5

 仙女が墳墓の外に出ると、案の定例の少女は距離を取ろうと試みたらしく、その小さな背中が見えた。先程の余裕は何処へやら、後ろ姿からは焦燥と苛立ちしか感じ取れない。


「何処へ行くつもりだ」


 ざり、と一歩を踏み出しつつ問いかければ、少女はびくりと体を揺らした。そして、ぎこちない仕草で剣を構える。

 なるほどな、と仙女は一人納得した。どうやらこの少女、常人とは異なる肉体を持っていながら剣のみを武器として生きてきたらしい。

 警戒心と敵意を露にする少女に、仙女は肩を竦める。そういえば、道端の猫に構おうとした時もこのような対応をされた。


「警吏に出頭するのなら、そのまま付き添ってやらんこともないが──」

「ふざけないで。あんなおかしな仕掛けを使って……勝負に勝つことしか考えられないんだね。卑怯者」

「ふむ、しかしそれを言うならお前も同じようなものだろう。武器を持たぬ人間を唐突に斬り付けるのは良くない。今回は私だったから良いものの……その剣で、これまで何人の人間を殺した? 巷では、お前は悪鬼あくりょうということになっているぞ」

「わたしに道理を説くつもり? あの人間どもはわたしの眠りを妨げた──だから罰を与えなくては。お前だって、気持ち良く眠っていたところを邪魔されたら怒るでしょう? それと同じ。お前に説教される理由はない」


 小さな肩をいからせて、少女は懸命にこちらを睨み付けてくる。威嚇にしては、凄みや恐ろしさが足りない。むしろ可愛らしいくらいだ。

 はは、と仙女は笑った。次第に声は大きさを増して、最終的にはほぼ高笑いになってしまった。空気を震わすような笑いだった。

 おかしいのは山々だったが、そろそろ我慢してやらねば少女が歯軋りし始めそうだ。仙女は目元の涙を拭いながら、いやお前さ、と震える声で告げる。


「此処、お前の墓ではなかろう」


 少女が瞠目した。

 気付いていないと思っていたのか。ますます笑いが込み上げてくるが、此処は年長者としての威厳を見せなくてはならない。仙女はひとつ咳払いをして、気を取り直した。


「私とて、中華のことを知り尽くしている訳ではない。しかし、少なくともお前よりは知っているはずだ。この墳墓がいつの頃造られて、どういった人間が眠っているか──お前は知っているか?」


 沈黙は否定と受け取る。仙女は僅かに眉を下げて苦笑した。


「何、私も詳しいところまではわからんよ。だが、この辺りには何かと縁があるものでな。その墳墓は恐らく近辺の豪族か、その関係者のものであろうよ。形状からして、漢──確か一度新とかいうのを挟んだ後の方かな? うん、恐らくその辺りだ。もっとやんごとない人間はこのような山中に墓を築かない──この土地に馴染みがあったり、神仙思想にかぶれたりしていたなら、その可能性も考えられようが……私の知る限り、そういった噂はあまり聞かなかったな」

「……御託は良いよ。それで、わたしに何を言いたいの? 時間稼ぎのつもり?」


 どうやらこの少女は長話が好きではないらしい。刺々しい物言いに、仙女は若さを感じて目を細める。

 微笑んでさらに一歩近付けば、少女は姿勢低く剣のきっさきを向けた。これ以上近付いたら斬りかかるという警告だろうか。

 仙女とて、無闇に暴力を行使したい訳ではない。話し合いで解決出来たら、どれだけ良いことか。

 しかし、だからと言って相手の思うままに動くのは本意ではない。目の前にいるのが、喧嘩っ早くて小生意気、浅慮で礼儀知らずの小娘ならば尚更だ。

 立ち止まり、少女を見下ろす。陽とほぼ同じくらいの小柄な彼女は、ふうう、と威嚇するように息を吐き出した。

 あまり怖がらせたくはないが、此処は歳上として威厳を見せなければ。いつでも甘い姐姐お姉ちゃんでは、近いうちに侮られて痛い目を見る。


「他人の墓の寝心地は如何様どうだった? 


