第8話迫真混浴! マザコン男子の裏技


 丈の合っていないワイシャツを着て、袖から手が出ていない染子は不機嫌そうな顔で覗き込んでいる。目を開ければ帰っていたと思っていた女子の姿が見え、知努は慌てて母親の唇から離す。どのような状況か呑み込めない。


 起き上がり、染子に何か弁解しようと思ったが混乱のあまり、どう切り出すべきかか思い付かなかった。罪悪感が具現化し、彼にしか見えない幻覚の可能性は捨てられない。


 浮気が見られた人間のように動揺している姿を楽しんでいる染子は一変し、わざとらしく笑う。


 「なーにやってんだお前らぁ、俺も仲間に入れてくれよ」


 「何言っているんですか」


 両親の前で染子と口付けする訳にいかず、知努は脱兎の如く居間から逃げ出した。数十分後、湯船に浸かり、父親がオレンジジュースへ混入させた媚薬の効果はすっかり抜けている。


 誰の目も気にしなくて良い為、前髪にヘアピンを着けて額が出ていた。昔から入浴時はこうしている。先程見えた鶴飛染子が幻覚と思った矢先、脱衣所へ誰か入ってきた。


 寝る前の歯磨きに誰かがやって来たと一人合点して、浴槽へもたれかかる。然して珍しい事で無かった。


しかし、浴室の扉が開き、幻覚だと思っていた女の声を聞く。最早、彼女はまだいる事を認めるしか無かった。起きた後、染子がいない部屋で感じた感傷の気分を見事台無しにされる。


 「ねぇ、お兄ちゃーん。混ぜて欲しいんだけどーわーい」


 「おっ開いてんじゃーん。プレシャス!」


 寡黙で口より手が先に出る薄情な鶴飛染子は、いつもの数倍喧しくなっていた。

 

 気が休まる1人の時間を侵害された知努は、どう対処すれば良いか分からなかった。動揺すれば相手の思う壺だ。


 思考を読めない染子が仏頂面で低俗な映像を見ている姿を想像し、彼は溜息が零れる。まさか彼女の両親も動画配信サイトに掲載されている同性愛者映像を娘が嗜んでいたと考えもしていないはずだ。


 「開けたんだよなぁってまずタオルを巻いてから入れってそれ一番言われているからな」


 半目になりながら染子の方へ向くと、ヘアゴムだけ持っている一糸纏わぬまごう事無き全裸だった。


 ふと彼は昔読んだ書籍の内容を思い出す。同じ人種の異性に見られると羞恥する女性兵士が、家畜同然の日本人捕虜に見られても平気だった。


 もしかすれば鶴飛染子にとって三中知努の認識は犬なのかもしれない。そうで無ければ露出癖があり、この状況を楽しんでいる。


 知努が女体に対し反応が無い理由は、父親に盛られた媚薬の負荷のせいで疲労しているからだ。何を思ったか、染子が湯船に浸かっている彼へ自分の頭と体を洗って欲しいといきなり頼む。


 恥ずかしいという感情以前に、女の子の繊細な体を洗わなければならない責任感が知努に重くのしかかる。


 染子おばあちゃんの入浴介助や、中央に溝が設けられている椅子は無いとからかい、頭上へ拳骨を落とされた。浴槽の縁にヘアゴムを置き、椅子へ座っている為、恐らく何としても洗わせる気だ。


