【完結】遠距離の年下カノジョと久々に会ったらどエロくなってるんだけど、NTRじゃないよね!?
立川マナ
第一話 悪夢とキス
薄暗い廊下に、荒々しい息遣いが響いていた。徐々に熱を帯び、激しさを増していくその息遣いの合間に、「あふ……んん……」と苦しげなようで恍惚とした声が混ざり込む。愛らしく可憐で、相変わらず、胸をくすぐるようなその声は――しかし、すっかり『嬌声』と呼ぶにふさわしい湿っぽさを含んでいた。
それは、俺の大好きなカノジョの声で、俺しか知らない彼女の声……のはずだったのに――、
「
そうねっとりとした口調で言う男の声は、俺のものではなく、そして、「や……やめてください……恥ずかしい……」と甘ったるい声で返す彼女の言葉もまた、俺へのものではない。
――そう。俺は今、浮気現場に出くわしているのだ。
この廊下の角を曲がれば、すぐそこで俺の可愛いカノジョが、どこの馬の骨ともしらない奴とチュッチュと淫靡な音を鳴らしてキスしまくっている。間違いなく、ディープなやつだ。舌が絡むやつだ。
なんてことだ。信じられない。ほんの四ヶ月、会ってなかっただけなのに……。
四ヶ月前――、俺がバイトで家庭教師として教えていた二つ年下の彼女は、見事第一志望の大学に合格した。それはめでたい。大変めでたい。ほんとよく頑張った、と四ヶ月経った今でも頭を撫でまくりたい思いである。
しかしながら……彼女の受かった大学は県外で、『彼女の合格=遠距離恋愛の始まり』という運命の嫌がらせとしか思えぬ方程式の出来上がりだった。しかも、彼女とはあくまで教師と生徒という立場だったため、相思相愛だと気づいても清く正しい関係を続けざるを得ず、『大学に合格したら付き合おう』とこっそり誓い合うのみ。ちょっと手を繋ぐことがあっても……それだけである。神様仏様全国のお父様に誓って、やましいことをしたことは一度も無い。
つまり俺は、彼女――
そんな一年の禁欲生活の反動は半端なく。彼女が合格するなり、それはもうイチャイチャの限りを尽くした。お互い、箍が外れたようにベタベタした。――といっても、彼女もまだ当時は高校生。あくまで、節度ある『ベタベタ』であって、常に衣服越し(着衣プレイでは断じて無い)。それ以上は高校を卒業してから、と決め……そして、訪れたその日、
――最後のセーラー服は、
そう言って、セーラー服姿で俺の部屋に現れた彼女と、初めて、肌を重ねた。疵一つない滑らかな白い肌は眩いほどに清らかで、ほんの少し触れただけでビクンと身体を震わせる彼女のウブな反応に、彼女への愛おしさはK点越え。脳もあそこも爆発するんじゃないかと思った。
しかし、脳は爆発することはなく、あそこも爆発することは無かった。
結局、その日、彼女への愛情はK点越えを果たしたものの……彼女との関係は一線を越えることは無かった。
中高一貫の女子校に通っていた生粋のお嬢様とも言うべき彼女は、男性との『お付き合い』さえ俺が初めて。当然、そういった行為も初めてで……もちろん、見るのも初めてで。期待いっぱいに膨らむ俺の剥き出しの下心に、彼女は目を点にして固まってしまった。全身全霊をかけ、隅々までほぐしたはずの彼女の身体はたちまち強張り、まさにまな板の鯉状態でベッドの上で硬直する彼女に、それ以上はできなかった。
そのまま一線を越えることなく、遠距離恋愛がスタートして四ヶ月――、ようやく夏休みを迎え、彼女の下宿先に泊まりがけで遊びに来た……というのに、なぜだ? なぜ、こんなことになっている!?
思い出せん。
俺はいったい、どういう経緯を辿って、こんな現場に居合わせることになった? ガッツリ最中に通りがかるとか……もはや嵌められたとしか思えない状況だぞ。まあ、ハメられそうなのは俺のカノジョだけども――って、なんもうまくねぇ!
うがあ、と声にならない叫びを上げて頭を抱えた、そのときだった。
「――こんなこと、ダメです。私には、付き合っている人が……旭さんがいるんです」
ふいに、そんな苦悶に満ちた声が聞こえて、ハッとする。
柚葉ちゃん――!