 少女の目が、極限まで見開かれる。

 腹部を狙って突き出された彼女の剣を、仙女はひらりとかわした。多少の切り傷ならどうということはないが、せっかく気に入って着ている服を駄目にされるのは避けたい。それに、いくら回復の早い体であろうと痛いものは痛いのだ。

 少女は突きを放った勢いのまま前方に突進したが、仙女は既に横へ避けている。減速した少女はすぐに体勢を整えて、未だ乱れの残る呼吸に声を乗せた。


「この年増──さっきの、何とかって暗器に何か仕込んだね? 君みたいな人は、今流行ってる科学を毛嫌いしてるかと思っていたけど……」

「いきなり無作法になったな、お前。今はいないから良いが、天子殿の御前ではそういった口調は慎むことだ。私は然程気にしていないが……そうさな、せめて姐姐と呼んでくれないか。年増と言われるのはちょっと……」

「黙って!」


 甲高い怒声が仙女の耳朶じだを打つ。ぶん、と振るわれた剣の先は彼女の髪の毛を数本空に舞わせた。

 結んできた方が良かったかと思ったが、今となっては後の祭り。怪我をした訳ではないから、髪の数本くらいは我慢しよう。

 どうやらこの少女は、自身の正体を見破られたことに酷く動揺しているらしい。先程よりも息は荒々しく、目も充血し血走っている。剣筋も心なしか乱雑になっているような気がしてならない。

 恐らく、彼女も並の人間では不可能な年数を生きているのだろう。その小さな体からは考えられぬ切れ味の剣撃は、仙女としても見くびってはならぬ代物だと思う。

 だが、少女は幼い。あまりにも幼げで、とてつもなく危うい。不安定なのだ──心身共に、仙人特有の達観した風が見受けられない。


(可哀想な子だ)


 つ、と仙女は目を伏せる。あくまでも憶測に過ぎないが、仙女とて伊達に人生を送ってはいない。同類など、それこそ掃いて捨てる程見てきた。

 黒髪を閃かせ、細い踵で軽やかに地を踏む。辰砂しんしゃを思わせる色合いの瞳に、物憂げな影が落ちる。

 横凪ぎに払われた斬撃をふわりと避けてから、仙女は一歩、二歩と踏み込んだ。


「お前は大きな勘違いをしているよ」


 教えてやろう、と少女の耳元で囁く。

 急に接近した仙女に、少女は少なからず驚いたようだった。しかし、彼女とて仮にも武器を持ち戦う者、驚愕したのは一瞬のことで、すぐに剣を構え直して仙女の胸に突き刺さんと動いた。


「平伏せよ」


 それは、有無を言わせぬ重さを伴った一言だった。

 耳をつんざかんばかりの轟音の後、ずがん、と地が割れる。済んでのところで少女は仙女から距離を取ったが、もしもその場から動かずにいたなら彼女の体は木っ端微塵に吹き飛んでいたことだろう。

 上空から墜ちた真白き光──一筋の落雷に、少女は息を飲む。


「こ、れは──雷……? 嘘、さっきまで、そんな──」

「うん、雨雲の仕業ではないな。それは私が自前で落としたものだ」


 は、と少女は息の塊を漏らした。彼女の腰は引けているが、どうにか踏ん張ってその場に立ち続けているように見えた。

 現在の空は多少の雲も見られるが基本的には青い。少々雲がかった晴れ、と見るのが良さそうだ。雨雲など、何処にも見当たらない。


「たしかに、私は現代の技術に甘えて過ごしている。他の仙人の中にはそういった科学技術を毛嫌いする奴もいるが──私は便利なものなら使うことに躊躇しない性質でな。この間、最新機種のスマートフォンとやらを購入したばかりだ。今もフリック入力が上手くいかなくて四苦八苦している」


 落雷によって生じた地割れに苦笑しつつ、仙女は続ける。


「だが、生憎私はものを発明するのが不得手な人間だ。色々と便利なものを造る人々からしたら、絶対にいてほしくない類いの者──気恥ずかしいことだが、壊すことばかり上手くいく性分なのだ。小さな暗器に電子部品を取り付けるなど、出来るはずがない。全部駄目にするのがオチだ、悲しいことであるな」

「それなら、あれは──!」

「うん、先程お前に刺したのはただの峨嵋刺だ。改造とは言ったが、内部に仕掛けたのではない──表面に纏わせた、と言うのが適切かな」


 言いつつ、仙女はおもむろに革手袋を外す。白い手首、手の甲と続き、ほっそりとした指先までが露になる。

 ばちん、と仙女の尖った指先で電流が弾ける。ひゅ、と少女が息を飲み込む音が聞こえた。


「若者には馴染みの薄いものやもしれんが、少なくとも私がお前と同じくらいの頃には五行思想なるものが浸透していたものでな。超常的な神仙の力にも、五行の属性が当てはめられた──私の場合は木、であるな。いわく、風雷を司るという。私の場合、己がチーに乗せて五行の元素をそのまま顕現させただけに過ぎない」