 一旦、湯船から上がりシャワーで美しさが秘められている染子の黒髪を濡らして洗い始めた。


 「白菜かけますね」


 洗った後、知努が普段使っていないトリートメントを出して、軽く手の摩擦で温め、毛先から付けていく。


 椅子に座っている染子が、どのような気持ちで彼女の大事なものを他人に委ねているか不思議だった。


 浸透するまで時間がかかる為、手ぐしで全体を満遍なくならしてから待ち時間にボディータオルと体も濡らす。


 ボディーソープが付いたタオルで敏感な部分以外を洗い残りは石鹸と手で洗っていく。首筋、胸、腋、下腹部、下半身などを洗う時は人並に反応が現れる。


 柔らかく弾力がある肌、豊かな胸、色気づいた腰の反りなど魅力的な部分ばかりだった。ここで乱暴な事をすればどうなるかという汚らわしい誘惑が彼の頭によぎるも我慢する。


 「ドアラァ、頭にきますよー」


 シャワーで洗い流してから染子の後ろ髪を束ねまた湯船へ浸かった。母親の教えがようやく役立つ。


 対面で浸かっている染子は、いつものように寡黙で知努から目を逸らしている。異性に体を洗われる事が想像より怖かったのかもしれない。


 染子は髪の毛や胸など大事な箇所を乱暴に扱われたりすれば、すぐ精神が壊れてしまいそうな儚い少女だ。


 ただ、じっと眺めていると今度はあちらが知努の至る箇所を舐め回すような目つきで見る。


 「手ぇほっせぇな、お前なぁ、女の子みたいな手ぇしてんな」


 「お前ホント女の子みてぇだなぁ、感じがなぁ、ツルッツルじゃねぇか身体ぁ」


 染子に手首を握られながら片手で腕と胸を撫で上げられ、くすぐったい知努の体が跳ねた。


 「大きなお世話ですよ」


 余程、日頃から知努の体を好き放題したいという願望が強かったのか、遠慮無く触ってくる。


 「キンタマついてんのかお前しっかりよぉ、おぉ?」


 「付いてます、付いてますよ」


 片腕が湯船へ沈み込んで、知努が足を閉じようとする前に睾丸を手加減せず揉み苦悶させた。


 しばらくし、脱衣所で染子の体を拭いている睾丸の痛みがまだ引いていない知努の顔は強張こわばっている。


 流石の染子も泣く子と地頭と無言で怒っている知努に勝てぬ為、大人しくしていた。


 中性的な顔立ちでまつ毛の長い吊り目も相まって、彼が怒らせた時の表情はどこか女性の様な冷たさを感じさせる。


 もし、知努が女性なら真剣で優しい性格が災い、自然に彼氏や夫などを尻へ敷いてしまいそうだ。


 手櫛に梳かれながらドライヤーで下ろしている髪を乾かされ、怒っていながらも優しく扱ってくれていた。


 知努は染子に下着とズボンを手際良く穿かせパジャマも着せる。大人しくしていれば人形のような愛らしさがあった。彼もあまり待たせない様にドライヤーで髪を乾かし着替える。


 洗面台の鏡で互いの姿を見ながら歯磨きし、新婚夫婦のように同じコップを使って濯いだ。


 廊下へ出ると後ろ髪の束を切り取られ、数年前と同じく童人形の様な髪形となっている父親が投棄されていた。


 こっそり浴室へ近付こうとしている所を母親に見つけられて、斬髪で阻止されたと白状する。


 愛用のリボンが奪われ、傷心中のようだ。どうやら両親は混浴していた事を知っている。


 「お前ノンケかよぉ!?」


 「窓際行って、シコれぇ!」


 染子は父親のすぐ近くで悪びれる事無く知努と腕を組んで階段へ向かう。ベッドの中から顔だけ出し向かい合い、指を絡めながら染子は帰宅した後に寂しくなり、戻って来たと話す。


 消灯している部屋に何者の邪魔も入らず、気恥ずかしい話が遠慮なく出来る。クローゼットに隠れ、少し扉を開けていたので、起きたばかりの知努が寂しそうだった様子は見えていた。


 明日へなればなかなか染子と話せないので、知努は先程から気になっていた事を訊いた。


 「染子が入浴から出た後の事まで大体してあげたけど、どうだった?」


 「女の子にして貰っているみたいで興奮したわ。弟と知努を交換してすぐにでも私の嫁に来て欲しいくらい良かった」


 双方の両親が怒りそうな答えだと知努は苦笑しながら就寝前の口付けをして、眠りへつく。彼女の理想通りの結婚式を彼は想像してみるも常識や法律が変わらない限り、実現出来そうに無かった。


 今日の彼ならその結婚式も悪くないと思えるが、元の日常へ戻る明日も同じ気持ちを抱いている保証は無い。


 ある意味、女々しく、弱い本性を隠す為にいつも粗暴な口調で強く見せている知努は、山月記の李徴と似ている。


 両方なければ三中知努らしくない為、今までも、これからも優柔不断にどちらか捨てきれず、生きるしか無かった。


 父親の様な自分の為だけに常識の垣根を堂々と超える人間へまだなれなかった。


 早朝から聞き覚えのあるラッパの演奏音が聴こえ、知努は重い瞼を開けていく。録音している起床ラッパの音声だろうと思い、見渡す。


 制服姿の染子がラッパで演奏していた。眠気が一瞬で吹き飛ばされ、彼の機嫌は損なわれる。


 知努の起床に気付くと足元にあるスクールバックの中へ片付け、染子は手を差し出した。


 「染子は本当に意地悪なんだから」


 まだ他人に隠したい本性が表面上に出しながら染子と指を絡め、洗面所へ行く。入浴時から付けていた髪留めの片方を染子に貸して、知努は後ろで見守る。


 やはり、洗顔している彼女の背中は無防備となっており、衝動のあまり彼が抱き締めてしまう。


 蛇口を閉めた染子は、動じる事無く吊っているタオルで濡れている顔を拭いて後ろへ振り向いた。


 「里美から聞いた通りヘアピンしている私が好きなスケベね。でも、こうしていると落ち着くわ」


 2人は互いに微笑み合いながら朝の口付けし、新しい1日が1輪の花を添えられ始まる。

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