早速村を出よう
時刻は現在4時前。フレアが伝説のサキュバスとなってから早二日が経った。街を出たのはまだ朝日も昇らない早朝。荷物は最低限に留め、極力歩きやすい格好にした。フレアの格好は……まあずっと変わらないままだが、変装出来るような服も見つからなかったからいっそこのままの姿でいいかと思って特に代わりの服は用意しなかった。フレアも気に入ってたからってのもあるんだが……。親としては正直――いやかなーり複雑な気持ちですがね?
冒険者時代は何度となく経験した早朝の出発をまたこうして経験すると、なんだか懐かしい気分にもなる。最後にダンジョンを攻略したのはいつだったか、あれは――
「ねぇパパ。早く行こーよー」
「おっとすまない。つい昔を思い出しちまってな」
「もう。早く冒険したいのにぃ」
「ははは。慌てなくたってモンスターやダンジョンは逃げやしないさ」
むっとした顔のフレアに、頭をポンと置いて宥める。丁度低い位置に頭があるから撫でやすいのは姿形が変わっても相変わらずだ。……なんて事を思いながら歩き始める。
「あ、蝶々だ! 待てぇー」
「おいおい、あんま道から外れるなよー」
「だーいじょうぶーっ!」
鳥や飛んでいる虫を見つけては純粋に追いかけて行くフレア。うーんこうして見るとマジで何も変わっちゃいないなぁ。
(――しかし『冒険』かあ……。それもこんな形でだよ……)
実は2日前の出来事は全部夢だったんじゃないかって、今でも思ったりする。だって、ついこの間までパジャマ着て外にすら満足に出歩けなかったあのフレアが、今では『伝説のサキュバス』だって? おとぎ話や童話だってそんな物語ありゃしないぞ。現にイザベラだってあの日以来俺がいくら呼んでも返事しないし、フレアも「どうしちゃったんだろうね」とか言って心配する始末だ。
「あっ! パパ見てー!」
「んん? 今度は何だ…………ぎぇ!?」
フレアが指差す方向にあったのは――――またまたゴブリンの小党だった。街路のど真ん中に腰掛けて4~5匹で胡坐をかいて呑気にだべっている。街からは結構離れたけどちょっと急過ぎやしないか!?
(なんでこんな時に限って……! だが見た感じ普通のゴブリン。……なら今の俺でも一人で)
向こうは話に夢中でまだ気づいていない。腰に携えたショートソードをゆっくりと引き抜き、先手を取ろうと抜き足で攻撃の準備をする。
「フレア、そこで大人しくして――」
つい俺はいつもの癖でフレアを隠れさせようとする。しかし、俺が台詞を言い切るその前に後方から黒い影が飛び出したのだ。
「『潰す』ねっ♪」
「あっ」
……しまった忘れていた。今のフレアは人間じゃない、イザベラ曰く『伝説級の悪魔』なのだ。一際高くジャンプし、右の掌に魔力を強引に生成する。そこでようやくゴブリン達は鬼気迫る悍ましい気配に気づいて、振り返った。――当然、もう遅い。
「死ーね♪」
魔法を叩き付けた。小規模な爆発だった。威力を一点に集中させた魔法だからか、爆風は意外と大した事無かった。
「パパー終わったよー」
「あ……ああ」
一瞬過ぎて頭の理解が付いてこない。……と、取り敢えず死体はちゃんと確認しないとな。これは冒険者の時も街の自警団として働いていた時も共通の確認事項である。
「どれどれ……っと。……は?」
……『陥没』していた。地面が抉れてるだとか、クレーターだとか、そんなヤワな表現じゃ生温い。大人一人はすっぽりと収まるだけの深さがある縦穴が空いていたのだ。その穴底に黒い消し炭となって横たわっていたゴブリンがいた。
「ややややり過ぎだフレア! ここみんなが通る街道なんだぞ! これじゃみんな穴に落っこちちゃうじゃないか!?」
「え……えへへごめんパパ。モンスターを見ると何だかコーフンしちゃうっていうか……」
うーむ……。最初の時と言い、今と言い……。流石の俺も伝説の悪魔というのは本当なんだなと、いよいよ実感せざるを得なくなって来た。
「あっ分かった! フレアいい事思いついたよぉ!」
「……何がだ?」
嫌な予感満載だが訊かない訳にはいかない。
「あそこのでっかいお岩!」
「……あるな。岩だな。デカいな」
「持って来るね!」
「ああそうか。持って……え?」
フレアが指差したのは、民家一つ分くらいはあろうかと言う巨大な岩だった。それを――、
「んしょ……と」
両手で持ち上げたではないか!? 嘘だろ!?
「これをね……ここに入れればぁ…………」
フレアはまるでゴミ箱に紙屑でも入れるかのようにあっさりと穴に放り込む。ドスンと巨大な衝撃を立てながら大地が揺れる。
「――ほら『ぴったり』だよパパ! さ、いこいこ!!」
鼻歌混じりでスキップしだすフレア。俺はもう一度だけ、頬をつねってみた。――――相変わらず痛い。
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