空虚の鐘
ジップ
第1話 宇宙での異変
西暦2199年10月24日
その日、ラリー・グラントは、高い保険に切り替えておけば良かったと思う事になる。
地球の重力圏を越える約50万キロ。月からは約10万キロの宇宙空間で活動を続けるワームホールの実験観測船“アルゴノーツ”。
グラントが、それに乗り込んで90日を越えようとしていた。
彼は、高額な日給を魅力的に感じ、契約を延し続け、地球にも戻らず、月面都市にも降りる事はなく観測船での生活を続けていた。
グラントの仕事は“
この衛星は、火星で建造中のワームホール型ワープ発生装置アビスゲート・ワンの地球側の空間跳躍
外宇宙開発のために植民地となる惑星の衛星軌道上にエグジット・サテライトを配置させ予定だった。
ただしこのシステムはエグジット・サテライトからワームホールを発生させる事はできないので一方通行のワープ跳躍だ。
いずれは各植民地惑星の衛星軌道上にワームホール型ワープ発生装置を建造すれば相互跳躍が可能な星間ネットワークが構築されることだろう。
実験観測船“アルゴノーツ”では星間跳躍の実験を頻繁におこなっていた。
いずれ正式運航するであろうアビスゲート・ワンの安全性を確認する為だ。
今日は、その104回目となる運用テストだったが、今回は何かが違っていた。
発生している空間の
その数値を見てラルー・グラントは益々、不安になっていた。
目の前のワームホールが開き始めた。
歪んだ空間が七色に光り始めている。まるで水に浮かぶオイルの様だった。
「おかしい。放射線量がいつもより高すぎる」
隣に座る相棒のジョン・ノアがモニターを見て言う。
「アビスゲート側からの出力を上げたんじゃないのか?」
グラントは怪訝な顔をして言い返した。
「そんなの予定にない」
「どうする? 続行するか?」
「そうだな……多いと言っても既定値を上回ったわけじゃないしな。このまま行こう」
「ユニット到着します」
宇宙空間を回転する二基の
それに呼応するかの様にエネルギー発生装置の温度は上昇し始めていた。
「発生装置の温度が急激に上昇中」
数秒後に歪んだ空間の穴からテスト用の輸送ユニットが姿を現した。
エネルギー発生装置の温度も下がり始め、グラントも安堵したが、それも束の間、輸送ユニットを吐き出した空間の穴から“何か”のエネルギーが噴出した!
同時にアルゴノーツ号の船体が大きく傾く。
船のバランスをコントロールしていたメインコンピュータがシャットダウンしたのだ。
人工重力装置も作動を停止し、グラントたち乗組員たちの身体が無重力状態で浮き始めてしまう。
やはり、保険の掛け金を高くしておくべきだった
グラントはシステム再起動の操作をしながらそう思う。
再起動が功を奏したのか、すぐに機能は戻り、人工重力も元に戻っていった。
「何だった? あれは」
「さあな。電磁フレアの影響に似ていたが……コンピュータは無事か?」
「チェック中。今のところ正常」
「
「消失した。データでは一時的にすごい重力の数値を示していた。こんなのは初めてだ」
「急激な重力の収縮拡大があったのかもしれない。してはまずい空間位置で……」
「それって大問題ではないじゃないのか?」
「かもな。おい、輸送ユニットは無事か?」
「モニター状態正常。データ受信も正常に開始してる。いい感じだ」
輸送ユニットが空間転移が成功したことにグラントたちも安心する。
それからモニター機器のリモート操作を始める。
「外壁温度正常。船内機器正常……待って、少しおかしい。報告を受けている重量と違うぞ」
「違う、慌てるな、ジョン。お前の受けてる報告は古いみたいだぞ。急遽、予定外の荷物を乗せてるだけだ」
データベースから記録を再確認しながらグラントは言った。
「予定外の荷物?」
「本社の命令で急遽、“火星人”を積んできてる」
グラントの言葉にジョンは眉をしかめる。
「今、“火星人”って言ったか?」
ジョンを納得させようとグラントが輸送ユニットの船内カメラを操作して貨物室の映像を映し出す。
「おいおい、嘘だろ……?」
ジョン・ノアは映像を見て驚いた。
そこには厳重な保存装置の中に保管された“火星人”が寝かされていたのだ。
それは火星の古代遺跡で発見された“巨人”たちのひとりであった。
その日の同時刻、月の多くの施設、周辺宙域の艦船、そして地球の北半球で一部の電子機器に問題が生じた。
幸い大きな事故も怒らず、深刻な事態にはならなかったものの影響は広範囲で起きた。
間を置かずに
事実は、アビスゲート・ワンの実験中に発生した未知のエネルギーが引き起こした可能性が高かったが、その情報は何故か削除されていた。
何者かが情報を操作したのだ。
誰にも知られずに。
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