ぼた姫

オカン🐷

第1話 階段

「ごーん」

 

 えらいこっちゃ、急がなあかん。

 着物の裾をからげて階段を駆け下りる。


「姫、いずこへ」


 やかましいわい、いずこへ言うてる暇あらしませんのや。

 それにしてもえらいくろうおまっせ。

 足を踏み外しそうや、かなわんな。


「ご、ごーん」


 えーい、足がもつれそうやわ。

 はよせな。


「ほっこり寺の鐘が十二を打ったら魔法がとけてしまうでな」


 野菜売りのおばばが、確かそんな不吉なことを言うておった。


「それまでには城を出なあきまへんで」

 とせわしないことも言うておった。


 今、何回目やったやろ。

 五回目?

 六回目?

 うーん、わからんようになってしもた。

 なんせ、急がなあかん。


「ごん」

 

 鐘を叩く間合いがえろう短くなったような。

 ほっこり寺のぼんさん、鐘を叩く腕がしんどうなって、はよ仕事を終わらせようと思うているのと違う?

 ああ、それにしてもこの階段、磨きすぎやで。

 

 つる、つるっ、つるっ。


「だれぞ、誰ぞおらぬか」


 若殿様の声が階上から聞こえてくる。


「ぐぉーん」


 わあ、ほんまに長い階段やこと。

 しんどうなってきたわ。


「あの姫のあとを追うのや」


 嫌やわ、ついてこんといて。

 息切れがしてまうやないの。

 

 それにこの衣の重たいこと、重たいことこの上ない。

 痩せた肩に衣が食い込んで人を一人背負っているようやわ。

 ほんまに誰ぞ乗っているのと違う。

 そっと後ろを振り向くが、辺りに闇が広がるばかり。

 

 あかん、あかん。

 こんなことしている場合とちがう。

 ぼたは赤の地に金子銀子を織り込んだ煌びやかな着物を

 はらりと脱ぎ捨てた。

 よっしゃ、これで少しは軽うなった。


「ごーん」


 最後の鐘が鳴り終わったとき、ぼたはお城の天守閣からの階段をやっと下りきったのだった。


「して、姫はどないした」


「それが門前には蕪と茄子が転がっているだけで、誰もおりませなんだ」


「えーい、そのほうたち、よう探したんか」


 天守閣にいる殿の声は門番の所にまで響いてきた。


 髷を振り乱し、地団駄まで踏んでいる。

 瓢箪ひょうたんに目鼻をつけたような剽軽ひょうきんなご面相は、真っ赤に茹で上がり、小さな躰からは湯気が上がっていた。


「殿、階段の中ほどに、かような物が落ちておりました」


 別の家来が怖ず怖ずと殿に差し出した。

 それは小汚い赤い手拭いで、裾の方に「ぼた」と白く抜かれていた。

 

 ほんのつい先ほどまで、ほっこり寺の鐘が十二回鳴り終わるまでは、その手拭いが赤い絹地に金子銀子を散りばめた、それはそれは美しい着物だったのである。


「牡丹を探すのや、ほれ、姫の手による歌があったであろう。同じ文字を認める女人を国中から見つけ出すのや」


「ははー」


 家来たちは一目散に駆け出すと散り散りになっていった。



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