第58話思春期の女たち



 旅行の打ち合わせが終わり、参加者は次々と帰宅していた。ようやく静寂が戻ると思っていた彼の期待は裏切られる。



 部屋に取り残された染子と絹穂は1人で退屈な家へ帰りたくないがため、知努を連れて行こうとしていた。



 左右の腕を綱引きのように引っ張られている彼は2人の玩具だ。どちらかが引かなければ延々と続く。



 身長差が10センチ程ある女子は女の意地のせいか全く引かない。もうすぐ彼は夕食の支度をしなければいけない時間だ。



 もし、どちらかの家に行くとすれば予め父親か妹に伝えておかなければ三中家の夕食は用意出来ない。



 忠文に頼めば夕食を用意して貰えるため知努は心置きなくどちらかの家に行ける。敷居の低い方を選べるとすれば鶴飛の家だ。



 絹穂と彼を数年間、顔合わせしないように画策していた彼女の父親は当然、知努の顔を見たくない。



 彼女もまた籠に閉じ込めている小鳥のような扱いを受けてきたせいか父親を疎んでいる。よくメッセージのやり取りで彼の恨み辛みが並べられていた。



 その点、最近の染子は知努さえ食卓に同席すれば嫌いなピーマンやグリーンピース以外、文句を言わない。



 彼女の母親も夕食を作る手間が省けるため鶴飛の家で食事をしても全く迷惑がられなかった。



 「キーちゃんも染子の家で夕食を食べたらいいんじゃない? その後、帰りたいなら俺が送る」



 彼女の名前を聞いた染子は何か悪事が思い付いたのか珍しくほくそ笑んでいる。染子の考えは彼も分かっていた。



 絹穂の叔母と面識がある鶴飛夫妻は複雑な心境になる。それを染子が楽しみながら食事するつもりだ。



 「それは良い考えね。火弦お兄ちゃんの家に行くのはもう10年ぶりくらいよ」



 「四十超えたおっさんをお兄ちゃん呼びしていたらおっさんが嫁にしばかれるぞ」



 宿泊する事も考え、リュックサックの中に着替えを入れてから1階へ降りる。居間で寛いでいる父親に外出する事を伝えた。



 寂しがり屋の父親に抱き締められ、2人の女子から中年男性を蔑むような目線が向けられる。



 明日の夕食を自宅で食べることを条件に許して貰った。これから単身赴任しなければいけない父親の寂しさは理解している。



 「我慢してお父さんに抱き着かれているチー坊は健気ね。私なら生理的に無理よ」



 「最近の女子高校生、僕に一体、何の恨みがあるの!? 思春期女子、怖いよ」



 どれだけ忠文は見た目を取り繕っていようが、女子高校生から見れば他と同じ中年男性だと思われていた。



 さすがに息子の頬へ口付けする事は看過出来ないのか女子高校生2人から尻に回し蹴りされる。無理やり引き剥がされて知努は玄関に行く。



 2人は銀色の自転車に乗り、鶴飛の家まで競争していた。時刻確認するためリュックサックからスマートフォンを取り出す。



 電源を入れるとユーディットから写真が添付されていた。彼女の父親に撮影して貰った子犬のクーちゃんを抱いている彼女の写真だ。



 半年もすれば彼女が抱き上げられない程の大きさへ成長する。散歩も一苦労させられるだろう。



 あまり2人を待たせると文句が飛んでくるので彼はすぐさま自転車を漕いだ。恐らく絹穂が勝負に勝っている。



 数分後、門を開けると猛獣に近い女子高校生2人が乗っていた自転車は玄関付近に停められていた。



 同じ場所に駐輪して、軽く飼い犬のシャーマンの胸を撫でてから彼は玄関へ入る。廊下に脱いだ靴下が遺棄されていた。



 一旦、居間にリュックサックを置いた知努は見間違いと思い戻るがやはり脱ぎ捨てられた靴下だ。



 どこでも脱ぎ散らかす文月と同じ悪い癖に呆れながら端を摘まんで洗面所へ運ぶ。扉を開けるとちょうど2人が脱衣している最中だった。



 何故か染子が穿いていた下着は三中知努の物と酷似しており、それを目の当たりにした絹穂が驚いている。



 更に染子の策略の犠牲となった知努が彼女の下着姿を見ているため赤面しながら睨み付けた。



 スカートの中身を不慮の事故で見てしまった彼は表情の変化がない。彼女らしい純白だった。



 咄嗟に閉めた事で投げ付けられた衣服が彼の顔に当たらない。真顔のまま少しだけ扉を開け、染子の靴下を投げ込む。



 「染子さんの臭い靴下を投げないで! 絶対許さない。今朝、私を染子さんだと間違えた事を暴露するわ」



 「でも、間違えられたおかげで制服を肩にかけて貰ったり、おはようのキスもして貰えたわ」



 少し捏造が入っている暴露を聞いた染子は勢いよく扉を開ける。無言で見つめ合った後、彼を洗面所へ引きずり込む。



 「2分くらい沈めてみるか」



 「鶴飛さん!? やめてくださいよ」



 彼女の発言が冗談と分かるまでの20分間、彼は浴室で怯えながら待っていた。彼女の加虐性愛のせいで何度も知努の体に痣が出来ている。



 女子の裸体を見て全く動じない彼の態度に絹穂も観念していた。染子が混浴を試みる事は初めから想定している。



 下半身さえ見なければ彼は胸の膨らみが乏しい女子にしか見えない。現状を変えられない以上、絹穂は曲解する。



 頭と体を洗い終えた3人が湯船に浸かった。彼の膝へ染子は座っており、絹穂の見たくない現実が遮られている。



 しかし、彼女を配慮してか知努の顔はわざと逸らしていた。こうして3人が一緒に入浴する事は10年ぶりだ。



 「染子さんはその、チー坊と混浴する事が恥ずかしくないかしら? 当たり前のようにしているけど」



 「私はこいつを貧乳女子と思っているから別に恥ずかしくない。体は男でも心が女だから」



 女装している時と男らしい服装をしている時に彼の精神が変わる事はない。いつも男だった。


 そのため胸に関しての劣等感を持っていない。しかし、敢えて彼女の戯言を無視していた。



 「それでもチー坊は混浴したいと思っていないからあまり付き合わせたらダメだわ」



 彼の手の甲を強く掴みながら染子は仏頂面でもたれ掛かる。罪悪感が全く感じられない。



 「私に求められるから応じる、それでいいのよ。ワガママを聞いて貰えるうちが愛されている証拠」



 微笑みながら知努が彼女の頭の上に頬を重ねる。これからも彼女の要望に出来る限り、応える腹積もりでいた。



 「それより豚女に競争で負けた事が悔しい。自転車にエンジンとニトロ積んでいたら絶対、楽勝だったわ」


 

 「亜酸化窒素をエンジンに噴射すんな。しかもエンジン積んだら原付だぞ、あの親あってのこの娘だな」



 気に食わなかったのか彼の頬は染子に強く引っ張られる。爪も食い込んでいた。

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