「そんな……そんなの、天災のようなものじゃないか。何故、君のような化け物が、人なぞに」

「慣れてはいるが気に食わないので、以後化け物呼ばわりはやめよ。私は他人ひとより少し長生きで不思議な力が使えるだけの、ただの人ぞ。見かけは常人と違えども、心の形はごくごく普通だと、そう思っているよ」


 嘘だ、と少女が呟く。

 無理もないことだ、と仙女は彼女の言葉を受容した。どれだけ仙女が己は人ぞと主張すれども、見かけばかりはどうにもならない。

 手袋の下にあった仙女の五本の指は、柔らかな肉と白い骨、薄い爪から成り立つ暖かいものではない。指と同等の太さと長さを持った、すずを思わせる、冷たい白銀の鉱物が根元から生じている。

 恐ろしかろうな、と仙女は平然とした顔で言った。


「長生きしていると、色々あるものでな。まだ己の体質を上手く理解出来ておらぬ頃、とあるごたごたに巻き込まれて切り取られてしまった。表面の傷はそれなりに治せたが、あの頃は骨肉まで修復すること能わず、無理に五行で継ぎはぎした故にこうなってしまった」

「は──君、不老不死なんじゃないの?」

「当時はまだ不安定だったのだ。お前のように、いきなりなったのではない。私も、出来ることなら心臓だけ別に取り出して好きなだけ眠りたかったが──うん、今言っても詮なきことだな。忘れよ」


 それよりも問題はお前だ、と仙女は白銀の指を突き出した。


「お前には心臓がない。──いや、もともとあったのであろうが、別々にしても問題のない体となったのであろう。中華には色んな仙人がいる、お前と似たような例なら聞いたことがあるよ。心臓さえ無事ならば、勝手に体は修復される──ううん、これって便利なのか不便なのかよくわからんな。もっとましな薬効の仙薬とか作れないのかな?」

「…………」

「そう睨むな、お前が生きているのはせいぜい百、二百年くらいであろうよ。いや、長生きなことに変わりはないがな。身の内に宿る五行の使い方も知らず、剣のみで身を守ってきたとなれば、お前には仙道を教えてくれる師もいなかったのだろう。お前はただ、仙人によって作られた仙薬を飲んでしまっただけだから」

「おまえに──!」


 何がわかるんだッ、と少女は叫んだ。身を切るような叫びだった。

 少なくとも、彼女は初め被害者だったのだろう。だからこそ、仙女の目には痛々しく見えた。

 仙人にも色々な種類があることは、仙女もよく理解している。ほとんど先天的に神通力を有していた仙女とは異なり、目の前の少女はもともと大衆と変わらぬ定命の人間だったに違いない。しかし、彼女は望まぬ形で不死を手に入れてしまった──他の仙人が作った仙薬を飲んでしまったが故に。

 よくあることである。仙人の作った仙薬は、人から老死を奪い取る。仙人の素質がある者ならば、白日昇天することも出来ようが──そうでない者は、他の生者と同様に地上をさ迷わなければならない。とんだ手違いでも起こらなければ、未来永劫、永遠に。


「何もわからぬよ、私には」


 お前のことなど何もわからぬ、と仙女はかぶりを振った。

 少女のことなど、わかるはずもない。仙女は少女ではないし、他者の心を読むことも出来ない。ただ体質が似ているだけの、赤の他人だ。


「だが、お前は罪を犯した。お前は自らの安眠のために、他者の墓へ押し入り、そして何の関係もない人間たちを殺した。お前は罪人だ。どれだけ悲痛な理由があろうとも、お前は裁かれねばならぬ」


 続く仙女の言葉は淡々として、一切の感情がこもっていないように聞こえた。刑の執行を伝える刑吏のように思われても仕方がないと、仙女自身が自覚していた。

 ゆらり、と少女の頭がおもむろに上がる。その目には敵意がありありと浮かび、全てを拒絶する棘を伴ってこちらを見ていた。


「は──はは。裁く? わたしを、おまえが? 随分と偉いんだね。何、天子様にでもなったつもり?」

「まさか。私はただの一人民。お前を裁くのは法だ、心臓なしの娘。この国には法律がある。まあ、必ずしも良いことばかりとは限らないが──少なくとも、多くの人々が秩序と安寧を保つため起草したものということに違いはない。お前も中華に生きるのならば、民の作った摂理に最低限従わなくては。特に刑罰は避けて通れるものではなし。反省する気があるなら、警吏のもとまで送り届けてやるが、どうする?」

