第4話 ケビン・ロッキング


 お腹すいたなぁ。


















「ヨシコーーー」

「っ」


 巨人になったお姉さんがヨシコに笑顔を向けた。


「今日はごちそうよぉーーー」

「いいいいいいいいいいい!! お姉さん、無理はだめだって!!」


 ヨシコが青い顔で巨人お姉さんから全力で逃げる。


「人類にはまだお姉さんの料理は早いんだよぉ! あっ」


 ヨシコの羽織の襟がお姉さんの人差し指と親指でつままれた。ヨシコが宙に浮き、お姉さんの目の前まで持ち上げられる。


「お姉さん、その、あたしね、あの、食欲が、そう、あの、食欲がないんだよ! ほら、今、季節の分かれ目じゃん? 重たい生理とかくるじゃん? 食欲なくってさーーー!」

「だめよ。ヨシコ。そんなときは」


 お姉さんは微笑む。


「アレを飲みましょう?」


 それを見たヨシコは、笑顔を浮かべ、顔を上げ、口を開いた。涎が垂れてくる。


「これでご飯もおいしくなるわよ」






(*'ω'*)



 ガタン! とトラックが揺れた。


「っ」


 ヨシコは目を覚ました。

 びくっ! と肩を揺らし、ずっと抱きしめていた腕の持ち主であるカヤマがヨシコに静かに伝えた。


「トラックが揺れただけだ。安心しろ」

「はあ……お兄さん……」


 ヨシコはため息混じりにカヤマの腕を抱きしめ続ける。


「やっべーよ、なまら怖い夢見たの! お姉さんの料理の夢だべさ! お姉さんさ、性格いいのにご飯だけクソマズなんだもん!」

「……」

「……。……優しかったのにな。お姉さん」


 寂しそうにつぶやくヨシコをカヤマが見つめる。


「お兄さんだけでもいてくれてよかった」


 ヨシコがカヤマの肩に頭をこすりつけた。


「生きててくれてて、本当によかった」

「……」


 カヤマが口を開きかけた。悪いがおれは君のお兄さんじゃない。そう言おうとして。しかし、……この状況下で、その言葉はあまりにも残酷ではないだろうか。


「……」


 周りを見れば、トラックの中では保護した市民の人たちがお互いの肩に頭をあずけ、身内同士で身を寄せ合っている。ヨシコも同じだ。しかも彼女は子どもだ。身内のいない彼女は、本気でカヤマを『お兄さん』だと思っているらしい。ならば、……今だけならば、いいのではないだろうか。


「……」


 一度、カヤマは口を閉じ、もう一度口を開けた。


「思ったんだが、ヨシコ」

「ん?」

「ボタン、かけ間違えてるぞ」

「え? ……うわっ、本当だ!」


 ヨシコが声をひそませ、慌ててシャツのボタンを直した。


「道理でなんかダボると思ったら! ありがとう。お兄さん!」

「……それ、着物の羽織か?」

「ん? そうだけど?」


 ヨシコの格好はカヤマから見れば奇抜であった。着物の羽織に下駄を履いているまではいいが、中はただのワイシャツに、袴に似たズボン。ボトムスというものか。頭にはバンダナをつけ、彼女の髪の毛は――事情があるのだろうか。彼女のものではない気がした。

 カヤマは素直に聞いてみた。


「今はそういう服装が流行ってるのか?」

「なわけないじゃん。あたしだけだよ。こんな服装」


 ヨシコがくすっと笑った。


「着たいものは人の目を気にせず着ればいいさって、お兄さんが言ったんだよ?」

「……ああ」


 カヤマが薄く口角を上げた。


「そうだったか」

「ふふー! 和服って可愛いよねえ。あたし大好きなんだ」


 ――突然、トラックが急ブレーキをかけた。トラック内が大きく揺れ、人々が不安な悲鳴を上げる中、ヨシコがカヤマの胸に顔をぶつけた。


「べほっ!」

「!?」


 カヤマがすぐさま立ち上がり、ヨシコを放って運転席に向かって大声を上げた。


「何があった!?」

「やっべ、顔、顔が中央部分に埋まってもどらね……顔が……顔が……」

「隊長! ……大変です……」


 そこには、顔の青い兵士がいた。


「囲まれてます……」


 森の中心に入った二台のトラックを、大量の人造人間が囲んでいた。マントを羽織った一人の人造人間が木の上からトラックを見下ろす。


「あのトラックに人間が乗っている」


 目が、ぎょろりと動いた。


「なるべく多くを生きて捕えろ。抵抗するようなら」


 人造人間が言った。


「殺しても構わない」


 マントを翻し、指示を出す。


「やれ」


 人造人間たちが一気にトラックに近づいた。運転席にいた兵士は、エンジンを入れ、一気に走り出すつもりだったが、なぜかトラックが動かなくなった。一体なぜかわからず再びエンジンを踏むが、運転席にあるモニターにはこう表示されている。エラーが起きています。動かせません。すでにトラックを人造人間が囲み、揺らし始めた。


