大魔王になりました

あさまえいじ

第1話 大魔王爆誕!!(嘘です)

「何処だ、ここ?」


 目が覚めたら、広い部屋の中でデカイ椅子に座っていた。

 覚えていることは、日曜日の昼間にウトウトしていたこと。だから、そのまま昼寝をしてしまったんだろう。だから、これは夢だな。

 そう自分がここにいる理由を結論付けた。

 まあいいか、この椅子、結構座り心地いいし、このまま座ったままでも眠れるだろう。

 夢の中でも眠いとは、随分と疲れているんだな。

 そのまま、目を瞑った。すると、勢いよく扉が開く音がした。


「見つけたぞ、魔王!」


 眠りにつこうとしたところで、誰かが入ってきた。

 夢の中だというのに、眠りを邪魔されて不機嫌になってしまった。


「アアッ!!」


 思わず低い声が出た。

 その時、周囲が揺れた。地震と言う訳ではない、俺を中心に揺れていた。


「くっ!?」


 目の前の人達が揺れに耐えている。

 目の前にいる人たちは男二人、女二人。

 剣を構える鎧を着た男、槍を構えた動物の革で作られたような軽装の男、杖を持つローブにとんがり帽子の女、シスター服を着た女。まるでRPGの勇者御一行のような集団だ。

 やっぱり夢の中だな、改めて確信できた。

 折角だからじっくりと見てみたいな。折角の夢だし、思い通りにいくかな。

 なんとなく、右手を前に出し、指をクイクイッと曲げた。こっちにこい、と意志を込めて。


「な、なんだ!?」


 すると、勇者御一行が宙に浮かび、俺の方に飛んでくる。

 驚きの表情を浮かべている勇者御一行が俺の手前2,3メートル手前でストップした。


「ほう‥‥」


 思い通り過ぎて感嘆の声が漏れた。

 ここまで思い通りに行くとは、夢でも信じられないな。だが、どうせならもう少しこの夢を満喫してみたいな。

 では次は‥‥‥‥うん、こうしてみよう。


「うわあああ!?」


 勇者御一行がその場で回転し始めた。それも結構なスピードで。

 もちろんこれも俺が念じた事だ。勇者御一行がどういう格好なのか細部まで見てみたかった。だから、前面だけでなく背面まで隅々まで確認したかった。

 しかし、加減を間違えた。後ろに向けようと180度回転させるつもりだったが、勢いが良すぎたみたいで、思いの外早く回った。初速が早すぎて5回も回してしまった。


「止まれ」


 背面が向いたところで、強制停止させた。なんだか、スロットを目押しした感じだな。


「ぐあっ!?」


 勇者御一行はうめき声を上げた。

 勢いが付いていたところで、強制停止されたことで体に負荷がかかったみたいだ。

 まあ、俺の夢の中だし気にしなくてもいいか。

 さて、背中はどんな作りだろうか。

 うーん、これと言って面白い物はないな。鎧の背面とか見たことないからどんなものかと思ったが、剣の留め具くらいしかない。マントくらい付けていてくれたら良かったな。魔法使いとシスター服に至っては前面以上に何もない。そりゃ無いよな。でも、奇をてらって文字くらい書いてあったら面白いな、と思ったけど、現実はそれほど面白くない。あ、これ夢だったわ。

 まあ、もう見るモノもないし、もういいか。

 右手を下ろすと、勇者御一行が宙づり状態から床に落ちる。受け身が取れずにドスン、と落ちる魔法使いとシスターの女の子二人。それと対照的に勇者と戦士の男二人は受け身を取った。

 おお、フラフラ状態でもちゃんと受け身を取るとは流石勇者、なんてな。まあ、夢の中だし、勇者だし、これ位は出来るよな。俺は出来ないけど。


「魔王、覚悟!!」


 勇者が剣を構え、俺に斬りかかってくる。

 え、俺、魔王なの。悪役じゃん。でも、ヒーローよりも悪役の方がカッコいいし、魔王でいいか。

 折角魔王呼ばわりされた以上、魔王役に成りきってみるか。夢の中だし、他人の目を気にしなくてもいい。かつての厨二心に火が灯るぜ!

