1

 この世には、年月を経ても老いることなく、人の寿命を超えて生き続ける者がいるという。

 他の地域でどのように呼ぶのかはわからないが、中華ではそういった者、超自然的な力を有した人──に近い姿をした存在を、仙人だの仙女だのと呼んでいる。

 ならば自分もそうなのだろう──そう、仙女は認識している。

 その仙女はこの世に生まれ落ちてから、二千年以上を生きている。ついこの間まで世界が終わるだの何だのと騒がれていた気もするが、幸か不幸か今のところ全ての人類が脅かされるような事態には陥っていない。地域によっては、深刻な問題を抱えているのかもしれないけれど。しかし少なくとも仙女の周りに危機はないように思えた。

 戦乱の時代もあったが、今は幸運なことに平穏を享受出来ている。そのことに感謝しつつ、仙女はベッドから身を起こした。

 今日は外出の予定が入っている。自分と同じような境遇の者から紹介された話で、とある大学の同好会サークルが発掘調査を行うため其処で採掘したものの写真を撮影せよとのこと。依頼人はほぼ不老不死の癖に最近足腰がきついと言っており、不死者の中でも若々しく体の不調がない仙女に頼んだのだった。高額の報酬がなければ断っていたかもしれない。


(そういえば──同好会の学生以外にも、付き添いがいるのだったか)


 洗面所で歯を磨きながら、仙女はぼんやり考えた。

 依頼人の話によれば、今回の発掘調査には大学の人間の他に同行者がつくという。いわく、その者の送迎も任せたいのだそうだ。目的地までは、その同行者も含めた二人で行けと依頼人は言っていた。

 外部の人間──というと、専門家か何かだろうか。仙女には見当がつかなかったが、特に差し支えはないため請け負うことにした。相当嫌な相手であれば一人でお帰りいただくだけだ。行きくらいは我慢出来る。

 顔も洗い、長い髪の毛をかす。一時期は短くしていたこともあったが、何となく落ち着かず長く伸ばした状態を維持している。今も染めていない真っ黒な髪の毛が腰に流れていた。

 いつも跳ねる毛を直そうと試みたが、埒が空かないのでそのままにしておく。こいつは二千年以上もの間、仙女の頭頂部で跳ね続けている。なかなかの大物である。ただの毛だが。

 顔も洗って綺麗にしたところで、仙女は手早く着替えと化粧を済ませる。上から下まで真っ黒なコーディネートはいつものことだ。特に彼女はレザーを気に入っている。

 仙女の外見は二十歳前後の若々しいものであるため、化粧をするのは少しでも大人らしく見せるためだ。彼女にもそれなりの矜持はある。出来る限り威厳を持たせたいというのが本音だった。小娘扱いはさすがに苛立つ。

 支度を整えたところで、下に停めてあるハーレーの鍵と荷物を持って仙女は部屋を出た。然程高くなく、それでいて激安と言える訳でもないマンション。都市部から少し離れた郊外に立地しているため、喧騒に悩まされることは少ない。仙女にとっては、落ち着いた良い土地である。


(待ち合わせ場所は驪山温泉か──たしか人には華清池とか呼ばれていたな。西安観光でもしたんだろうか)


 同じ西安市とはいえ、仙女の住んでいる地域は観光地から離れている。彼女にとって西安という地は居を構えるだけあって穏やかかつ住みやすければそれで良し、という認識だ。人の多い観光地には滅多に行かない。

 しかし、たまには名所に行くのも悪くないかもしれない。温泉というからには疲労回復にも役立ちそうだ。帰りに寄ってみるのもありだろう。

 帰りのことを考えるにはまだ早すぎる気もしたが、楽しみは後にとっておくものだ。沈んだ気分で向かうよりはずっと良い気がする。

 見かけ通り、瑞々しさを感じさせる軽やかな足取りで、仙女はハーレーへと近付く。つい最近購入した相棒を、今日も頼むぞ、という気持ちを込めて一撫でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る