第19話 ひとまずの解決?

「・・」

光一は思わず目を見開いた。

案内された部屋は壁一面が朱色に塗られていたのだ。

重厚な漆黒の応接セットと長机の奥には、きらびやかな金色の祭壇がある。まるで怪しげな宗教団体の本部のようである。どこかしらからか甘い香りが漂ってくる。


「ははは、この部屋に入った人は、皆、君みたいに驚くんだ。何せ、わしは信仰心が厚くてね。ささ、座りたまえ」

「はい」

言われるままに、光一とひかりはソファーに腰掛けた。しなやかな革張りのソファーは、これまで経験したことがないなめらかな弾力があった。向かいの壁に掛けられた写真をよく見れば、目の前にいる髪をオールバックにした中年男と同じ顔だった。


「こちらの塾長さんですか」

光一は聞いた。

「そう、総本という。そんなことを聞くということは、君たちはここの生徒ではないのかね」

「はい、えー僕たちは、」

途中まで言いかけたところで、隣からバチッと電気が飛んできた。ひかりが警告を発してくれたのだ。確かに自己紹介をする必要はない。光一は咳払いをしてごまかした。


「さてと、わしが思うに、君たちには仲間がいるのではないかね、それも大人の」

「はい、もうすぐこちらに到着すると思います」

「そりゃ、そうだろうて、子供だけで話せる内容ではないだろうに」

塾長は察しがよかった。真夜中に飛び込んできて、ほんのさわりの部分を話しただけだというのに・・。


と、ドアがノックされ、先ほどの若い男が顔を出した。

「塾長、例のパソコンを持った女性と子どもが現れました。それに犬も」

「皆さんをこちらにお連れしなさい。もちろん、ボディガード役の犬も結構」

塾長は光一に目配せしながら言った。


ドアが開いて、すぐに入ってきたのは、汚れたパソコンを脇に抱えた勉だった。鼠の発電装置は付いていない。ついで清水探偵と先生が入ってきた。各々、光一らには目も向けず、部屋のあちこちを探してる。


「内蔵バッテリーの、蓄電量が、ほとんど、ありません。コンセントは、どこに、ありますか」

ロボットのようなぶつ切りの言葉で尋ねた勉に、塾長が立ち上がって奧の机を指さした。

「そちらを使いなさい」

いつにない素早い動きで、勉は部屋を移動した。プラグを机上のコンセントに差し込んだ時、黒い影が三人の体から抜けてパソコンの中に戻った。塾長は幻でも見たかのように目を細めた。


「あれ、光一君、ひかりちゃん、ぼくら、どうしてここに」

勉がきょとんとした表情を浮かべた。先生は冷静な目で部屋を見回している。清水探偵はしつけのよい犬のように背筋を伸ばして座った。

「光一君、先回りしてお膳立てしてくれたのね」

先生が軽くウィンクした。状況を察してくれたらしい。

「ええ、お見通しのとおりです」

隣でひかりのクスッと笑う声が聞こえた。

「なるほど、あなたが一連の出来事を指揮したリーダーというわけですな。それにしてもお美しい」

塾長は先生に頭を下げた。


「この人、何者だい?僕らはですね、あいたた・・・」

話し始めた勉の顔が、苦しそうに歪んだ。光一にしたのと同様に、ひかりが警告を発したのだ。そう、ここは相手の出方を待った方がよいのだ。


「ここはリーダーに任せて、僕らは黙っていよう」

光一の指示に、勉は抗議をするように大きく首を振りながらソファーに座った。

先生は落ち着いた様子で、乱れた髪をかきあげて座った。そして壁に掛けられている写真をちらりと見てから話した。

「塾長さん、あなたは私たちのことを知っていたようなご様子ですが、一体どのようにして?よろしかったら、お話し願えませんか」

『そう、その調子』

光一は塾長に気付かれないように、先生にウィンクを飛ばした。


塾長は姿勢を正して、じっと先生を見つめた。

「わしらは塾のデータへの謎の不正アクセスに、さいさん悩まされていました。どんなにガードを堅くしても侵入されてしまう。それに何故か、以前うちで購入したパソコンの登録ナンバーを通信記録に残していく。

一体誰が、何のためにと、首を捻るばかりでしたが、とうとう、今夜、あなたたちがこうして現れた。さて、あなたたちは何を要求するのでしょう。それにより、謎のアクセスの目的も分かるというものですが」


先生は静かに笑った。

「塾長さんにお願いごとをする前に、もう一つ、お答え下さい。なぜ、あなたはこのように丁寧にお迎えして下さるのですか。すぐに警察を呼ばれてもおかしくないはずですのに」

「それは単純なことです。生徒たちのデータが外に漏れたとすれば、塾の信用に関わる。だから事を大袈裟にしたくないのです」

塾長はまた丁寧に頭を下げた。脂ぎった額には汗が浮いていた。


どうやら、光一は誤解していたようだ。目の前にいる塾長は、どこか腹黒いようで、何か企み事をしているようにも思えたのだが、実際、パソコン精霊には困っていたのだ。

それにしても、事情を知らない塾長にしてみれば、光一らの立場は悪者である。塾の信用がかかっているからといって、ハッカー行為をしていた悪者に、何故これほどに寛大でいられるのか。光一の胸中の引っかかりは解消されたわけではなかった。


