116話 王族と種族

 おばちゃんの宿”銀の止まり木”に向かう。道中王女リリィとシエラたちは買い物で打ち解けたのか仲良さそうに話している。レイも混じっていることは良いことだ。レイは大人しくしてると言って一歩引いた感じだったからな。仲良いほうが護衛もやりやすいだろう。俺も王子ルーカスとやりやすくなったしな。


 ”銀の止まり木”に着くとお昼のピーク時も終わっているようでいつもある外の行列は無くなっていた。おばちゃんのことだからまた変なこと言われそうだな。


「アキト久しぶりだね。元気にしてたかい?」

「見ての通り元気だよ。とりあえず8人分トンカツとスープ作ってちょーだい」

「昼の分は終わったよ。作って欲しいんならいつもみたいに肉出しな」


 珍しく変なことを言われなかったな。いかにも貴族っぽいのが何人かいるからだろうか。


 昼の分がなくなってるのは予想通りだ。だが今日は俺は肉を出さないんだ。王女リリィ王子ルーカスにはあくまでサンドリアスの王都で普通に出されているものを体験してもらいたい。だから国王オヤジに一筆書いてもらったんだしな。俺はアイテムボックスから国王オヤジに書いてもらった手紙をおばちゃんに渡す。


「はいこれ読んで」

「手紙かい? ん~? …っ!」


 手紙にある封蝋を見て驚いている。この反応をするってことは王家が使う封蝋の形を知ってるんだろうな。おばちゃんは恐る恐る封筒を開けて中の手紙を読んでいる。読み終わったのか頭に手を当てて項垂れながら話してきた。


「アキト………代わりに作ってくれないかい?」

「嫌だよ。どう説明があったのかわからんけど、あくまでサンドリアスの王都で普段出されているものを体験してもらいたいから俺がやるわけにはいかないんだよ」

「そうは言うけどね…何かあったら国際問題じゃないか! 責任取れないよ」

「責任はここにいる騎士団長が取るから大丈夫」

「私ではなく陛下が責任を持ちますのでご安心を」


 ちゃっかり国王オヤジに責任を押し付ける騎士団長。そうなるわな。あくまで最高責任者は国王オヤジなわけだし。あれ? そうすると何もかも国王オヤジのせいにならないか? ………国王だからそんなもんなんだろうか。まあいいか。


「そういうことだから気楽に作ってちょーだい」

「はぁ~…わかったよ。文句言わないでおくれよ」

「じゃあ座って待ってるよ」


 以前国王オヤジたちが視察に来た時のようにテーブルを二つくっつけて八人で座れるようにする。今回は姫さんがいないから席順を考えなくていいから楽だ。


「ねえアキト。あなたが作ってって言われてたけど、アキトがこの店に出すように言ったの?」

「いろいろあるがそんな感じだな。説明は面倒だから俺が出したもんだと思ってくれ」

「ふぅ~ん。まあ楽しみに待ってるわ。美味しくなかったらアキトに文句言えばいいのね」

「言われることはないだろうなぁ」


 雑談しながら待っていると先に二人分配膳された。ここは王女リリィ王子ルーカスに食わせるべきだろう。依頼主だしな。俺たちはいつでも食えるし。


「これがトンカツってやつなの? 変わった色してるわね」

「初めて見る食べ物だ」

「塩かソースか好きな方かけて食べな。小さい皿に乗ってる黒いのがソースだ。毒味はいるか?」

「いらないわ。すぐ食べたいの」


 思えばおばちゃんの所で普通にトンカツを食べるのは俺も初めてだ。俺が食べに来て頼むと適当に持ってくるからな。普段どんな風に出してるのかと思ったら定食形式だった。パン一つにスープ、6等分に切られたトンカツとキャベツの千切りに小皿二つに塩とソースがあるといういたってシンプルな定食だ。


 う~ん…皿の数は減らしたいな。先に塩かソースか聞けば数を減らせるだろうし、両方好きな人には半分ずつにすればいい。現状両方楽しめるようになってるから半分ずつがいいかもしれないな。片方だけでいいって人は注文の時に言えばいいというシステムすればいいだろう。皿を洗う手間も省ける塩やソースの節約にもなるだろう。両方小皿に出して片方に少しだけ手をつけられると余りは捨てることになるだろうしな。もっともこれは前世での考えが基準だからこの世界だと使い回したりするかもしれないが…


