しんちゃん (放浪癖とダウン症と)

山咲銀次郎

第1話 家出

田中真一。


周囲からは”しんちゃん”と呼ばれている。

いわゆるダウン症と診断されている。


彼にもなぜだかわからないが、児童相談所と言われる場所に来ている。


好きな電車にタダで乗り、大阪から広島に着いたのだけれど、広島駅で駅員に捕まった。


「・・おまえ、キセルしよったじゃろうが!」


駅員にどなられた。


まだ13才なので大人と同じような犯罪扱いはされず、とりあえず一時保護だとかということで、広島の児童相談所に来ている。


彼にとって児童相談所は居心地がいい。


本が下手な町の本屋よりたくさんあって、好きな本がたくさん読める。


時間は決まっているが好きなアニメも見られる。


何よりも、家族と一緒にいる必要が無い。


田中真一の家族は母と姉がいる。


田中真一、しんちゃんが家を出た理由は、自分でもよくわからない。


とにかくむしゃくしゃしたからだ。


気づいたら好きな電車に乗っていた。


しんちゃんが好きなものは、TVゲームと電車だった。


特にTVゲームは、おもちゃ屋においてある、当時流行ったカセットビジョンやら、テーブルテニスやら、任天堂のファミコンが出る前の時代のものだ。


家にいたくないので、日がな一日、おもちゃ屋に入り浸っていた。


おもちゃ屋によってはさすがに毎日だと犬を追うように追い払われるので、行くおもちゃ屋は毎日変えていた。


ゲームセンターも好きだったが、いくと必ずタチの悪い子供がいて、


「・・おまえどこのもんや?金もっとるんか?かしてんか?」


とたかられるので、おもちゃ屋のほうが安全だった。


しんちゃんの母親と姉は、働いている様子がない。


しんちゃんにでる児童手当やら、家族への生活保護やらで暮らしている。


それにしてもしんちゃんは小遣いをほとんどもらえない。


家にいても家族はどこに行っているのかわからず、帰ってきても母親は酒臭いこともあった。


家にいたくなかった理由は様々あるが、決定的だったのは、ある日、母親が言った一言だった


「・・わたしゃあんたさえいなければ、まだまだ幸せになれたんや。」


酔っていたときに出た言葉だったが、しんちゃんはその一言が忘れられなかった。


父親は物心ついたときにはいなかったので、母親は女として寂しい気持ちがあったのだろう。


もっとも女のそういう気持ちはしんちゃんにはわからない。


実際の年齢は13だったが、医師の話によると、心の中身は半分の6-7才と言われていた。


ただ、酔っていたとはいえ、母親がそういうことを言ったとき、しんちゃんの心の中で何かが切れた。


「・・ぼくはここにいたらあかんのや。」


16の姉は姉でやさしいときもあったが、そういう母親がいたせいで、家に帰らないことが多かった。


母親といつも口論していた。


「・・あんたなんか母親とは思わんわ!」


いつかそう聞いたこともある。


そんな姉も、時には母親代わりになってくれたが、外でどこかの若い男と車に乗っているのを見かけたことがある。


たぶん、その男の家に入り浸りになっているのだろう。


家にいた頃のいやな思い出をわすれるかのように、しんちゃんは児童相談所の食堂で、お気に入りアニメ”ムテキング”を見ていた。


タイムボカンからのこのアニメはしんちゃんは大好きなのだ。


そのアニメをみながら、


「ここに一生いたい。」


しんちゃんはそう思っていた。


ここにいれば3時にはおやつがでる、ムテキングも見られる、なによりも、しんちゃんの好きなドラえもんやら、コロコロコミックやら、ぜんぶ置いてある。


しんちゃんは食堂の一番TVに近いテーブルで、エンディングテーマ曲が流れ出したムテキングを見ていた。


食堂の向こうには、銀次郎と言われるどっちかというと陰気な子がいる。


話をしたことはない。


誰に話しかけられてもあまり話をしないし、人と目を合わせることなく、何やらいつも自分と同じように本を読んでいる。


本が好きなのはわかったが、あまり気のいい人には見えなかったので、しんちゃんは声をかけなかった。


この施設にはありとあらゆる小学生から高校生までの子供達がいる。


みんな家庭生活や学校で問題があった子供達で、中には不良もいたので、ふつうの学校でも友達となじめる気がしなかったしんちゃんにとって、一癖も二癖もあるここ児童相談所の子供達と仲良くなれるとは思わなかった。


もっとも、仲良くなれずとも、しんちゃんは元々1人が楽しい子だったので、それで苦痛を感じることはなかったが。


ある日、ここ広島まではるばるしんちゃんの母親が来た。


児童相談所の職員を交え、面会室で話が行われたが


「・・・ぼくはここがええ。・・」


と帰るのを拒否した。


母親は必死に


「・・・お願い・・帰ってきてえや・・」


と涙をながさんばかりに懇願したが、しんちゃんとしては、もう母親という気はあまりしなかった。


大阪ではそんな服は着たことがないだろう、おとなしい暗い色のスーツを着て現われた母親だったが、しんちゃんはしんちゃんなりになぜそんなに母親が必死なのか知っていた。


児童福祉の手当だとか、生活保護だとか、母子手当だとか、そういう類いの助成金が減額されるか無くなるか、母親がそれが一番気になるのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る