蘇生者と死にたい女の子
るなち
命に対する冒涜
第一章:死者蘇生と女子高生
第一話『死者蘇生』
1.
――助けて、と声がする。
生にしがみつく声、まだ生きていたいと言う遺志。
そんな声が聞こえてきた所で、高速で突っ込んできた車と歩いていた少年の事故なんて助かるものではない。
それが一般的な話なのは誰でもわかるだろう。
事切れた少年の助けて欲しいと言う遺志が頭の中になだれ込んでくる。
その瞬間、俺の意識は薄れ、頭の中には有名な楽曲が流れる。
アメイジング・グレイス。
気が付けば先程車に追突されたはずの少年は傷一つ無く何事もなかったかのように立ち尽くし、車は既にどこかに走り去っていた。
まるで『事故なんて端から起きていなかった』と言うように、日常が流れていく。
少年はキョロキョロとまわりを見回し、俺の顔を見ると駆け寄ってくる。
まるでそうすべきだ、と言うように。
「あの、えっと。ありがとうございます」
「あぁ、無事で良かったな。車には気をつけるんだぞ」
少年は涙を零しながらはい、と頷く。
恐らく先程起きたはずだった事故のショックがまだ残っているのだろう。
当たりを見渡すと近くに自動販売機があったのでそこでジュースを買って少年に渡す。
「怖かったろ。これでも飲んで落ち着いて、今日は思う存分寝てリラックスしな」
かすれた声でありがとうございますと返しながらジュースをゆっくりと味わうように飲む少年。
ジュースを時間をかけて飲み終わる頃には少年の涙も枯れ、笑顔が戻っていた。
「本当にありがとうございました」
「俺に感謝するよりもっと他にしたいことをするんだ、悔いのないようにな」
そう言って俺は手を振りその場から離れていく。
2.
死んだはずの人間を生き返らせる――簡単に言えば死者蘇生が出来るようになったのはだいたい半年くらい前だったと思う。
最初に行ったあの時も酷い事故だった。深夜、タバコを買いにコンビニに行った帰りの事だ。
新品のタバコのキャラメル包装を開け、タバコを一本口にして火を点ける。
俺はなにも考えずに交差点を眺めていた。
ゆっくりと走る原付に向かって高速で信号無視で直進してきた車が横から原付にぶつかり、何メートルも遠くに人間が飛んでいった。
見たくないものを見てしまった、とくわえていたタバコが口からこぼれ落ちていく、その瞬間だった。
『まだ、死にたくないのに――』
――その遺志が、強烈な想いが。俺の脳内になだれ込んできたのだ。
当然脳内に遺志がなだれ込んでくると言う経験なんて初めてなわけだし、最初は事故を見たパニックで幻聴が聞こえたのかと思った。
その後に意識が薄れほらやっぱり幻聴が聞こえたんだ、疲れているんだと壁に寄りかかると頭の中にはとある曲が流れてきた。
ジョン・ニュートンが作詞した賛美歌――アメイジング・グレイスだ。
クラクラとしながら目を開くと大破していた筈の原付が目の前にあった。傷こそついているが、これは普段の運転での傷だろう。
「あなたが……僕を?」
先程吹き飛んでいたはずの原付乗りの男性が俺の方に近寄り話しかけてきたのだ。
俺は当然困惑した。夢でも見ているんじゃないかと頬をつねってみたりしたが痛覚が反応する。これは嫌な夢だ。
「……お前、さっき吹き飛んでったよな?」
「はい。吹き飛んだ――はずだったんですが」
話によると吹き飛んだ際一瞬で意識は途絶えたらしい。
ただ、その後にとある曲が聞こえ、それに縋り付くように『生きていたい』と願うと気が付けばこのコンビニに居たらしい。
そして生き返るのと同時に強く俺の顔、俺の存在が強調され『この人が生き返らせた』と言う事がわかったらしい。
――夢なんじゃないのか、本当にそう思ってしまう。
「良かったらお礼をさせてください。そこまでなにか出来るわけじゃないですけど」
「いや、別にお礼なんていらないさ」
どうせ夢なんだから何かあった所で変わりはない。そう言って立ち去ろうとするも引き止められてしまう。
「わかった、わかったよ……じゃあ缶コーヒーをくれ」
渋々お礼になりそうなことを頭からどうにか引っ張ってくる。
それだけでいいんですか?と聞かれるも、どうせ夢の中なんだから、それで十分だ。
コンビニ店内に入り缶コーヒーを買ってもらう。これが初めての報酬だった。
俺は昔からよく振ってお飲み下さいを過信しすぎる人間だった。
よく振りすぎたようでプルタブを引いた瞬間コーヒーがシャツに若干飛び散る。
更に都合が悪い事に白いシャツを着ていた俺はシャツに若干の染みを作ってしまった。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、まぁこれくらいはよくやるから大丈夫だよ、洗濯すりゃ落ちる」
缶コーヒーをゴミ箱に入れるとそのまま逃げ去るように家に帰り、開封されてなかったタバコを開封し一本吸って寝た。
さぁ、夢から覚めろ。
3.