「ぎゃーーーーーーー!!」

「やめてくれぇーーーー!!」

「助けてーーーー!!」

「まだ死にたくないよーーー!!」


 トラックの中で悲鳴が上がる。

 兵士たちが各々壁に掴まり、カヤマに大声を出す。


「隊長、奴ら! トラックを倒すつもりです!」

「みんな、落ち着け!」

「隊長! もうだめです!!」


 トラックが倒れることは、その場に乗っていた全員が、なぜか理解できた。


「倒れます!!」


 ふわりと浮かぶ体。カヤマが叫んだ。


「頭を守れ!!」


 全員、出来る限り頭を守ろうとした。もちろん、ヨシコも両手で頭を隠した。


「いないいない」


 笑顔で開く。


「( ᐛ👐)バァ」


 ヨシコの頭を鷲掴みにし、カヤマが怒鳴る。


「それは顔だーーーーーー!!」

「わざとじゃないよぉおおおお!!」


 次の瞬間、トラックがあっけなく倒された。すさまじい音が森中に響き、野生の動物たちが逃げ出した。人造人間たちはトラックを見つめ、木の上にいた人造人間が指示を出した。


「侵入開始」


 人造人間たちが足を揃え、横に倒れたトラックに向かって手を伸ばした――次の瞬間、運転席からひょいと何かが投げられた。人造人間たちはそれが何かと思い見上げると、閃光弾が太陽のように光り、人造人間たちの目をくらませた。


 木の上から見ていた人造人間がはっとしたが、心配することでもない。所詮は人間が作ったもの。人造人間には効果などない。


「怯むな! 進め!」


 狙うはトラックの中にいる人間。


「人間を捕らえよ!」




 そのとき、人造人間の頭を撃たれた。


 一体が倒れる。もう一体も倒れた。人造人間が歩き出した。歩き出した人造人間が撃たれ、どんどん倒れていく。しかし、銃弾は止まらない。マシンガンが弾のある限り人造人間たちを撃ち倒していく。周囲の人造人間たちが倒れると、マシンガンを構えていた白人男が口笛を吹いた。


「Excellent!」


 生まれ持っての金髪をなびかせる。


「てめぇら、よくもおれの運転するトラックを倒してくれたな! 運転免許剥奪したらテメェらのせいだからな!」


 日本人ではない男が、再度倒れたトラックの上からマシンガンを構えた。


「カヤマ! ここは、このケビン・ロッキングに任せな!」


 ケビンが殺気を放ち、恨みを持ち、人造人間たちを睨みつけた。


「几帳面な日本人がはびこるこの国で大型特殊免許取るのに、どれだけ大変だったと思ってんだよこらああああああああああああ!!」


 マシンガンが撃ち放たれる。カヤマがトラックから脱出させた人々に指示を出す。


「今だ! みんな走れ!!」

「怯むな! 今だ!!」


 人造人間たちも走ってくる。


「人間たちを捕らえよ!」

「日本軍、攻撃開始! 相手はロボット同然だ!!」

「人造人間、攻撃開始! 相手はたかだか人間だ!!」


 トラックの向こう側が戦場と化す。トラックを壁に人々は山奥へと逃げていく。人造人間がそれに飛びつき、子どもをさらい、女をさらい、男をさらっていく。さらわれた人たちに構っているヒマはない。自分たちを優先にしてみんな我先にと必死に走っていく。誘導していた兵士が叫んだ。