名前を呼ばれ、思わず、バッと振り返り、廊下の角から顔を覗かせた。すると、
「じゃあ、彼氏のためにも練習しないと。いろいろ教えてあげるよ」
柚葉ちゃんに壁ドンしながら、長髪の男がそんなことを嘯き、するりと柚葉ちゃんのスカートの中に手を忍ばせるところで――、
「お節介にもほどがある!」
大声上げて、くわっと目を開けば、そこは真っ暗闇だった。
え……なに、ここ? 絶望の中? なんて思っていると、
「わあ……びっくりしたぁ」
ほわんと朗らかな声がすぐ隣からして、
「大丈夫、旭さん?」
暗闇の中、ひょっこりと視界に飛び込んでくる影があった。
なんだろうか――と、目をぱちくりとさせているうち、徐々に暗闇に慣れてきた視界の中、浮かび上がってきたのは、心配そうに俺を見下ろす女の子の顔だった。絶望の中に突如として現れた天使のような――聡明そうな顔立ちの中にも無邪気さを残した、可憐さと艶かしさを併せ持った女の子。
「ぐっすり寝てると思ったら、急に大声出すんだもん」肩まである黒髪をそっと耳にかけながら、彼女は愛おしそうに俺を見下ろして言う。「何か……お節介されちゃう夢でも見たんですか?」
その身に羽衣のように纏う柔らかなオーラが、月光の如く朧げに輝いて目に見えるようだった。きっと、かぐや姫が本当にいたら、こんな姿だったんだろうか、なんて思ってしまう。
ああ、落ち着く。ホッとする。
自然とふうっとため息が漏れていた。
そうだった――。ここは、彼女の部屋だ。夏休みに入って、初めて、遊びに来て……今朝、ようやく、四ヶ月ぶりに彼女と再会を果たしたんだった。
「ごめん。ちょっと……悪い夢見てた」
のっそりと上体を起こし、
「起こしちゃった?」と訊ねると、俺の隣でベッドにちょこんと座りながら、柚葉ちゃんは「起きてた」とクスッと悪戯っぽく笑う。
「旭さんと一緒に寝るの初めてだから……ドキドキしちゃって寝れなかったの。寝顔、いっぱい見ちゃった」
ドキドキしちゃって寝れなかったのー!?
うあー! と叫びたくなった。
「ごめん、柚葉ちゃん!」
しゅばっと正座して頭を下げると、「え、なんで?」と柚葉ちゃんの戸惑う声が聞こえた。
いや、まあ……当然だよね。俺がどんな夢を見てたか、知らないもんね!? 最低だ。俺はほんと最低だ。こんな純情可憐で無垢なカノジョを、夢の中でよく分からん男に襲わせてしまって……! 夢だからってやって良いこととと悪いことがある!
「旭……さん? えっと……どうしたの? もしかして……まだ、寝ぼけてる?」
ぎしっとベッドが軋む音がして、ふわりと甘い風が香ってきた。あ、柚葉ちゃんの香りだ――と顔を上げれば、
「起こしてあげよっか」
少し恥ずかしそうに、躊躇いがちに、そんなことを言って、ほんのりと微笑む柚葉ちゃんの顔が目の前にあった。
「起こすって……」
もはや、顔に一発平手打ちを食らわせて欲しいくらいの心持ちだったのだが……そんな痛みとはまるで正反対の、優しく柔らかな感触を感じた。唇に――。
あ、と思ったときには、はむはむと甘噛みするように柚葉ちゃんは何度も俺の唇に自分の唇を重ねてきて、あれよあれよという間に、ねっとりとしたものが口の中に入り込んできていた。熱くザラザラとして弾力があって、およそ純真可憐な柚葉ちゃんのものとは思えぬ生々しい肉感のそれは、俺の舌に器用に絡みついてきて、辺りに淫靡な水音を響かせ始める。
ああ、すげ……。
口の中をとろとろに溶かされるみたいで……脳まで蕩けるようだ。柚葉ちゃんがこんなキスするなんて……四ヶ月前までは想像もつかなかった。ちょっと唇が触れるだけで顔を真っ赤にして、目も合わせられなくなっちゃって。こんな積極的に舌を自分から入れてくることなんて一度も無かった。それどころか、俺が舌を入れようとすると、驚いて身を引いていたくらいで……。だから、いつからか、ディープキスは俺の中で禁じ手となっていた。柚葉ちゃんを怖がらせたくなくて、ずっと封印してきたのだ。それが、まさか柚葉ちゃんからこうして求められる日が来ようとは……。しかも、こんな激しいものを……。
いったい、いつのまに、こんなキスができるようになっていたんだ? ちょっと会わないうちに、びっくりだ――って、いや……ちょっと待て!? 本当にびっくりだぞ!?
そういえば、おかしくね……?
なんで会わなかった四ヶ月の間に、柚葉ちゃん、こんなキスできるようになってんの!?
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