第1話 音吐朗朗怪奇、第一話 消えた理由、届く声

YouTube総再生回数一億回、朗読話数六千話以上。

これが今の俺、朗読者として136が辿ってきた記録だ。


数多の人達と出会い、巡り、繋がる事で、俺は色んな場所で声を届けてきた。


勿論YouTubeの動画内だけではない。

時として現地に赴き、直接声を届けに行く事もある。


そしてこれは、ある朗読会イベントで起こった話だ。

良かったら聴いてくれ。


それはある寒い冬の日だった。

百物語のイベントをやりたいからという理由で助っ人を依頼された俺は、とあるイベント会場へと足を運んだ。


時刻は午前9時。

関係者と軽い食事を済ませ、デザートでもと思っていた俺は数人で近くの喫茶店へと入った。


実はここに来る前からこれか楽しみの一つだったりする。

旅先で出会う、普段は口にできないものを味わう、これぞ正に旅の醍醐味だろう。


俺は予め調べておいたスイーツを誰よりも早く一人注文を決め待機する。

やがて皆の頼んだ物がテーブルに運ばれ、まずは一口とスイーツを口に運んだ時だった。


「そう言えば136さん、今回のイベント会場、出るらしいですよ……?」


真冬だと言うのにコーラフロートを美味しそうに頬張る関係者の一人Aさんが、俺の方を見ながらわざとらしく恨めしそうな口調で言った。


「出るって……これですか?」


そう言って俺もわざとらしく両手を上げ、指を下に向けて見せた。


「それですそれです」


楽しそうに頷くAさん。

それを見て、隣で一人熱々のぜんざいを頬張るBさんが、


「出るって……あの会場曰く付きなんですか?」


と小さく驚きの声を上げた。


「いや、曰く付きって訳では無いらしいんだけど、実はここ一年くらいでちょっとした噂になってるらしいんだよね」


「と言うと?」


よく伸びる餅をゴクリと飲み込みBさんが聞き直す。


くそ、ぜんざいがやたらと美味そうだ……俺もそっちにすれば良かった。


「136さん?」


「えっ?ああいや聞いてるよ、で何、噂話って」


「それがですね、あの会場って以前にも怪談朗読のイベントやった事があるそうなんですよ」


「へえ、そうなんだ」


そう返事を返すと、Aさんは食い気味に顔を近付けてきた。


「それがですね!」


「Aさん口、付いてるよ」


俺が指摘すると、Aさんは慌てて口元をナプキンで拭った。


「失礼、で、その会場なんですが……」


以下Aさんの話によると、その会場では幾つかの怪奇現象なるものが確認されているという。

朗読中、突然聞こえる女性の声、悲鳴、泣き声。

誰もいない所で聞こえる足音や人の気配、物音。

どれもありきたりではあるが、発生頻度と確率が高く、入観客や関係者の間では結構な噂になっているらしい。


「それも怪談イベントに限ってかなりの確率で起こるらしくて、今回ももしやって噂されてるらしいんですよね。ほら、コレ見てくださいよ」


Aさんはそう言ってスマホを取り出し、幾つかのTwitterのtweetを見せてくれた。


──今回の136さんの朗読会場、幽霊騒ぎが頻発してるって噂のとこじゃない?


──あそこ友達が前に怪談イベント参加したけど、途中でえらい大騒ぎになって中断したらしいよ。


──ええリアル怪談イベントじゃんw何それ楽しそうwww。


その他にも似たような書き込みが見て取れた。


なるほど、これは確かに俺が想像していたよりも大きな噂になっているようだ。


「何かこういうのってイベント的には盛り上がるかもしれないけど、ちょっと心配ですよね……」


見るとぜんざいを食べ終えたBさんが先程より少し暗い顔で肩を落として言った。


小鉢には昆布が残っている。


あの昆布との食べ合わせがぜんざいは美味しいのに……。


「136さん?」


「あ、ああ聞いてるよ。心配って?」


「いえ、たくさんの人が来てくれるのは嬉しいけど、それが目的で来られるのも何かなあと……せっかく136さんが来てくれたわけだから、やっぱり朗読をメインに聞いて欲しいと言うか……」