「森の奥まで走れーーーーーー!!」


 そのとき、走っていたヨシコがはっと気がついた。


「お兄さん!?」


 足にブレーキをかけ、辺りを見回す。


「お兄さんがいない!」


 ヨシコが振り返った。


「お兄さん!」


 しかし、目の前にはカヤマではなく、人の形をした人造人間がヨシコを捕まえようと手を伸ばしていたところだった。目が合い、ヨシコが固まる。人造人間はヨシコを見つめる。


「大丈夫。痛くないよ」


 そう言って、ヨシコを抱き締め付けた。


「いやあーーーーーーー!!」


 ヨシコが悲鳴を上げて、



 ――笑った。




「積極的なニワトリだなぁ」


 ヨシコも人造人間を抱きしめ返し、その頭を掴み、体重をかけ、人造人間を押し倒した。後ろから倒れた人造人間の頭部に、石が当たる。しかし、人造人間は痛みで顔色一つ変えやしない。平然とした顔でヨシコを見つめる。ヨシコはその頭を両手でしっかりと掴み、もう一度石に叩きつけた。もう一度叩きつけた。もう一度石に叩きつけた。もう一度叩きつけた。もう一度石に叩きつけた。もう一度叩きつけた。もう一度石に叩きつけた。もう一度叩きつけた。もう一度石に叩きつけた。もう一度叩きつけた。もう一度石に叩きつけた。もう一度叩きつけた。もう一度石に叩きつけた。もう一度叩きつけた。もう一度石に叩きつけた。もう一度叩きつけた。何度も何度も叩きつければ、やがて人造人間の頭からは赤い液体が流れ、落ち、広がり、飛び散り、ヨシコは笑みを浮かべ、もう一度石に叩きつけ、ヨシコの口からよだれが垂れ、さあ、もうすぐだと頭を硬い石で叩き割る。何度も何度もゴンゴンゴンゴン音を鳴らしてどんどんどんどん人造人間の手から力が弱くなっていく。いつの間にやらヨシコは人造人間の手から自由になっているのにも関わらずその頭をかち割りたいと言うように硬い石にめがけてその頭をガンガン音を鳴らしてゴンゴン打ち付けて、やがて、もう、頭の原型が潰れ、目玉が飛び出し、人造人間は脱力していた。


 そこでヨシコは気がついた。


「あれ、こんなところにナイフが落ちてる!」


 日本軍の誰かが落としたらしい。


「やったーーーー!」


 喜ぶヨシコを人造人間たちが囲んでいる。


「これでお腹いーーーーっぱいになるくらい、身が取れるね!」


 近づいてくる人造人間に、笑顔のヨシコが振り返った。


「だへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ」


 その顔は、恍惚としている。


「お腹すいたなぁ……」


 ナイフがきらりと、光った。






(*'ω'*)






 月が登り、空には闇が広がる。

 マントを翻した人造人間が地面に着地した。


「おかしい」


 気配を探すが、この辺りに人間の気配はない。


「日本軍含め、トラック乗員20名。捕獲19名」


 目玉が動く。


「我々が人間相手に一人でも逃すはずがない」


 人造人間がこめかみに触れた。人造人間の目がちかちかと光り、こう表示された。人間はいません。


「女王さまに報告せねば」


 人造人間が振り返り、一歩踏み出したその瞬間、網が人造人間を包んだ。


「ん」


 平然とした顔の人造人間がトラップに引っかかり、その場でぶらさがった。それを見たヨシコが草の中から飛び出した。


「かかったーーーー!! 夜ごはーーーーん!!」


 人造人間は、静かにヨシコを見つめ、言った。


「ここにいたのか。生き残りの人間よ」

「あああああ! まじで夜に餓死するかと思った! 仏さまや全ての食材、命にまじ感謝!! 神に感謝!」


 ヨシコが火を起こし、ナイフを握りしめ、網に入ってる人造人間に振り返った。


「さて、どうやって食べようかなぁ?」

「お前、おれを食べる気か?」


 人造人間は冷静にそう思った。


「おれは仮にも人間だぞ? 人間が人間を食べられるもんか」

「それ以前に「動物」でしょう? 人間は動物を食べるものだよ」


 人造人間が眉をひそませた。目の前の少女を見つめる。彼女の口元は、赤い液体で染まっている。


「お前、何者だ?」

「あたし?」


 ヨシコが笑顔を浮かべた。


「あたシは、ヨシコ」


 その手は、赤い液体で染まっている。


「好、きナ、子、と、書イテ」


 笑っている。

 しかし、その目は本当に笑っているのであろうか。


好子よしこ、でス」


 その笑みは、異常である。


「我らが女王さま」


 人造人間がその目に、少女を焼き付けた。


「ヨシコに注意」


 女神のように微笑むヨシコが、人造人間に手を伸ばした――。









(*'ω'*)







「……あーあ」



 きれいな月を見上げて、ヨシコはため息を吐いた。


「またお兄さんとはぐれちゃった。森の中で一人とかワヤすぎ。心細すぎ」


 ヨシコの目が、どんどん潤んでいく。


「……お兄さん……」


 ずびっと鼻水をすするのと同時に、とても大きなお腹の演奏が始まった。ぐーーーー!


「あああああああロマンも感動もへったくれもねええええええ!!!」


 でもそんなの関係ねえ。はい、おっぱっぴー。


「そうだよねえ。足りないよねえ。いや、足りないと思ったけどさあ。仕方ないじゃん。ランチが贅沢すぎたんだよ。はあ。こうなったらこの時間にご飯を調達するしか……」


 ほー。ほー。


「ひいいいい! フクロウが鳴いてる!!」


 バサバサッ!


「ひいいいい! コウモリが空飛んでる!!」


 ヨシコが涙目になった。


「うえーーーん! 怖いよーー! おにいさぁああん!!」


 ふと、ヨシコが振り返った。そして、その先に会ったものを見て、きょとんと瞬きをした。


「……何これ?」


 そこには、見たことのない白い建物が建っていた。


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