 勇者の剣が俺に向かって振り下ろされる。振り下ろされる剣を眺めていると、ゆっくりに見えてきた。あ、これならあの構図が出来そうだ。


「な、なに!?」


 勇者の剣は俺に届いた。だが、俺の指先一つで止まっている。

 これだよ、悪役足る者こうでなければ。勇者の剣を指先一つで止める、この構図は古くから続く伝統芸能の一つだ。ヒーローの一撃を歯牙にもかけない悪役の強さを象徴するシーンだ。

 少年誌で使い古されたネタだが、悪役になった以上やってみたいネタの一つだ。まあ、夢の中だしこれくらいはっちゃけてもいいだろう。


「勇者よ、この程度か?」

「くっ、ハアッ!!」

「ハハハハハ‥‥弱い、弱すぎるな勇者よ!」


 勇者は剣を何度も何度も俺に向かって振るうが、その全てが指一本で止まる。

 右手の人差し指の腹や爪など様々な角度に当たるがまるで痛みを感じない。夢の中だし、痛みを感じないのも当然か。

 しかし、何だろうな‥‥チクチクと、刺激を感じる。


「下がって、ブレイブ!」


 女の声が耳に入る。声を出したのは魔法使いだ。

 その声が勇者の耳に入った様で、後ろに勢いよく飛んだ。おお、随分と飛んだな。


「喰らいなさい、『ファイナルファイヤー』!!」

「聖なる光よ、『ホーリーソード』!!」

「貫け、『聖槍グングニル』!!」


 俺が勇者の動きに感心していると、勇者を除く3人からそれぞれ攻撃が飛んできた。

 魔法使いが炎を、シスターが光の剣を、そして戦士が槍を投げてくる。


「やった!!」

「これで悪は滅びました」

「へっ、ざまあみろ」


 勇者御一行は歓喜の声を上げている。だが‥‥


「‥‥‥‥この程度か」


 炎と光を弾き飛ばし姿を現す。


「嘘、だろ!?」

「そ、そんな‥‥」

「‥‥神よ」


 勇者御一行の表情が絶望に彩られる。


 オイオイ、この程度で魔王が倒れると思っているのか。

 炎が飛んできて直撃したけど、熱い、と思うよりも驚いただけだった。熱くない、全く、これっぽちも熱くない。

 光の剣が飛んできて、嫌な感じがしたけど、気のせいだった。光っていてまぶしいだけで、あんなものより月曜日の朝日の方がよほど嫌な感じがする。

 ついでに槍が飛んできたけど、届きもしなかった。俺の目前で不自然な程、勢いよく地に落ちた。先っぽが尖っているので、刺さると危ないので、足で横に蹴り飛ばしておいた。

 結論として、魔法使い『もっと精進しましょう』、シスター『もっと精進しましょう』、戦士『論外』という評価を下した。

 

 うーん、魔王と呼ばれた以上お約束の鉄板ネタである『勇者以外の必殺技を受けても無傷で現れる』を実戦してみたが、思いの外楽しい。これはクセになる。何よりもあの絶望の表情、実に良い。

 魔王プレイをしているからなのか、それとも昔付き合ってた彼女に『このドS』とか『鬼畜外道』とか言われた俺自身の性格だからなのか、あの表情が非常に心地良く感じていた。

 さて、残りは‥‥


「星の聖剣よ。悪を滅する力を‥‥喰らえ魔王!!」


 勇者が残っていた。

 勇者が持つ剣、どうやら聖剣みたいだ。流石勇者、お約束の展開だ。

 つまりここで俺の夢は終わりみたいだ。

 悪役として、魔王として倒れるのは些か不本意だが、ここで夢から覚めるだろう。

 俺は迫りくる聖剣の一撃を受けた。

 だが‥‥‥‥


「な、な、な‥‥‥‥」

「う、そ、でしょ」

「なんと言う事でしょう‥‥」

「これでも、ダメなのか‥‥」


 勇者の聖剣は間違いなく俺に直撃した。

 衝撃は確かにあったが、痛みはなかった。どうやら、今だ夢は続行しているみたいだ。

 なら、夢が覚めるまでやり尽くすぞ。


「この程度か。つまらんな」


 とりあえず右手を振るう動作をする。

 すると、勇者たちが一斉に壁に叩きつけられた。


「グハァ!?」

「そら、もう一度だ」


 今度は逆に向けて手を振る。

 すると、部屋を横断し、反対側の壁に叩きつけられる。

 勇者たちは苦悶の表情を浮かべている。

 ヤバイ‥‥楽しい。

 椅子に座って手を振るだけで、人が飛んで行く。なんだろうか、この心の奥底から溢れる感じは。全能感、とでも言えばいいのだろうか。何だろう、酔いしれてしまうな。

 しかし、少し飽きてきた。もうそろそろ、展開が進行してもいいはずだ。

 勇者が更なる力に目覚めるなり、仲間が駆けつけてくるとか、場面に変化が欲しくなってきた。

 目の前に倒れ伏す勇者一行を見ていると、このままだと倒してしまう。

 そうなると‥‥アレ、何が困るんだろうか?