 というか毒味なしか…騎士団長が何も言わないからいいか。


「じゃあ早速いただくわ。命を授けていただき感謝します」

「命を授けていただき感謝します」


 二人は胸に手を当てて食前の挨拶のようなものを口にした。ヴィクトリアン王国だとそういう風習があるんだろうな。サンドリアス王国じゃそういうった風習はないはずだ。以前国王オヤジたちと一緒に食べた時も食前の挨拶のようなものはなかった。国によって風習が違うということがよくわかる。


「私はまずソースでいただくわ」

「じゃあ僕は塩で」


 調味料をかけてフォークにトンカツを刺し口にし、ザクッと音が鳴る。少し咀嚼し二人とも驚いたような目をして噛んでいる。王子ルーカスは口に手を当てて噛んでいるが驚いているようだ。やがて二人とも口に含んだ分を飲み込んだ。


「何これ! すっごい美味しい!」

「外側のザクッとした食感と中の肉の柔らかさからの肉汁がすごいな。かけられた塩味が肉をよく引き立てている」

「塩も美味しいのね。じゃあ次塩でいただくわ」


 予想はしていたが好評なようで何よりだ。王女リリィは姫さんと同じ反応で王子ルーカスは宰相と同じだな。姫さんと比べると幾分かは王女リリィのほうが食を楽しんでいる感じはするな。


「塩も美味しいわね!」

「この少し甘めのソースは他のものにも合いそうだな。でも甘いよりも辛いソースが合っても……他にも濃淡で好みが分かれるか‥」


 ブラコンとシスコンで似た者姉弟かと思ったがこういうところは全然似てないな。


「このスープも美味しいわ。スープもアキトが関わってるの?」

「スープは何もしてないぞ。おばちゃんの料理がお気に召したようで何よりだ」

「温かいスープは美味しいわ。向こうじゃ温かい食べ物もあまり食べられないから」

「何で? 普通に食べればいいだろ」

「まあ…王族ゆえにって感じかしらね。毒見が間に入るのよ。私たちのもとに来るころには温くなってたりするわ」

「何度も温かい物を食べたいと言ったのだが…聞き入れてもらえなくてな」

「毒味しなくていいってのはそういうことか。立場ってのは面倒だな」


 王族という立場を考えれば食べ物に毒を盛られることも考えなければいけないのはつらいだろうな。今まであまり食事を楽しんだこともないんだろうな。サンドリアスに滞在してから朝食や夕食をどうしてるかはわからないが、この食事くらいは楽しんでもらいたい。


 そうこうしているとさらに二人分配膳されてきた。先に騎士団長とサフィーに食べてもらおう。二人とも初めてだったようで勢いよくがっついていた。貴族としてがっついて食べるのはどうかと思うが知ったことじゃない。


 その後俺たちの分も配膳されてきた。だが、配膳に時間差がそれなりにあったため王女リリィ王子ルーカスはもう食べ終わっていた。騎士団長とサフィーもガッついていたのでもう食べ終わっている。ただ話しながら待つだけというのも何だからついでに細切りのフライドポテトをおばちゃんに注文しておいた。細切りなら揚げるのに時間もかからない。食べていると大皿に盛り付けられたフライドポテトが配膳されてきた。塩をかけられているのがわかるが、個人的にはケチャップも欲しいところだな。作り方師匠に教わればよかったな。今度ラウンズフィールに行ったらアカリG◯◯GLE先生に教えてもらおう。


 フライドポテトも王女リリィ王子ルーカスには好評で取り合いをしていたほどだ。食い意地の張った姉弟だ。横目で騎士団長とサフィーが羨ましそうに見ていた。お前らは我慢してくれ。


