魔導士ウィヒトの予言
保紫 奏杜
第一章
第1話 オーガ退治
視界の両側に、
数日続いた晴天のおかげで足元の土は固く、後方から迫る脅威からは最低限の距離を保てている
広い沼が目の前に広がったところで、タオは傍の太い樹の枝に手をかけた。迷わずよじ登り、あらかじめ
近くの枝が折られた音が耳に届いた。樹を登っている間に距離を詰められたのだろう。振り返って確認している余裕もない。
「ちゃんとついて来るんだぞ!」
タオはロープを出来るだけ
息つく暇もなく、傍の平らな石の上にある
上がった呼吸を完全に整えられないまま、タオは
木立は次第に
タオは足を止めることなく、滑り込むようにして丸太の下を
タオが発射した
「よし!」
手応えを感じ喜んだのも束の間、それで動かなくなる敵ではないらしい。
双子岩を祀るための広場は、すぐそこだ。何やら、
灰色のローブ姿の彼は、その袖口で鼻と口を塞いでいる。
彼の視線がこちらに向かって上がるのを見ながら、タオは広場に駆け込んだ。
「エル! 来るよ!」
「あいよ」
持っていた棒をその場に捨て、エリュースの腕が広場の両側に向けて指示するように振られた。すると、鍋がゆっくりと火を離れ上がっていく。鍋の両端にある取っ手に結わえられたロープが、広場の両端の高い枝を介して下から均等に引っ張られているためだ。見れば、丸太を設置する際にも共に作業をした男たちで、その視線は宙を上がっていく鍋だけに注がれている。
「いいぞ、まだ零すなよ」
そう言ったエリュースによって、鍋を煮え立たせていた火に水がかけられた。数個の石の上に
タオは一旦後ろを振り返ってオーガとの距離に
脅威が背中のすぐ後ろに迫りつつあることを感じながら、タオは急いで
最後にタオは
オーガの唸り声と共に、両端から緊張と恐怖が混じった悲鳴が小さく漏れ聞こえる。獲物が逃げ出さないことに気付いたのか、開けた場所に出たからか、オーガの歩みは大きく踏みしめるようなものに変化した。
いつでも攻撃を避けられるよう体勢と呼吸を整えながら、タオは
「今だ!」
エリュースが号令し、左側の男がロープを手離した。宙で傾いた鍋が、その中身を真下にいるオーガにぶちまける。湯気を上げる粘液がオーガに降り注ぎ、その独特の臭いを辺りに振り撒いた。
飛沫を
「あー、やっぱオーガ相手にはこんなものか? 量が
後方からの残念そうな声を聞きながら、タオは
「仕方ない。行け、タオ!」
「分かってるよ!」
タオはオーガの腕に狙いをつけ、斬りかかった。幸い、このオーガは武器となるものを持っていない。その太い両腕だけだ。攻撃の射程範囲は、
振り回される腕を避け、幾度となくオーガの両腕を傷付けていくと、その攻撃の動きは徐々に鈍くなってきた。狭い場所なら追い詰められていたかもしれないが、充分な空間があったので、回るように引きつけ、戦い続けるのは
次に、タオはオーガの足を狙う。長身のオーガにとっては防ぎにくいのか、
そろそろいいだろう、とタオは
「タオ!」
エリュースの焦った声が聞こえる。と同時に、オーガが全身を震わせた。半身を振り返らせたオーガの向こうに、左手で
タオは動かない体に焦りを強めた。あろうことか、オーガの視線がエリュースを
「放て!」
右手を挙げ、エリュースが叫んだ。すると、また別の角度からオーガに何かが当たったのか、その体の向きが変わる。オーガの足元に落ちた拳ほどの大きさの石を見て、タオはエリュースが用意させていた石ころの山を思い出した。更に別の方向から投げつけられる石にオーガは気を取られたようで、どちらを標的にするべきか決めかねている様子だ。気付けば、エリュースが傍に来ている。
「しっかりしろ。今、治してやるから」
エリュースの右手が胸元に置かれ、祈りの言葉が神聖語で紡がれる。アスプロの名の元に、と言い終わるや否や、全身に水が振り撒かれた。常温の水の
「ほら立て! お前がやらなきゃ誰がやるんだ!」
「ったく、分かってるよ。ほんと、人使いが荒い」
文句を言う元気が戻ってきた。
タオは気合を入れ直すと、傍に転がっていた
――大丈夫だ。まだ、戦える。
いつもながら、動けるまでに回復させてくれるエリュースの力は大したものだと思う。
「ありがとう。エルは下がってて」
石を投げて気を
タオは声を上げてオーガの気を引き、向かってきたオーガに相対した。向かって右側に回り込むように装い、振られたオーガの右腕を避けて重心を素早く左へ切り替える。その反動を利用して一気にオーガの懐へ飛び込んだタオは、刃をオーガの腹に突き立てた。更に体重をかけて押し込み、腕ごと回すようにして
タオは避難していたエリュースに、小さく
静かに近付いてきたエリュースが右手を伸ばし、それはオーガの額にかざされる。彼の声が
血生臭い空間が、神聖なものに塗り替えられていく気がする。他に声を発する者は誰もいない。
エリュースの淀みない声が止み、タオは
「もう、苦しまなくていいよ」
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