 よくよく考えてみると俺の夢だし、別に勇者倒してもいいんじゃないだろうか。

 そう言う展開もありだろうし、他にも勇者を魔王の配下にして、世界征服ルートもありではないだろうか。

 ちょっと誘ってみるか。


「勇者よ、我が軍門に下るならば世界の半分をお前にくれてやろう」


 やっぱり魔王なら言ってみたい台詞ベストスリーに入る名言だ。

 ちなみに残る二つは『例え我が倒れてもいずれ第二、第三の我が現れる』と『我がお前の父だ』だ。個人的なランキングのため異論は認める。

 それに一緒に戦う仲間、要はパートナーだ。人間サイドを裏切る以上それ相応の対価は用意するべきだ。


「ふ、ふざけるな! 俺は勇者だ。決してあきらめないぞ!!」


 素気無く断られた。まあ、あまり期待はしていなかったし、それほどショックでもない。

 勇者は聖剣を使い、力を使い果たしたのか、足はガクガクと震えている。だが、その眼には力強さがあった。


「そうか、では‥‥‥‥これで終わりにしよう」


 手を前にかざす。

 そこに意志を込める。込める意志は炎、全てを焼き尽くす炎をイメージする。

 すると、手の前に黒い炎が出来上がる。その炎は力を込めれば込める程、ドンドンと大きくなっていく。そして、遂に10メートルを超えるような強大な炎の塊が出来上がった。


「ではな、勇者よ。それなりに楽しかったぞ」

「ま、」


 勇者一行は最後の言葉を吐ききる前に炎に飲み込まれていった。

 断末魔の叫びすら上げることは出来なかった。

 せめて辞世の句でも聞いてやるべきだっただろうか。まあ、今更だがな。

 炎が消えると、そこには何もなかった。勇者一行の肉片一つも、聖剣などの武具も、一切が燃え尽き、存在全てを焼き尽くしていた。

 

「ふむ、凄まじいな。流石魔王だ。まあ、夢だけどな」


 魔王の力の凄まじさに感嘆の声が出た。だが、直ぐに夢だと思い出し、つまらなく感じた。

 まあ夢なんだから、こんなことも出来るんだろうな。

 さて、さっさと夢から醒めるか。どうせ寝ればいつもの現実に戻るだろう。

 椅子に深く腰掛け、目を瞑る。するとすぐに眠りに落ちていった。


 バタンッ!! と勢いよく扉の開く音がした。

 落ちていった意識が即座に引き戻された。目を開けるとそこには異形の存在が列を成して現れた。


「なんだ、一体? まだ夢の続きか?」


 今だ夢から醒めていないのか、それとも別の夢なのか、判断はつかないがそれでもこれもまた夢だと判断できた。なぜなら、ガイコツに頭が鳥の怪物に頭がライオンの怪物、他にも多種多様な怪物が現れた。

 それらの中から一人―――猫耳の獣人が前に踏み出し、俺の前に跪く。


「大魔王ゼロ様、御目覚めに成られ執着至極に存じます」

「大魔王ゼロ? 一体なんだ、まだ夢の続きか?」


 まだ夢が続くのか。いい加減にちゃんと寝ないと明日の会議に響くのに‥‥‥‥アレ、今寝てるんだから夢の中だろ。もうなんかわけわからなくなってきた。


「まだ御目覚めに成られたばかりですので、意識が混濁しておられるのですね。少々失礼いたします」


 猫耳の獣人が俺に近づき、額に手を当てる。


「『リフレッシュ』」

「なにを‥‥!?」


 頭がスッキリしていく。ドンドン意識が明瞭になっていく。すると、記憶がいくつもあることに気付いた。その中に俺―――大 真緒(だい まお)としての記憶があった。


 年齢35歳。平均的な家系に生まれ、平均的な学力、体力で大学を卒業。そこそこの企業に就職し、上に下にそれなりの人間関係の下で仕事をしてきた。

 明日は会議が有る、だから早めに寝て、早めに出社して早めに会議の資料に目を通す必要があった。だが、それらも全てが必要が無くなった。なぜなら‥‥


「ああ、そうか。夢は終わりか‥‥」

「はい。おはようございます、大魔王ゼロ様」


 こっちが現実だったからだ。

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