翌朝、なんとなくシャツを見て青ざめてしまった。
昨晩の夢――死者蘇生の夢と同じ場所にコーヒーの染みがあったからだ。
あれは、夢じゃなかった。シャツがその事実を嫌でも認識させようとする。
とりあえず思い出したくはないのでシャツを脱ぎ脱衣カゴに入れておく。
黒いシャツに着替えるととりあえずタバコに火を点けた。
買ったばかりのそのタバコの箱は一本だけ吸った形跡があった。
何もかもが夢の中と一致する。あぁそうか、アレは夢じゃなかったんだ。実際に起きた出来事だったんだ。
なんとなくアメイジング・グレイスの事を調べてみる。
冒頭の歌い出しは『驚くべき恵み、私のように悲惨な者を救って下さった』か。
死者蘇生の時に流れるにしては色々と皮肉にも程があるな、と思いながらもう一本タバコを吸う。
それから一ヶ月で何人かを救った。
階段から足を滑らせ頭を強打だとか、交通事故が数件、後は心臓発作が一件。
その度に必ずと言っていいほど感謝され何かをご馳走になったりした。
一番びっくりしたのは恐らく羽振りの良い人だったんだろう。
喫茶店にでお礼のコーヒーを飲んでる間少し待ってるように言われ、しばらく経つと封筒を差し出された。
封筒の厚さ、感覚でなんとなく一本まるごと入っているんじゃないだろうかこれはと感じる。
「こんな……受け取れませんよ」
「むしろこれで命が買い戻せると考えたら安い、そう思わないか?」
そんな言葉に妙に納得してしまった俺は何も言い返せずただただそれを受け取ることしか出来なかった。
この半年間程で何回かは覚えてないが、数々の死者蘇生を行ってきた。
別に儲けるために蘇生してるわけでもボランティアで蘇生してるわけでもなんでも無い。
ただ、遺志に反応する。それだけをここ半年間程行ってきただけだ。
経験則で言うと目視出来る範囲かある程度近い範囲、恐らく百メートル程が限度らしい。
お金を貰ったことは何回かあった。額は様々だがこれで生活に困ることは無くなった。
それに元々贅沢をしたいような性格じゃなかったのもあり、特に何かを買おうと思うことは無かった。
だからこそお金儲けのために蘇生を行うわけでも、行った後に金銭を要求するわけでもなかった。
それに何事もなかったかのようにその場を立ち去る人も居たりする訳であり、それがある意味正しいのかもしれない。
俺はただただ、死者蘇生と言う行為の対価としての善意に甘えてそれを受け入れると言う事だけだ。
恐らく一度『死』を経験した後の恐怖を何かで打ち消したいのだろう。
そのような半年間を送っていた。
4.
早い梅雨明けと共に一気に猛暑がやってきた七月の下旬。
先週まではずっと雨が降っていたと言うのに一切雨雲を見なくなり、代わりに入道雲を見かけ急に夏を実感させる。
セミも嫌という程夏を実感させる要因の一つだ、うるさいったらありゃしない。
そんな夏を実感しながら、クーラーの効いた部屋でのんびりとする。
この前までは梅雨で外に出るのが億劫だったし、今は暑くて外に出るのが億劫でしばらく死者蘇生を行っていないな、と気付く。
別にしたくてやってるわけでもなんでもないからしなくてもいいんだけど。
どちらかと言えば近くで人が死ぬと言う事自体が嫌で仕方がないのはある。
そんなタイミングでタバコを切らしてしまったので仕方なくコンビニに向かうことにした。
コンビニでいつものタバコを買おうとするとあいにく品切れらしい。
パーラメントのメンソールなんて確かに置いてあるほうが珍しいよな、と思いながらアイスコーヒーだけ買って少し遠くのコンビニに向かう。
ちょっとレアなタバコ故に置いてある店と置いてない店があるのだ。
最近は加熱式タバコの種類も増えてきて売れない銘柄は並ばないことも増えた事もあり、余計に置いてある店を意識せざるを得ない。
あの店なら絶対置いてあるだろうと思いながら歩いているとちょうどよく踏切の遮断器が閉まっていった。
ただでさえ暑いと言うのにここで足止めを食らうだなんて、ツイてないなと思いながらアイスコーヒーを飲んでると――
――女子高生が踏切の中に入っていった。
おいおい、そんなに急いでるのか?と思ったが急いでいるならもっと早いタイミングで入るはずだしこのタイミングじゃ――
……一番見たくない光景だ。急接近してくる電車を避けられるはずもなく、女子高生はそのまま電車に跳ねられ。
脳内にはまた、アメイジング・グレイスが流れていた。
体感では一分程。気が付けば電車は通り過ぎており、女子高生は踏切の前で立ち尽くしている。
まわりを見回し、少し後ろに居た俺の事に気が付くと近づいてくる。
そして、開口一番。今までで初めて聞いたセリフを聞かされた。
「どうしてですか?」
「……はい?」
突然、どうしてですかと問われ困惑してしまう。
少女はだから、と一度置いて。また俺にどうしてですか?と問う。
「君の言ってることがわからないんだけど」
「どうして私を蘇らせたんですか、って聞いてるんです」
それは……遺志がなだれ込んできたからであって。そして今までで一番混濁した遺志のなだれ込みだった。
『どうせならもう一度死んでみたいな』
聞き間違いかと思ったレベルだった。自殺行為を行ったのにもう一度死にたいだなんておかしな話だ。
「俺は俺の出来ることをしただけだ」
「死者蘇生と言う命に対する冒涜をですか?」
命に対する冒涜か、これも言われたのは初めてだ。と言うか感謝されずむしろ抗議されてるのが初めてなくらいだ。
「生き返ってしまった、もう一度死んでみたいなんて思ってしまったのは事実です。だから」
更に詰め寄られ、そして思いがけない言葉を吐き出される。
「私を殺してください、貴方の手で」
これが俺と女子高生の出会いだった。
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