第2話:榊之宮朝陽
「ただいまー!」
通学路の途中で夢路ちゃんたちと別れ、玄関に飛び込んでカバンを放り投げる。そして、廊下の奥にあるふすまを開いた。そこは大好きなお兄ちゃんの部屋だ。
「おかえり夕月」
机に向かって座っている背中に抱き着くと、困ったように笑いながらお兄ちゃんが振り向いた。
「お兄ちゃん、体調大丈夫?」
「うん。今日は調子いいよ」
「じゃあ一緒にお散歩行こ!」
「はは、どうしようかな」
銀縁眼鏡の奥の目を細め、お兄ちゃんは迷うように顎に手を当てた。こうやって、あたしの反応を見て遊んでる。
お兄ちゃんは生まれつき身体が弱くてあまり外には出られない。高校を卒業してからは通信制の大学に入って在宅で勉強している。家の周りを少し歩くだけで息が切れてしまうくらい体力がないからだ。だから体調の良さそうな時を狙い、運動を兼ねて散歩に誘うのだ。
しかし。
「コラッ、アンタはまた靴を脱ぎ散らかして! 手は洗ったの? うがいは?
「ごっごめんなさい!」
お母さんに見つかって怒られてしまった。すぐに玄関の靴を揃え、洗面所で手洗いうがいをする。後ろではお母さんが仁王立ちで見張ってる。背中に刺さる視線が痛いっ!
「お兄ちゃんとお散歩してきていい?」
「家の周りだけね。遠くに行っちゃダメよ」
セーラー服から普段着に着替えてから階下に降りると、玄関でお兄ちゃんが待っててくれた。
家の周りは畑ばかりで遠くには山が見える。そんな田舎の砂利道をお兄ちゃんと手を繋いで歩く。傾き掛けた太陽が辺り一帯を照らしててすっごくきれい。
「夕月、身の回りで変なこと起きてない?」
「なんにもないけど」
「そうか、ならいいんだ。なんだか空気がザワついてる気がしたから」
お兄ちゃんは感覚が鋭い。あたしには見えないものが見えたりするんだって。
「あ、引っ越し屋さんだ」
「ホントだ」
裏手の道を歩いていたら空き家の前に小型のトラックが停まっていた。作業服姿の男の人が段ボール箱や家電を運び込んでいる。
その様子を少し離れた場所から見守っている見慣れない男の子がいた。年齢はあたしと同じくらい。挨拶しようと思ったけど、男の子はすぐに空き家の中に入っていってしまった。ご近所さんならまた今度挨拶すればいっか。
「出て行く人はよくいるけど越してくる人は珍しいね。それに、あの家……」
お兄ちゃんの言う通り、この町は住民が減る一方。高齢化のせいでもあるし、若者が居着かないせいでもある。
「仲良くなれるかな」
「夕月なら大丈夫だよ」
お母さんの言い付け通り、家の周りをぐるっと歩いただけで散歩を終えて帰宅した。
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