「はぁ~美味しかったわ。陛下がオススメするだけあるわ」

「こんな美味しい食べ物は初めてだった。とても満足しているよ」

「そりゃよかった。じゃあ次は………武器屋行きたいんだっけか?」

「武器屋とか露店街がいいわ」

「わかった。じゃあ行くか」


 食事を終えて”銀の止まり木”を出る。出る前におばちゃんに問題なかったと伝えると安心したようで椅子に座り込んでいた。また今度アドバイスしに来る旨を伝えて外に出る。


 武器屋はいつも俺たちが世話になってるドワーフのバルクスのおっちゃんの所だ。バルクスのおっちゃんなら魔導連接剣も知ってるんじゃなかろうか。そう思い足を運ぶ。


「ういーっす。おっちゃん」

「アキトか。また大所帯で来たなって…ハインズバイト卿!」

「別に畏まる必要はない。私は付き添いのようなものだ、いないものと思ってくれ。普段通りにアキト殿と接してくれ」

「…はっ。わかりました………で、アキトよ。今日はどうした?」

「切り替え早いな。とりあえず刀見てくれ」

「ったく…前にレイスとやりあったっつー後にも見ただろうが。なんともねーよ」

「レイスと戦ったの!?」

「レイスと戦っただと……」

「食いつくんじゃねーよ…王女リリィ。魔導連接剣見てもらえよ」


 レイスに二人が食いついたがスルーだ。説明が面倒臭い。


「魔導連接剣とは…珍しい武器を使っているな。久しぶりに見たぞ。今じゃ骨董品といってもいいくらいだ」

「う……骨董品…」

「魔力の消耗はとんでもねぇし、使えるようになるまで時間がかかりすぎるからな。200年ほど生きてるが、数えるくらいしか見たことねぇよ」

「おっちゃんでもあんま見たことねーんだな」

「だがな、一人だけ使い手は知ってる。そいつは冒険者だったそうだが、Sランクでべらぼうに強かったらしいぞ」

「へえ。使い手なんていたのか。道楽の武器だと思った」

「先の大戦で亡くなったがな」


 師匠が魔王を説得して終戦したっていう戦争か。まさか使い手がいたなんて思わなかったな。刀を使ってる俺がこう思うのは何だがよくあんなロマン武器を使おうと思ったもんだ。刀も負けず劣らずのロマン武器だ。斬ることに特化した武器だが扱いはかなり難しい。師匠に口すっぱく言われた剣を真っ直ぐに振れっていうのは刀を持った時のことを考えてそう言っていたのかと、刀を使い始めた時に思ったっけか。剣術の基本なんだろうけどな。


「へ~。とりあえず見てやってくれよ」

「はいよ。そっちの嬢ちゃんの武器か。見せてみな。数えるほどしか見たことねぇが、作りはわかるぜ」

「これよ」

「どれどれ………しっかりした作りだな。基本に忠実に作られた良い魔導連接剣だ。これなら極めたやつが使えば良い武器になるだろうよ」

「ちゃんとした作りだったのね」

「こいつを使いこなすのは大変だが、極めるのを目指すのも一興だろうよ。だが、嬢ちゃんは人族だろう? こいつに夢中になるよりもっと良いことがあるんじゃねぇか? 俺たちと違って寿命が短いんだからよ」


 確かにおっちゃんの言う通りだ。王女リリィは人族で寿命が短い。しかも若い時期も短い。体を全力で動かせるのなんてあと二0年くらいしかないだろう。結婚して子供を産めばさらに少ない。そう言ったことを考えると他の武器を使ったほうがいいに決まってる。


「そうね。あなたの言う通りだわ。だけどね。寿命が短いからこそ、これだと思ったものに一生懸命になれるの。エルフやドワーフの皆は寿命が長くて、若い時期も長いからのんびりいろいろ試すことが出来るけど私たち人族は出来ないわ。私は運が良かったの。この歳で人生を賭けられるものを見つけたから」

「へっ。人族にゃあそういうバカがたまにいるからな。まあ嫌いじゃねぇよ」

「ええ。私はバカなの。バカはバカらしく一つのことをやるわ」


 王女リリィはロマンチストなんだな。魔導連接剣を極めることに人生をかけるほどとは思わなかったな。だとしたら昨日俺が使うのを見てかなり落ち込んだんじゃないかな………こいつの性格からして逆に希望を見たかもしれないな。あそこまでやれるって。


 少し王女リリィが羨ましいな。俺は前世が人間で仕事をこなして娯楽を思うがままに楽しんで過ごしていた。人生をかけるほど夢中になれるものなんてなかった。王女リリィみたいに何かを見つけられていたら変わった人生を過ごしていたのかもしれない。そう思うと前世への未練と後悔で頭がおかしくなりそうだから考えるのはやめよう。転生したから考えても何もならない。だけど頭によぎって考え込んでしまうのは俺の悪い癖だな。帰ったらシエラに膝枕してもらおーっと。


「種族の違いはどうにもならないものね。他の武器とかは見なくてもいいの?」

「あっちに武器とかいっぱいある」

「じゃあ見に行きましょうか。見てくれてありがとう」

「はいよ。魔導連接剣は扱ってねーからな」


 シエラとフェリスが王女リリィを誘って武器を見に行ったので俺たちも付いて行った。

 その後しばらく武器を見つつ剣を幾つか買ったようだ。ちなみにバルクスのおっちゃんに隣国の王女だと伝えると「早く言え!」と叱られてしまった。解せぬ。

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