第2話
目が覚めた時、知らない顔が近くにありました。
目が合ってもしばらく固まったままでいると──。
「──目が覚めたようで何より。意識はどうかな?」
「少し離れてくれませんかぁ……」
俺の顔と彼の顔の距離が近すぎでした。
「失礼、心配だったから。記憶は?」
確か俺は森の中にいたはずで、
ここが彼の家で、ソファーの上なのだと気づいた途端、足の痛みに襲われました。
ゆっくり上半身を起こして足を見ると、包帯の白が映ります。
「足汚かったから脱がせたんだ。そしたら
彼は淡々と言います。
「あと煩かったね」
「へ?」
すると男は背の向こうで用意していたのか、カップを渡してきました。
「はい、熱いよ」
ソファーに座り直して受け取ると甘い香りが、ふわっ、としました。
「い、いただきます……」
ず、とひと口飲んですぐ、ミルクと蜂蜜の甘さが胸に広がります。
腹も鳴りました。
煩いってこれか、と温まる体に顔も熱くなりました。
そういえば迷ってから水しか口にしていなかったと思い出しました。
くすくす、と男は笑いながら、これもどうぞ、と薄いハムとチーズを乗せたバゲットをくれました。
男も丸椅子に座ります。
「質問いいかな。あ、食べながらでいいよ」
ふぁい、とすでにバゲットを齧る寸前だった俺は
くー……ハムの塩気とチーズのぷんとする匂い、噛み応えのあるバゲット、
「さて迷い人さん、君の名前は?」
「ルカです。あなたは?」
男もバゲットに齧りつきます。
端正な顔で頬張る姿に少々驚きました。
「ハンス。どこから来たの?」
「西の国から。ハンス──さん?」
「二十」
年齢です。
「ついこないだ十九になりました」
同じくらいじゃないか、とハンスさんは言います。
部屋の至る所に灯る橙色のランプが彼を、家の中を映していました。
丸みを帯びた間取りは変わっていて、中二階というのか、
ここ、リビングから続きのキッチンは広くて、
テーブルにソファー、ふかふかのクッションは綺麗な刺繍がありました。
「それは遠くから、大冒険だ」
「ふはっ、ただの旅人です。色んな街や村を見て歩いてて──」
「──そしてこの森で迷子になった」
にんまり、と笑うハンスさんに俺は目を細めて見返します。
「仕方ないよ。ここにはそう人間はやって来ないし、道もあるようでない」
「ああ、まぁ……噂頼り、で──」
──はっ、として止まったけれどハンスさんは、ずずい、と前のめりになって続きを待っていました。
「……魔女の森、って聞いて」
緊張は、ぴりっ、と
「それから?」
カップにおかわりを注がれました。
甘い匂いは癒されるようでした。
「……助けてくれて、ありがとう」
彷徨った森は闇に覆われ、右も左も前も後ろも狂いました。
彼が見つけてくれなければ、きっと俺は倒れたままだったでしょう。
怪我も悪化していたでしょう。
そう言うと目を丸くさせたハンスさんは口元を手で覆いながら顔を
「なんだ、死にに来たんじゃないんだ」
「は、はぁ?」
「冗談だ」
淡々とした口ぶりはそう聞こえませんでした。
顔色一つ変えないのもそうです。
「食べっぷりが否定してるしね。朝になったらまた足の様子を見よう」
窓の外は夜で何も見えません。
聞けば夜中の夜中だと言われて、ちゃちゃっと木の食器も片付けられて、ランプの一つも消されて暗くなりました。
残ったランプに照らされる彼は今一度見ても端正な顔です。
「──鳥を探しに来たんです」
つい、俺は旅の理由を口にしていました。
不思議と言ってしまったというべきでしょうか。
これまでまだ見つけられていません。
魔女が住むという噂は俺を遠ざけさせるどころか、近づけさせました。
ここなら、と思ったのです。
「へぇ、どんな?」
「青色の鳥です」
「そう、見つかるといいね」
残念ながら見た事がないようでした。
そう簡単に見つけられるとは思っていません。
しかしハンスさんは、いない、と言いませんでした。
ただの言い方かもしれないそれが、俺はひどく嬉しいと感じました。
「今夜はそのソファーで寝てくれて構わない。俺は隣の部屋にいるから何かあったら声をかけて」
何から何まで世話をしているハンスさんに俺は頷くばかりです。
しかし引っ掛かっていました。
旅人など怪しく見られるのが
けれど彼はそういう風にしませんでした。
ここで断られても俺はまた迷うだけです。
足もいう事が聞きません。
「いいんですか? その、俺……」
ハンスさんは隣の部屋の扉を開けながらこう言いました。
「さぁ、なんでかな……うん、きっと浮かれてるんだ。理由は僕が作った。君もそれでいこう──おやすみ」
静かに扉が閉められました。
小さなランプは一つ、旅の疲れから俺はすぐに眠りに落ちたのでした。
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