「……御免だね、ブタ箱行きだなんて。わたしは被害者だ、おまえだってそう言った。願ってもいない人生を与えられて、それでも他の弱い人間に迎合して生きていかなくちゃならないの? そんなの不公平だよ。わたしはおまえの言いなりになんかならない」

「そうか、残念だ。ならば私も、少々力任せに出なければならない」

「残念も何もないよ──邪魔するなら、消えて」


 少女が踏み込む。先程仙女の気による攻撃を食らったからか、距離感は若干遠くなった気がする。だが、剣の間合いには十分──多少離れていたところで、斬り込みに多大な支障が出る程ではない。

 降りかかってきた刃を、仙女は指先で受け止めた。力のかかり具合によっては砕かれてしまいそうな細さの指──の代理品──だが、仙女とて自身の肉体を柔にしておく理由はない。金属質な音が弾けた後、二人は一旦距離を取った。


(恐らく、あれは五行やそれに伴った気の使い方を知らない。故に私が気を用いることを懸念しているのだろう。先程のように雷を落とされるとでも思っているのだろうか)


 再度斬り込みをかけてくる少女を注視しつつ、仙女は思案する。

 仙女とて、そう何度も気を自然現象に変換して打ち出せる訳ではない。気の乱用は自滅に繋がる。

 それに、無闇に大技を繰り出して少女の体を破壊するのは仙女の本意ではない。あくまでも目的は少女の確保。その後の処罰は司法に任せたいところだ。

 そのためには、少女の動きを止める他に、その視線を仙女に引き付けておく必要がある。後者はほぼほぼ達成したようなものだが──果たして上手くいくものだろうか。


(焦ってはならぬ。私は死なない。何を案じることがあろうか。この娘の攻撃をいなす程度、どうということはない)


 だが、持久戦に持ち込みたいかと問われればその答えは否だ。仙女が疲れるということもあるし、何よりこの地域の自然を壊したくはない。仙女の持つ力とは、どれだけ微細な加減を施そうとも大体は大掛かりになってしまうもの。昨今はとりわけ自然保護が提唱されているから、出来ることなら中華の自然の破壊者にはなりたくない。

 斬撃、その後に蹴り。紙一重のところでそれらをかわし、時には指先で受け止める。少女の攻勢は止むことなく、仙女はその度にひらりと軽やかに身を翻した。


「私を殺すつもりか?」


 剣戟の間を縫い、仙女は至って穏やかに問いかける。少女は僅かに眉根を寄せた。


「当然でしょう。そうでもしないと、おまえはわたしの邪魔をするじゃないか。わたしの平穏な時間を奪ったんだから、報いを受けるのは当たり前のことだよ」

「そうか、そうか。しかし、私は死ねない体だぞ? どうやって殺すのだ?」

「死ねないなら、動かなくなるまで切り刻むだけだよ。わたしの邪魔をしなくなるなら何でも良い」


 むしろ都合が良いよ、と剣を振るいながら少女は唇をつり上げた。


「おまえ、死ねなくても痛みは感じるんでしょう? さっき腹を蹴った時に気付いちゃった。おまえが痛がっても、わたしは斬るのをやめないよ。どのくらいで発狂するか、楽しみにしてる」

「随分得意気だな。たしかに、死ねない体というのは厄介だ。死という逃げ道が存在しないも同然ゆえな。だが、それと同時に恐れるものもひとつ減る。──お前とは違ってな」

「……? どういう──」


 こと、と続こうとしたのだろう。少女の瞳は僅かな疑問を映し──その後に、大きく揺れた。

 その一瞬の油断を見逃す仙女ではない。ぐん、と踏み込み、一気に距離を詰める。そのまま少女の腕を下から手刀で打ち、まずは剣を弾き飛ばす。あ、と漏れた少女の吐息を小耳に挟みつつ、肩と肘を押し込むようにぶつけた。肉の内側で何やら硬いものが砕ける感触があったから、何処かしらの骨に損傷が入ったと見て間違いはなかろう。