「そこは大丈夫だよBさん!136さんならきっとイベントを成功させてくれる、ですよね136さん!?」


「えっ?あ、ああ……あのさ……?」


「はい?」


AさんとBさんが二人して同時に返事を返す。


「ぜんざい……頼んでもいい?」


「へっ……?」


口をぽかんと開ける二人を他所に、俺はウエイトレスを呼び注文をとった。


喫茶店を出た俺たちはその足でそのまま会場へと向かった。


場内に入ると、出迎えてくれた関係者と挨拶を交わした後、音響や舞台監督と最終的な打ち合わせを行った。


朗読の台本を渡されたが、読む練習は敢えてしない。

初めて読む話への思い、一発読みという緊張感を会場に来てくれた人達にも伝え、一緒にその思いを共有したいからだ。

変なこだわりと思われるかもしれないが、俺なりに長年やってきたスタイルでもあるので今更変えようとも思わない。


ふと腕時計に目をやる。


まだ時間あるな。

自分の出番までまだ時間がある。

集中したいのもあり俺は楽屋へと戻る事にした。


会場のスタッフルームから出て長い廊下を歩いていた時だ。


──ねえ。


ふと、耳元で声を掛けられたような気がし慌てて周囲を見渡した。


「何だ……?」


風の音だろうか、今女性の声でねえ、と聞こえた様な……。


不意に頭の中に過ぎる、喫茶店での噂話。

背筋に嫌な悪寒が走り、肌が粟立つような感覚に襲われる。


「まさか……な……」


俺は再び歩き出すと早足に楽屋へと戻った。


暫くして、百物語のイベントが始まった。

楽屋でスタッフに呼ばれた俺は、舞台横にあるスタッフルームに待機し、モニターて会場内の様子を見ていた。

次々と演者達が壇上に上がり、各々が怪談を語り始める。

客席には大勢の観客達。

皆一様に固唾を飲み朗読に耳を傾けている。


良い雰囲気だ。話す側も聞く側も程よい緊張感。

その様子をモニター越しに見ているだけでワクワクし、自分の出番を待ち侘びてしまう。

自分は本当に生粋の語り手なんだなと、思わずそう思い苦笑いを零した。


「136さん、いよいよです!」


「はい……」


スタッフに返事を返し席から立ち上がる。

調子は良い。

声の張りも問題ない。

後はこの声を皆に……


そう思いながら壇上に足を踏み入れた時だった。


「わあっ!!」


「きゃあ!」


突如観客席から湧き上がる悲鳴。

ざわめきが感染し観客一同がざわつき始める。


「何か客席であったの?」


スタッフが慌ててインカムで連絡を取りあっている。


「何かあったんですか?」


「あ、あいや、何か客席で幽霊騒ぎがあったみたいで……」


「幽霊騒ぎ?」


嫌な予感がする。


「え、ええ……一番上の客席で壁から女の声が聞こえたとか、あと何か今演者さんのマイクから女のすすり泣くような声が聞こえたとかで騒ぎに……」


参った……。

喫茶店でBさんが言っていた事が現実のものになりつつある。


「どうします!?一時中断しますか?えっ?いやしかし……」


スタッフが再び連絡を取りあっているが状況は思わしくない。


観客は席を立ち上がり落ち着かない様子だ。

泣き出す客までいる。


「おい、これ見てみろ」


スタッフの一人がスマホの画面をみAさんに見せていた。

俺も気になり覗いてみると。


──何か会場で騒ぎがあったっぽいよ?


──えっ例の会場?幽霊キタ??


──やっべえマジで楽しくなってきた!


