第57話旅行の打ち合わせ
2泊3日を予定しているだけあり、観光出来る場所はそれなりにある。これから観光する場所を決めていく。
通天閣がある新世界や道頓堀といった有名な場所は当然、予め計画に組み込まれている。文月がある事を告げた。
「実はうちの弟や祇園京希も行きたがっているけど、ダメ? しっかりチー坊が弟の面倒、見るからさ」
「ダメ、忠清を連れて行ったら知努が私の事を放置するわ。大人しく留守番させてなさい」
旅行を遠出する逢引きと勘違いしている彼女に文月がある嫌味を言った事で静まり返ってしまう。
知努が全く染子と一緒に旅行する事を喜んでいないと言われた彼女は落ち込んでいた。実際、彼からその話が1度も出ていない。
先程、一緒に知努と買い物へ行ったユーディットは彼の顔を見たくないためこの場に来ていなかった。
今の彼から本心を聞かされると染子の心が折れてしまう。知努から全く愛されていないような錯覚へ陥る。
彼女と10年以上、付き合いがある慧沙は知努のどこに惹かれたかを訊いた。いつも染子が彼に意地悪している印象しかない。
「硝子のように綺麗な瞳、色白の肌、色っぽい唇、生意気な性格、優しい性格、悍ましい心の闇が大好き」
そう言い切ると染子は彼が寝ている布団の中へ潜り込んだ。暴力を振るわれないか心配しながら2人は見ていた。
すぐ彼女が布団から顔だけ出して彼の腕を勝手に枕扱いしている。布団の中で染子は靴下を脱いでいた。
「早く起きないとお前の遺伝子と私の遺伝子を混ぜ合わせるよ。そうなれば、もう私の所有物だから」
耳元に顔を近づけて囁くと肩を震わせ彼が目覚める。彼女の両足に絡み付かれ、身動きが取れない。
旅行の話を進めたい慧沙に促され、2人は布団から出る。彼の機嫌がいつも通りの状態へ戻っていた。
人目を憚らず、染子は向かい合わせで彼の膝へ座っている。誰が見ても交際している関係性にしか見えない。
文月が再度、彼女の弟と祇園京希を旅行の参加者に加えたい話をすると知努が快諾する。
「このオタンコナス! 忠清を連れて来たら私と手が繋げないでしょ! 薄情者、オカマ、楠本くん」
「貴女の荷物は一体、誰が持たないといけないのかしら? 後、私は14歳の三つ編み女学生じゃないわよ」
彼は微笑みながら彼女の指と絡み合わせた。1か月間、何度も女装させられたせいかさほど、女子らしい口調に抵抗がない。
口調が彼女の両親を怯えさせていた時と似ている。しかし、表情はしっかりとあった。
ふと祇園京希の事を知努は知っているのかという疑問が浮かんだ文月は念のため質問する。
「友達だから当然、知っているぞ。一緒に寝た事もある仲だ。変な意味とかじゃなくて」
「やっぱ、顔だけ良い男はクズばっか。うちが知らないところでチー坊、女の子をかなり泣かしてそう」
同じく顔が良い事で定評ある慧沙は心当たりあるのか苦笑していた。文月も知努に泣かされた被害者だ。
彼の1番の被害者が耳元で悪い男と罵る。すっかり、弱っている心に付け入られた事を認めていた。
男の性分なのか彼女が時折、見せる弱い一面に彼は少しいじめたくなる気持ちを抱いてしまう。
仕返しとばかりに知努が耳元で何かを囁くと彼女の頬は赤く染まりながら何度も猫のように頬を殴る。
インターフォンが鳴り、彼女をベッドに横たわらせてから彼は玄関へ急いで向かう。まだ彼女は恥ずかしいのか布団の中に潜り込む。
ユーディットに背負われていた忠清、祇園京希、大友絹穂が彼の部屋へ入ってくる。一気に部屋は狭くなった。
「チー坊が元に戻って良かったわ。あの幽霊みたいなチー坊、何だか素っ気なくて辛かったわ」
「本当にごめんね。怒りを我慢した後はいつもああなるから」
ユーディットの膝に忠清が座り、知努の膝へ大友絹穂は腰掛けると旅行の話を再開する。
男女問わず、王道な候補として動物園、水族館、遊園地を慧沙は挙げた。どこも大阪で有名な場所であり、申し分ない。
幸い、嫌いな動物がいたり、動物の匂いを嫌っていたりする意見は出て来ないためこの3箇所で決まる。
しかし、反対意見でないがユーディットは動物園と水族館の選択を疑問視していた。名前しか知らず候補に挙げたせいか慧沙は詳しく説明出来ない。
「動物園と水族館は普段、なかなか行けないよ。特に水族館のジンベイザメなんてあそこくらいでしか見られないからね。ディーちゃんは行きたくない?」
「そんな事ないわ。だってチー坊と一緒に行けるから」
彼女が知努の肩に寄りかかると布団に潜り込んでいた染子は靴下を投げつける。そして、彼の側頭部へ直撃した。
投げ返すと不毛な戦いが勃発するため彼は敢えて無視する。脱いだ靴下を投げつけられて怒るような間柄でもない。
大まかな行き先が決まると慧沙は申し訳なさそうな表情で彼の妹の同行を頼んできた。
「妹も行きたがっているけど、小学生が2人いたら知努ちゃんに負担かかるよね。どうしようか」
「大丈夫よ。妹さんと靴下脱ぎ散らかし下着泥棒さんじゃなくて染子さんのお守りは私がするわ」
女子小学生と同列の扱いを受けている染子は布団から出て、絹穂の頬に靴下を投げつける。
「酷いわ染子さん! 汚くて臭い靴下を投げつけるだなんて! 親の顔が見てみたいものだわ!」
また昨日のような靴下や下着の投げ合いが始まり、後片付けをさせられると予想した彼が釘を刺す。
「また投げ合いしたら俺の両親に愛人を囲ってますと紹介するからな? これでちーちゃん、女に困んねぇや」
「お兄ちゃん、最低だね。そんなスケベで下品なお兄ちゃんなんて僕、知らないよ」
必死に冗談だと彼は弁解するもしばらく忠清に口を利いて貰えなかった。その上、従姉2人から何度も頭を叩かれる。
彼の忠告虚しく、絹穂と染子は至近距離で靴下の投げ合いをしていた。彼の空いた膝に京希が座ってる。
「しっかり節度を守るなら私がなってあげてもいいよ。その代わり、ちゃんと愛してね?」
向かい合っている彼が遠慮すると自分自身が言った言葉に照れている京希はもたれかかり、そのまま押し倒してしまう。
ちょうど彼の目線は意図せず、絹穂のスカートの中に向いていた。すぐさま彼女はスカートを押さえながら彼の側頭部を軽く蹴る。
「スケベ」
不慮の事故にも拘らず、赤面している絹穂から罵られた彼は必死に脳内へ刻み込まれている映像を消そうとするが全く消えない。
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