第2 天守閣

「お城はどないでしたか、楽しゅうございましたやろ」


「何が楽しいて、おお、足が痛いわい。それにしてもあづま屋の団子、最近餡をけちっとりゃせんかい」


「これ、もうちょっと、落ち着いて食べなはれ」


 老婆は背中を丸めて、皺くちゃな細い指先で、魔法がとけてもとの姿に戻った娘の、丸太のように太い足をせっせと揉みほぐしていた。


 娘は団子の串を手にしたまま、あろうことか座敷に足を投げ出していた。


「ご馳走をよばれるかと思うたら、何が嬉しゅうて、あない高い所に上らなあきまへんのや」


 殿の特別な計らいによって、ぼただけが天守閣に招かれた。


「『高い所は怖おす。あきまへん』と、言うておるのに『おお、よき眺めや。あっぱれじゃ、あっぱれじゃ』と、酔狂な殿さんや」


 ぼたはそのときのことを思い出して大きな躰を震わせた。両の手のひらで腕を摩り、なおも身震いする。


「天守閣と言う所でおますな、一度は上がってみとうおますな」


 老婆はうっとりとくうを見上げた。


「あない高い所へゆきたいとな、かか様もけったいなお人やなあ、風がちめたくて、ほんまにさぶうていけませなんだ」


 老婆は娘の脹ら脛を揉む手を休めることなく、先を促した。


「『して、その方、名を何と申す』と、殿様に訊かれましたんや『ぼたと申します』言いますと、『牡丹か、名まで麗しいの』と、言わはりますのんや」


 老婆は袂で口を覆いながら、


「牡丹と間違えはったんでっか」


 笑いをかみ殺した。


「『いえ、ぼたでございます』言うておるのに、『牡丹とはええ名じゃ』と、しちこうに言われまして、若殿はちいと頭がわいとりゃしませんか」


「これ、滅多なことをゆうものでない」


「こんなんやったら、かか様が行けばよかったんや」


 ぼたははちきれそうな頬をなおも膨らませた。


「何を言いますのや、こんなばあさまが行ったかてどないもならしまへん」


「魔術をかけるのやから関係あらしまへんやろ」


 ぼたは指先についた餡を舐め、さらに串にへばりついた団子を名残惜しそうにいつまでもせせっていた。


「亡くなられたとはいえ、そなたの父上に嫁いだこの身、魔術の力を借りるとはいえそないなことでけしまへん」


「かか様はほんに義理堅いお人ですなあ」


 ぼたは団子の串を唇につけたまま、くぐもった声で言った。


「それにそなたが内に引き籠もってばかりいるので、心配でなりませぬのや」


 本当のところ下の妹たちは早くに嫁いでいったのに、いつまでたっても片付く様子のない継子のぼたが心配になったのだ。


 自分もそう長くは生きられない。

 身の回りのことが何一つできないぼたを一人置いて、死んでも死にきれない。

 取り柄と言えば文を読み書きするのに秀でていることくらい。

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