 口の端から細く血を流し地面に這いつくばる少女の顎を、後ろから回り込んだ仙女は片手で掴んで上げさせた。まだ柔らかさを保った、幼げな肌だった。


「これがあなたの心臓ですね」


 声を発したのは、仙女でも少女でもなく──今しがた墳墓より出てきた陽である。

 彼女の足下には古びた壺があった。長い年月をかけて使用されたのか、表面は変色している。しかし、壺としての形はしっかりと保っており、ひび割れや欠損は見られなかった。

 何も答えない少女を見下ろしながら、陽は相変わらず抑揚のない声で続ける。


「凰姐姐の見立て通り、あなたは心臓さえ破壊されなければいつまでも生き永らえる人間なのでしょう。どういった原理かは存じ上げませんが……不思議な体質であることに変わりはありません。制限付きの不老不死とは、ややこしいこともあるものですね」


 ですが今回は役に立ちました、と陽は淡白な口振りで言った。


「心臓なしのなにがしさん。この壺の中には爆竹が入っています。あなたと凰姐姐が争っている間、こっそり仕込ませていただきました。今此処で点火した燐寸マッチを落とせば、あなたの心臓は爆発します。それが嫌なら警察に出頭してください」

「おまえ──足音の割に人が少ないとは思ってたけど、まさか隠れていたなんて。それでわたしの心臓を人質にするとか、何考えてるの?」

「あなただって他人の墓に押し入って寝ていたじゃないですか。私が棺に隠れていたって、驚くことではないでしょう。尤も、私はお墓の隅に転がされていた本来の持ち主のお骨を棺に戻してから出ましたから、あなたよりは文句を言われないで済むと思いますが」


 出てくるまでに時間がかかったのは、元の持ち主の人骨を丁寧に戻していたが故のようだ。妙に律儀な娘だと仙女は思う。

 独りで感心している仙女とは異なり、少女は敵愾心を隠そうともせずに陽を睨み付けた。彼女は自分が不利になればなる程不機嫌になる。


「……それでわたしを脅しているつもり? 第一、その壺にわたしの心臓が入っている証拠はあるの? 墓中の暗がりじゃ、よく見えないんじゃないの?」

「いえ、この中身は心臓です。普通に生臭いですし、懐中電灯で照らしてみたところ以前に見た人の心臓とほぼ変わりありませんでした。それに、壺の中から鼓動が聞こえるのですから、生きた心臓があると見て間違いはないでしょう」


 ぐ、と少女は言葉に詰まった。その耳元で、仙女は穏やかに語りかける。


「死が恐ろしいのなら、我等に従うが良かろうよ。死にたければあの心臓を破壊させれば良いだけだ」

「わたしは……生きていたって、意味がない。殺すなら殺せば?」

「あれほど意固地に抵抗しておいて、今更何を言うか。まったく手のかかる娘だ。仕方がない、私自らお前を連行しよう。言っておくが、警吏に顔の利く仙人がいるのでな。下手な言い訳が通用すると思うな。──小陽、私の鞄に麻縄が入っているから、それを投げて渡してくれないか。こいつを縛る」

「わかりました」


 ちょっと、とかやめてよ、とか少女は言ったが、仙女は躊躇わなかった。陽から投げ渡された縄を掴むと、慣れた手付きで少女を縛り上げていく。初めは少女も抵抗していたが、手負いの状態では暴れるに暴れられず、最終的には縛られて動けなくなっていた。


「凰姐姐、捕物とか得意だったりします?」


 心臓の壺を抱えた陽がとことこと近付いてくる。壺には蓋がされているので、生きた心臓の気配は今のところ感じられない。

 よいせと少女を小脇に抱えた仙女は、何度か瞬きをする。その後に、からりとした口調で言った。


「得手と言える程ではないが、長生きしていると色々あるゆえな。人を殺さず拘束するには、これが最も効果的なのだ。緊縛趣味はないぞ」

「だろうね。だって下手くそだもん。手首とか擦れて痛いんだけど」

「一回心臓を木っ端微塵にされなければならぬようだな、お前は。その減らず口はお前が死ぬまで治らぬだろうよ」


 べ、とこの期に及んで生意気に舌を出す少女に、仙女は嘆息をこぼす。横に並んだ陽が少女の頭にぽかりと拳骨をお見舞いしたのは、仙女の与り知らぬところであった。

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