第19話和解


 公園で一通り戯れ合った2人は知努の家に向かっていた。未だ両手首の拘束が外されておらず、彼は護送中の囚人同然だ。


 何度も外して欲しいと頼むも凶暴な犬はリードなしで歩かせたらいけないという意味不明な反論をされ黙って歩いている。


 あまり晒し者にされたくないが飼い犬扱いしたい程、染子から愛されていると心の中で言い聞かせて、知努は無理やり納得していた。


 両腕を降ろす事すら許可して貰ず、袖の部分へ夜風が当たりくすぐったい。


 頭の後ろで腕を組む格好は、ボディービルのアブドミナルアンドサイというポージングと同じだが、華奢な腹筋や足に逞しさはなかった。


 定期的に前を歩いている染子が振り向き腋ばかり見ているためストリップショーの踊り子へなっているような気分だ。


 横を通りかかった通行人がスマートフォンを向ける度、彼は睨みつけて威嚇していた。しかし何故か彼らに喜ばれてしまう。


 「睨まれて喜ぶなんてこの町は男女共々マゾばかりで困ってしまうね」


 「見るのはタダでなめっ」


 何か非常に品のない発言をしようとしていた染子の腰を知努が軽くツッコミ代わりの回し蹴りする。



 暴力を振るわれたと染子が騒ぎながら背伸びし、ワイシャツ越しに両手で小胸筋を撫でた。


 数時間ぶりに家へ戻ると頭に包帯を巻いている染子の父親が居間から出迎える。


 「三中の火薬庫が情けない格好で戻って来たな。相変わらずお前は変な奴だ」


 心底呆れていると分かる表情をされながら知努は抱き寄せられた。落胆される気持ちが痛い程、分かっている。


 嫌な匂いが知努の体へ染み込むため、染子は顔をしかめながら居間に行く。男2人だけ取り残される。


 「嫁にチー坊と仲直りするまで戻って来るなと言われているから許してくれよ」


 「俺もごめんなさい」


 散々、互いに痛め付け合ったからか、2人の怒りは既になかった。

 

 染子の父親に髪を撫でられると少し驚きつつも恥ずかしくなり、口元が緩んでしまう。


 「男嫌いな癖に随分まぁ体、張ってんな。何だかんだで両親と仲良いチー坊が息子に欲しかった」


 「おっさんなら別に抱かれても撫でられてもいいけど。何それ? デートとかキスとかしたいの?」


 苦笑しながらからかう彼の束ねている後ろ髪を軽く引っ張り、染子の父親が照れ隠しする。彼女がいないうちに解いて欲しいと頼む。


 解かれた後に知努も抱き締めてから染子の時と同じ手つきで髪を撫でる。また後ろ髪が引っ張られた。


 「色んな奴から意気地なしと言われたな。お前みたいな他人の孤独を受け入れられる強さが欲しかった」


 居間の扉が少し開き知努の両親が妬ましそうな顔で眺めている。せっかく格好つけている彼の発言が台無しだった。


 抱き付かれる事に慣れてきた染子の父親はパパと呼んで欲しいと頼んだ。幼い頃よく染子が呼んでいた。


 パパと呼べば覗いている実の父親も要求してくるため別の意味で呼ぶ事にする。


 「パパ、男でいいならホ別3だよ?」


 「助けてくれよ忠文ただふみ! お前のところの息子は一体、誰の腹から生まれたんだよ! クソっ大人を舐めやがってエンコ—野郎が」


 耳元へ猫なで声でからかい口づけもすると案の定、照れながら知努の尻肉を力強く抓った。誘惑が板についている。


 数分ほど無言で抱いてから染子の父親が恥ずかしそうに別れの挨拶をして家から出た。


 居間へ入り、両親に謝罪してよほど数日間、無視されて寂しかったのか抱き付かれ頬や髪へ何度も口づけされる。


 「凶暴でかわいいちーちゃんを自由に出来るそーちゃんが羨ましいね。でもあまりいじめたらダメだよ」


 「私がいじめなんてする訳ないじゃないですか。愛情表現と躾しかしてません」


 余所行きの対応をしながら染子が知羽の隣へ座り、さも当たり前にカレーライスを食べていた。


 染子の感覚がおかしい事を指摘する元気すらない知努は大人しく席に座って食事する。


 混浴を覗こうとして妻に斬髪された父親の忠文は時折恨めしそうな顔で知努の後ろ髪を見ていた。


 「ポニーテールの知努くんもかわいいね。そういえばパパの事は好き?」


 斜め前に座っている仏頂面の染子が脛を蹴ったらしく屈みながら手で素早くさすっている。


 父親を軽く捌くと好意の順位が付けづらい母親も聞いてくるため前門の虎後門の狼だった。


 「好きだけどこの中だと最下位だけどな。染子と母さんが同じくらい好き」


 「息子さんの評価は低いですが私はお義父さん、2番目に好きですよ。あなたの財布がですけどね」


 染子に嘲笑されながら煽られた忠文は無言で食事を済ませる。いつも染子からこのような煽りばかり受けているのかもしれない。


 すると忠文が見せつけるように知努の片手を握ってから肩へ頭も置いた。意趣返ししているつもりだ。


 負けず嫌いの染子も隣に座っている知羽の膨らんだ胸を揉みつつ耳へ息を吹きかける。強く平手打ちしてから知羽が逃げた。


 よほど苦痛だったのか兄の膝へ座って胸に顔を埋めてくる。知努は背中を優しくさすって慰めた。


 小学生低学年頃まではこうしていつも知羽が兄にくっついていた事を思い出す。嫉妬したのか知努の脛も蹴られる。


 「かわいい妹にわいせつな事をしたから染子と知羽の順位入れ替えようかな」


 「そんな事したら知努の泣き顔写真を男子にうりっ」


 男嫌いの知努はかかとで染子の脛を蹴り、少し教育を施した。わざとらしく左足が動かなくなったと騒ぎ出す。


 いくら複雑な関係性が築かれていても多少知努が嫌いな事を分からせないといけなかった。


 本人が遠回しに男嫌いの原因を作った事はかわいそうなので伏せており責任追及するつもりもない。


 食事が終わると知羽は膝から降り自室へ戻っていき代わりに睨んでいる染子が座ってきた。


 両親の目を憚らず口づけして彼女の父親のように軽く後ろ髪を引っ張る。晒し者となっていた。


 小胸筋を揉んでいる両手に対抗し上あごの敏感な部分を舐めつつしっかりと抱き寄せる。


 知努の左膝へ股を押し付けながら前後に擦り、大きく下半身の筋肉が伸縮した。気まずくなり時間の流れを遅く感じる。


 「そ、染子、そろそろお風呂に行こうか。うん、そうしようそうしよう」


 口を離した知努は、脱力している染子を抱き上げて逃げるように居間から脱出した。とても両親の顔が見られない。

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