ソファーの端に座る勉はようやく事態が飲み込めたらしく、「なるほどそういう流れなんだ」とつぶやきながら清水探偵の頭を撫でた。


「おっしゃること、よく分かりました」

先生が淀みなく話した。

「では、お願いさせていただきます。あのパソコンを、こちらの塾で現在使用中のパソコンと連動させて使って頂きたいのです」

塾長の片側の眉が跳ね上がった。

「それがあなたたちの要求ですか。他には?」

「他には何もありません。どうですか、やって頂けますか」

「可能ならば引き受けますが。少し、よろしいか。いや、あまりにも汚れているのでね」

塾長は机に歩みより、パソコンのモニターを開けた。


いったい何が映し出されるのだろう。怪しげな黒い影は出てこないのか、一同も席を立ってモニターを見つめた。


カタカタカタ・・・

まだ触れてもいないのに、キーボードが動き、画面の中央に、一行の文字が浮かんだ。背景には、塾の地下室の光景が映し出されている。


・・これでワタシの苦しみは解消されるのか?【はい・いいえ】・・


「何か仕掛けが・・やっ、これは以前の塾の地下室。しかし、この鼠が動かす車輪は一体・・」

口をあんぐりと開け、食い入るようにモニターを見つめている塾長の横で、腕を伸ばした先生がマウスの矢印を【はい】に移動して、クリックした。


・・人間よ、協力ありがとう。ワタシはあるべきところにたどりついた・・


「パソコンが応えた。これは、どうなっているんだ」

再び現れた文字を指で追いながら、塾長は震えだした。


「塾長さん。そのパソコンには、精霊なるものが宿っています。大切に扱えば、きっと良いように働いてくれると思います。改めてお聞きします。こちらで他のパソコンと一緒に使っていただけますか」

「ええ、はい、わしを信用して下さい。この部屋を見ていただければ、おわかりの通り、わしは信心深い者なのです。しかし、あなたたちは何者なのですか。てっきり、手に入れた塾のデータをもとに、金をゆすりにきた悪者だと思っておりましたが」

塾長は額の汗を拭きながら聞いた。


「私たちは、精霊のために働く者です」

「そう、僕らは精霊密使」

先生に続き、光一と勉が口を揃えていった。

清水探偵はへたくそな犬の声で吠えた。ひかりはなぜか、金色の祭壇をじっと見つめていた。


  ・・     ・・      ・・  


車のエンジンの振動が心地よかった。

光一の肩はいまだにひりひりと痛んでいたが、車内の温かさもあって急に眠気が襲ってきた。青白く光る時計は、午前四時を過ぎたところだ。すぐに帰宅したとしても、あと三時間も眠れない。


「でも、本当に事件は解決したのかな?」

勉がとろんと閉じかけた目をひかりに向けた。

「それは分かりませぬ。一つ気掛かりなのはあの祭壇。あそこには最初、うっすらと黒い渦が見えていた。それがいつしか消えていた」

「もうあれこれ考えるのはよそうよ。先生の家の蔦の葉を見れば分かることだし」

光一は面倒臭くなって、少しつっけんどんに言った。


「みんな、本当にお疲れ様。はい、これどうぞ」

信号待ちをしている間に、先生が片手を差し出した。手には小さなカプセルが数粒乗っている。

「それは最高の栄養剤だ。ぜひ飲んでみるといい」

助手席の清水探偵が首を伸ばして一粒飲みこみ、先生も飲んだ。

「私には不必要。ただ効き目はあると存じます」

ひかりの勧めもあり、光一と勉も口の中に放り込んだ。カプセルはすぐに溶け、粘り気のある液体が口の中に広がった。少し甘いようだが、生臭い感じもする。すぐにも、ほどよい温もりが体全体に拡がり、光一の肩の痛みは消えてしまった。


「これ、すごいや。眠たさがどこかにいってしまった」

勉がはしゃぎだした。

「そうだろう。なんたって大地のエネルギーのエキスだからの。グフフッ」

清水探偵が牙を剥き出して笑った。光一は嫌な予感がした。

「大地のエネルギーって、もしや、ナメクジお化けの地底霊のこと」

「ピンポーン!それは地底霊の皮をちょっとだけ貰ったものよ。すごいでしょう、採取してから一年以上も経っているのに、まだねばねばしてるのよ」

先生が片腕を高くつき出した。声が浮いている。


光一はぬるめいた地底霊の感触を思い出して、ぞっとした。

「ちくしょう!そうと知っていたら、飲まなかったよ。それにこんなに効くのも悔しい!」

「そうだそうだ」

光一の叫びに、勉が体を大きく震わせて同調した。

その後、病院まで送ってもらった光一と勉は、冷たい風もなんのその、颯爽さっそうと自転車にまたがり家路についた。



「蔦の葉の変化を見たいだろう。学校が終わったら遊びにおいで」

清水探偵のしゃがれ声が、光一の耳の奧に愉快に響いていた。





 

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