第27話 闇にうごめくもの

二人は車を降りた。

「蝶はこの先に飛んでいったが、この先は確か」

青沼あおぬまだよ」

「懐かしいな。子どもの頃、よくザリガニ釣りに来てた。だけど沼で溺れる子が出たりして、立入禁止になったんだ」

父さんのいう通り、今でも青沼には近づいてはいけないと言われている。

青味がかった沼の周囲は木々が生い茂り、昼間でも不気味な場所である。岸辺は草におおわれて、いきなり水の深みに落ち込むこともあり大変危険なのだ。しかし、街の用水などには見られない特大のザリガニや鯉がいる。今でこそ来てはいないが、小学生の時は、光一は友達とちょくちょく遊びにきていた。


「じゃあ、行ってみるか」

「うん、今の季節なら、蛇もいないしね」

二人は不気味な暗がりを歩き始めた。頼りは、父さんの手に握られたオイルライターである。小さな炎が揺れる中、枯れ草を踏む音と、風が木の葉を揺らす音が響いた。

途中、「危険!」と書かれた河童かっぱの絵がぬっと現れ、それを過ぎて二十歩ほど進んだ所で、光一の片足がズボリともぐった。水辺だった。


「上を見てみろ」

ふらついた光一の手を取った父さんは、ライターの火を消した。

斜め前の暗闇に蝶が浮かんでいた。羽ばたいていないところを見ると、木の枝にとまっているのだろう。


「さて、蝶はとまったぞ。ここに何とかの剣があるのか」

「うん、言い伝えが現しているのは、そのことだと思う。この辺りのどこかにある剣を手に入れて、黄金玉の持ち主に渡すんだ」

「それで、肝心の玉の持ち主はどこにいるんだい?」

「それはいえないよ。でも、ほとんど毎日会っているんだ」

光一は答えた。


「ならば、水を差すようで悪いが」

「なんだい」

「目的の場所ははっきりしたんだ。今夜はひとまず帰ろうや。こんな暗闇ではあまりにも危険だ。明るくなってから出直そう。それにロープもあった方がいいしな」

「うーん」

父さんのいう通りだった。やる気に満ちた心を冷ますのは苦しい。しかし、こんな所で命を落としたら元も子もない。物事は順調過ぎるほどに前に進んでいる。

それに、光一の心に迷いはない。

なんとしても剣を手に入れ、ひかりに渡すのだ。それからは、彼女が自由に決めること。剣に玉を納めることも、そのままにしておくこともできる。ついでに光一の手の窪みも用をなくして消えてしまうのかもしれない。


「うん、帰ろう。でもその前に、もう一度ライターをつけて。蝶がとまった木をよく覚えておかないと」

「了解」

父さんはめいっぱい腕を伸ばしてライターをつけた。目標は、かなり太くて、大きく湾曲している木だ。しかも枝は一本もついていない。特徴があるから忘れることはあるまい。

「もういいよ」

「よし、いこう、あっ」

もと来た方を照らそうとしていた炎が宙に舞った。


「どうしたんだい」

「何かが、ライターをはじき飛ばしたんだ」

炎は数メートル先の草むらで燃えている。オイルライターは蓋を閉めなければ炎は消えないのだ。枯れ草に炎が燃え移りはじめている。


ズルッズルッズルッ・・

どこからか重いものを引きずる音が響いた。後ろ、横、それとも前か・・


次の瞬間、光一は凍りついた。

徐々に広がり大きくなる炎の照り返しを受け、しなやかな巨体がグッと頭部を持ち上げたのだ。その青黒い横腹には、光を放つ蝶が張り付いている。


「くそっ、あの木は大蛇だったんだ。光一、下がっていろ!」

怒鳴り声とともに、光一は後ろに突き飛ばされ、体半分、水に浸かってしまった。父さんは仁王立ちになり、両手を組んだ。

「なんじ・・」

すぐにも父さんは呪文を唱え始めたが、その体は、唸りをあげて振られた尾に投げられるように弾かれてしまった。五メートル以上も先の太い木の股に腹部をまげてぶら下がっている。


「シュー、未熟な術者よ。わしの邪魔をするな」

掠れ声が黒い森に不気味に響いた。


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