第5話 邸(やしき)



 セーラが帰って来たのは、日もほとんど暮れて、紫の空に一番星がきらめき始めた頃である。


「こ、これは一体……」


 彼女は帰るなりに石の城壁を見上げてそう漏らしていた。


「おう、セーラ。おかえりー」


「はッ……シェイド!」


 彼女は俺に気づくと目を見開いてたずねる。


「こ、このとりでは一体何?」


「あ? 何って……ここに最初の拠点を作るって言っただろ」


「たしかにそうだけれど、そんな……私がちょっと離れていたその間に!?」


 セーラは胸の前で手を重ねながら、メガネの向こうの目を丸くしている。


 どうしたんだろう?


「まあ、とにかく入れよ。もう夜だ。魔物が出るぜ」


 俺はそう言って、ぶ厚い木の城門を開けた。


 ギギギギ……


 俺が囲いの中へ入るとセーラも入ったので、外からモンスターが入ってこないようにしっかり門を閉じる。


 で、内へ向かって振り返ると……


 城壁内の100歩×100歩のスペースの中央には、すでに一軒の家が出来上がっているのだった。


「ぁ……」


「こっちだよ」


 俺は女の白い手を取り引いていく。


 どこか呆然とした様子のセーラはいざなわれるまま内股に歩み、アーチ型をあつらえた家の玄関を俺と一緒にくぐった。


 ガチャ、キィー……


 家に入ると、まず20歩×20歩ほどの大きな広間があらわれる。


 まだ素材が足りなくて内装などは未完だけど、吹き抜けの天井に解放感のある空間はなかなかのもんじゃねーかな。


 隣には小さな部屋が五つほど配置されており、そちらには2階もあるんだぜ。


「どう? 気に入ってくれた?」


 と聞くが、しかしセーラは黙ったまま部屋に立ち尽くしている。


 あれ、なんかマズかったかな?


 そう思ってよく考えてみると、もともと彼女は元ギルド支部マスター。


 つまりVIPな女なのだ。


 この程度の部屋じゃ不満なのかもしれない……


 俺はちょっと不安になって、おそるおそるたずねる。


「ごめん……一生懸命作ったんだけどさ。どこか気に入らないところがあったら言ってよ」


「え?」


 すると、セーラはハッとしたように肩を跳ね、お尻をキュッとさせながら言った。


「いいえ……いいえ! 違うの」


「違う?」


「そう。すごいわ、シェイド!」


 と言って、ギュッと俺の手を握るセーラ。


「え?……そ、そうかな?」


「ええ! 夢みたいよ。何もない荒野にこんな素敵なおやしきが建つなんて」


 セーラはそう叫んで、躍りのように広間をルンっと跳ねていった。


「セーラ……」


 よかった。


 少なくとも不満って感じじゃない。


 つーか、そう喜んでくれると心を込めて建てた甲斐があるなぁ。


 これまで土魔法課で帝都の橋や道路を直している時は、(石を投げられることはあっても)人が喜んでくれるなんてことはなかったから……


 自分の作ったものを人が喜んでくれるって喜びは、俺にとってはすげー新鮮な喜びだった。


「あら? こっちはキッチンね?」


「ああ。まだ水は通ってないけどな」


 そう答えると、女は唇へ人差し指を当てて「うーん」と少し考えるようにした。


「ちょっと待ってて。おれいに美味しいもの作ってあげる」


 セーラはそう言うとおもむろに一度ポニーテールをほどき、薬指と親指でゴムを広げながら長い髪をシルクのようになびかせると、再びしっかりと結び直す。


「メシの準備? ……手伝おうか?」


「平気よ。一日働いて疲れているでしょう? あなたは休んでいて」


 セーラはレオタードアーマーの上から桃色のエプロンを装着しながら首をかしげてニコっとほほえんで答える。


 お前だって水場を探しに行ってくれたじゃん……とは思ったが、まあ、こういう時に台所を女性へゆずるのは儀礼マナーに類するよな。


 俺はタバコへ火をつけて、料理する女の後ろ姿をボンヤリ見つめた。


 トントントン……ボォォオオオ!!


 炎系魔法の轟音ごうおんがキッチンに響く。


 エプロンの後ろ姿はひもだけが首と腰に結ばれて、ぴっちりしたレオタード型アーマーの肉体をかえって強調して見せている。


 料理のしぐさに合わせて、そのちょうちょう結びが白パンティのような尻をひらひらとでていた。


「できたわよ」


「おー」


 セーラが作ったのはなんかの肉のステーキだった。


 モグモグモグ……


「……!!」


 ヤベー! すげーうまい!


「どうかしら?」


「うん。お前って、いい女だと思うよ」


「……もう。あなたがそういうこと言うのって、ご飯作ってあげた時ばかりよね」


 と、プイッと顔をそらすセーラだったが、ポニーテールに露出した耳がピクピク動いているので嬉しいらしい。


 コイツは昔っから、褒められて嬉しい時には耳がピクピクいってしまうタチなのだった。



 カチャカチャカチャ……


 それから俺たちはステーキに舌鼓を打ちつつ、今日の話を始めた。


「そう言えば水場は見つかったのか?」


「ええ。東へ少し行くと沼があったの」


「おお、マジか!」


「……でも、水質はあまりよくなさそうね」


 水質については土魔法でどうにでもなる。


 ちょっと手間はかかるけどな。


 それより、水場があれば農業が始められるぞ。


 次はその沼のそばに第二の拠点を築いて、農業地を建設したいところだ。


「よし。じゃあ明日は一緒に沼へ行ってみようぜ」


「あっ。でも、それはちょっと……」


 セーラは少し説明の仕方を考えるようにしてから続けた。


「ここから領地の奥へ進むと、すぐに『魔獣系』のモンスターも出現するようになるのよ」


「ん? それって、どういうことになるんだ?」


「魔獣系のモンスターは死霊系とは違って夜だけに出現するというわけにはいかないの。たとえ太陽が出ていても、魔獣の牙は人に襲いかかっってくるわ」


「マジ?……つーか、お前大丈夫だったの?」


「私は平気よ。これでも冒険経験者だもの。ほら、このお肉もさっき倒したファイアー・ボアってイノシシ型魔獣のお肉なの」


「へえ……」


 俺は感心しながら肉をほおばった。


 しかし……


 要するに、この荒野を先に進むのは、セーラひとりならなんとかなるけど、弱い俺を守りながら進むのはリスクが高いってことか。


 でも、それじゃあこの先、採掘も施設の建設もろくに進まないぞ?


 俺はちょっと考えてからこう尋ねた。


「あのさ、魔物ってどうすれば倒せるようになるんだ?」


「そうね。こういうことは何事も経験だと思うのだけれど、特にモンスターとの戦闘においては『経験値』が重要になるわ。つまり……」


「つまり?」


「レベル上げね」


 セーラがそう結論を言った時。


 オーン! オーン!


 壁の向こうから夜の魔物たちの遠吠えが聞こえ始めた。

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