タイムラインに次々とハッシュタグ136の文字が流れている。


これは……まずい……。


なぜ怪談イベントに限ってこんな騒ぎが起こるのか……。

呪い?いやそんなバカな。だったら何だ?

怪談なんて不謹慎だから邪魔してやる?幽霊が?

いやいや、それも意味が分からん……よくある話ではあるが目的はなんだ?他には……。


あらゆる事に疑問を打ち立てる。一つ一つを頭の中でゆっくりと消していく。

単純な消去法だが、何よりも確実だ。

他に何か、何か理由は……。


場内を見渡す。

ざわめく会場内、もはや怪談朗読どころでは無い。

これではせっかく朗読を聴きに来た……聴きに……来た……?


「あの……」


「えっ?136さん、何か言いました?」


そう言ったスタッフの前を通り過ぎ、俺は壇上にある席へと腰を掛けた。

スタッフの一人がそれに気が付き、マイクのスイッチを入れてくれた。


「照明……」


インカムにボソリと呟くと、会場の灯りが消え、スポットライトが俺に降り注ぐ。


「ああ……ごほん、皆さん今晩は」


突然の俺の声に、会場内は一度静寂に包まれたが、それもほんの束の間、再びざわめき始める。


だが、


「今から話をしよう……生涯、忘れられない話を……だから聴いてくれ……今だけでいい、耳を傾けてくれ……」


ゆったりと、会場内の全てを説き伏せるように語り掛けた。

射すくめるような目で観客を見渡し、口を開く。


耳元で聞こえる女の吐息。背後に感じる居るはずのない人の気配。


だが、今の俺はそれすらどうでも良かった。

人だろうが人でなかろうが、俺がやる事は一つだけだ。


今この声を、この思いを届けるだけ。


気が付くと、会場は静寂に包まれていた。


響くのは俺の声だけ。


誰もが聞き逃すまいと、真剣な表情で耳を傾けている。


これだ。この一体感が俺は堪らなく好きだ。

一期一会の出会いでも、感じる事ができるこの一体感が。


最後の一言を放った瞬間……俺の耳に、数多の拍手喝采が降り注いでいた。


「凄い……凄いですよ136さん!やっぱり半端ないっす!」


そう言って大騒ぎするスタッフを見てハッと我に返る。

急に恥ずかしさが増してきて、俺は挨拶もろくにせず頭だけ下げ、慌ててスタッフルームに逃げ帰ってしまった。


その後、イベントは無事に終了した。

慌ただしく帰路につき、しばらく経ったある日の事だった。

TwitterのDMにこんなメッセージが届いた。


それはとある友人を病で失った女性からのメッセージ。

亡くなった友人と二人して怪談が好きだったらしく、イベントによく参加していたとの事。

亡くなった友人は俺の怪談朗読が大好きで、いつかこの会場にも来てくれないかと心待ちにしていたらしい。

あのイベントにはメッセージの送り主も来ていたらしく、最後まで諦めず朗読してくれた事を感謝する言葉が、そのメッセージに延々と綴られていた。

最後に、あの子もきっと聞きに来ていたはずです、本当にありがとうございました。という言葉を添えて……。


さてと……。


俺は軽く笑みを浮かべPCの画面に目を向けた。


今日はライブ配信の日だ。

彼岸さんとの打ち合わせをし、準備OKの合図を貰う。


ライブ配信の始まりだ。


続々とカウントされる入場者数。

今日はいつもより人の入りが多い。


ふと、あの時の会場の様子が目に浮かんだ。

幽霊が現れる理由……消去法で最後に残った理由……。


幽霊だって、朗読を聞いて何が悪い……だった。


なぜこんな回答が頭に浮かんだのか、それは多分あの時と同じ、俺が生粋の語り部だからなのだろう……。

軽い笑みから思わず笑い声が盛れそうになる。

必死にそれを噛み殺し、俺はマイクをONにした。


さあ今夜も届けよう、この声を聞きたいという、世界中の人々に……生涯、忘れられない話を届けるために……。


──Fin──






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