一の拠点まで帰って来ると、セーラが胸に手を重ねて目を見開いた。


「シェ、シェイド! 一体どうしたの?」


「別に、大丈夫だ。うッ……」


 セーラの顔を見ると緊張の糸が切れたのか、俺は膝から崩れ落ちてしまう。


 ヘナヘナとして全身に力が入らない。


「と、とにかく手当を……おやしきへ帰りましょう」


「あ、ああ」


 こうして女の肩を借りながらなんとかやしきへ戻った。


「奥様……と、シェイド様?」


「ノンノ。お風呂をわかしてちょうだい」


「は、はい……」


 セーラは帰るなりメイドへてきぱきと指示を出す。


 そして、おもむろに俺の服を脱がし始めた。


「なっ、何すんだ!」


「さっ、脱ぎましょう」


「やっ、ヤメッ……恥ずかしいからヤメろよ!」


「お風呂に入るのよ。あなた、動けないんだから仕方がないでしょ」


「よせって! 風呂は治ったら自分で入るから」


「魔物からダメージを受けた場合はまず身を清めるのが基本なの」


「……そ、そうなのか?」


「そうなのよ。だから仕方ないの。恥ずかしがることはないわ」


 と、動けなくなっている俺の服をスルスルと脱がしていくセーラ。


「うう、くそぉ……」


 されるがままにバンザイする俺。


 仕方ないとはいえ、我ながら男にあるまじき情けない姿だ。


 誰かに見られたらマジ嫌だな……


 などと思っている時。


 ふと視線を感じてそちらへ目をやるとノンノが壁の陰からこちらを見ているのに気づく。


「……っ!」


 無表情ながら目をカッと見開きのぞいていたノンノだったが、俺と目が合うとおかっぱ頭をヒラリと返して再び風呂の準備にいった。


 ノンノのヤツ、まったく気配を感じなかったぞ。


 意外と油断のならないメイドだ。


 ぴちょん……


 さて、風呂がわくとセーラは石鹸を泡立ててシコシコと俺の身体を洗い始める。


「うしししし(笑)くすぐったい!……脇の下はよせって!!」


「ダメよ。ちゃんと隅まで洗わないと」


 セーラはレオタードアーマーに湯と泡を跳ねながらも、丹念に俺の身体を洗った。


 女の美しい指が、俺の肌をヌルヌルとこする。


「も、もうそこはいいだろ」


「しっかり洗うのよ。おとなしくしてちょうだい」


 あまり丹念なので、『コイツ、もしやスケベな気持ちで俺の身体におさわりしたいだけでは?』と疑念を抱いたが、ふと振り返ると女の眼差しは真剣そのもので、そんな疑いをかけて本当に申し訳なく思った。


「できたわよ」


 風呂から上がると、セーラは『HPが下がった時用の滋養粥』を作り、食べさせてくれる。


「はい、あーん」


「……」


 なんか、純白のレオタードアーマーが、看護婦さんの白衣のように見えるな。


 そして、メシが終わるともう寝た方がいいと言って、俺の身体を木のベッドへ横たえた。


「なんか、悪ぃな」


 セーラは首を振って「いいのよ」と言う。


「でも、もうこんな無茶はやめて」


「……別に無茶なんてしてねーよ」


「HPが3になるまで探索を続けていたら、それは無茶だわ」


「……」


「私との賭け、ちゃんと守ってね」


「わかってるよ」


 俺はそう答えると、すぐそばの女の髪の香りの中でゆっくりとまどろんでいくのだった。



 ◇



 ところで、魔物から攻撃されると人はHPが減る。


 これは普通の日常生活で負う怪我とはまったく別ものだ。


 HPが0になれば死んでしまうが、少しでも残っていれば『寝る』ことで回復ができる。


 そこが『通常の怪我』と『魔物から受けるダメージ』との違い。


 魔物は幽世かくりよの存在なので、そのダメージも肉体的なものを超えたところに及んでいるのかもしれんね。


 ちなみに、そこそこに削られたHPならばおおよそ一晩で全回復するので、世の冒険者たちは街の宿で一泊するとすぐにまた冒険へ出かけて一般の人々を驚かせたりもする。


 ただし、今回の俺の場合は残りHP3までダメージを喰らっていたので、翌日になってもまだ十分に回復できていない。


 そのせいで俺は今日もベッドで横になっていなければならなかった。


HP:57/160


 まあ、これだけ回復していればもう掘削へ出かけてしまおうと思ったのだけど、この日はセーラも狩猟部隊の教育を休んで俺が勝手出て行かないようメガネを光らせているのだ。


「なあ、セーラ……」


「ダメよ」


「まだ何も言ってねえのに」


 こうしてなんとか外へ出してくれと許可を得ようとするが、女はダメの一点張りである。


「ご飯食べさせてあげるから。我慢しなさい」


 厳しいなあ。


 家事の時にする桃色のエプロンのせいで、お尻のぷりっとしたお母さんのようだ。


「やれやれ、退屈な一日になりそうだな」


 と、そう思っていたが、案外そうでもなかった。


 まず、午前中。


 農業地を任せていたエドという男が、野菜を持って訪ねてくる。


「まったく信じられませんよ! 種を植えるとニョキニョキと育ち、あっという間に実がなってしまうんですから!」


 そう言って、エドはジャガイモやらリンゴやらの入った篭をノンノへ手渡した。


「うふふ、これで料理のメニューが増えるわね」


「……ええ」


 セーラとノンノは顔を合わせて喜ぶ。


 料理についてはよくわからんけど、彼女らのご飯については俺も楽しみである。


 で、エドが帰ると、次にモンドが近況報告にやって来た。


「新たな失業難民の受け入れによって総人口は200人になりました」


 留守の間に、またよそから失業者がやって来たらしい。


「またずいぶん増えたな」


「ええ。それぞれの話を聞くと、どうやら領主様のことが一帯でウワサになり始めているようです」


「そうなのか?」


「はい。新しい領主様によって辺境が開発されるらしいので、仕事があるに違いない……と。ですので、これからさらに領民希望者が増えるかもしれません」


「なるほど」


 それから、さしあたって現在増えた100人をどのようなバランスで配置するかだけモンドに指示を出しておいた。


 エドの話では収穫が作物の成長スピードについていかないとのことなので、特に農業地へ50名。


 また、狩猟部隊を30名増強。


 モンドの補佐や第一の拠点の運営にプラス20名配置する。


「それから、また拠点を作ろうと思ってんだよな」


「新しいポイントにですか?」


「ああ。だから今のところ人が増えるのは問題ない。どんどん受け入れてやってくれ。作物も順調らしいしな」


「わかりました」


 そう。


 俺は今新しい拠点を作ろうと考えているのだった。


 どこに作るのかって言うと、あのヒドイ目に遭った北の岩場にである。


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