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「はい、はい、……えっ、悪いですよ、そんな、空港までお迎えというのは──いえ、ありがたいことです。しかし、そちらの都合もあるのでは──あっ、ええと、申し訳ございません、私ってば気が利かず……はい、では、そのように。楽しみにしています。失礼します」


 空港の壁際に寄った調査員の少女は、始終酷く恐縮した様子で電話に応じていた。通話停止ボタンを押した後、わかりやすく安堵の表情を浮かべたのは無理もないことだ。

 彼女の依頼人は優しい。調査員の好きなものを用意し、嫌な顔ひとつせずに会えることを喜んでくれる。

 ただ、こちらの事情など考慮することは一切なく、もう決まりきったことだから構わないだろう、と念押ししてくる。調査員の予定がフリーであることを見越しての誘いだから殊更に居心地が悪いというか、少女としては何とも言えない緊張感を覚える。それは怪異特有の威圧感もあってのことだ。実物を前にすれば、音声のみの比ではないのだろう。少女はとりわけ小柄だから、高い位置から見下ろされるだけで心臓が引き締まる思いをする。

 とは言え、意図的に危害を加えられる訳ではないので怯えてばかりの対面にはならないだろう。今回の成果に対して先程労いをもらったし、機嫌は悪くない──むしろ上機嫌のはずだ。

 依頼人からの返答から鑑みるに、恐らく近日中にアルマトへ役人が派遣されるだろう。タラスの身柄も、彼らによって確保されると見て良さそうだ。あれから一度も顔を見せなかったタラスが、アルマトに居続けていると確定した訳ではないが──まあ、彼の逃走劇が長引くとも思えない。逃げたとしてもすぐに見付かると調査員は踏んでいる。こういった仕事をしていると、色々な勘が鍛えられるものだ。


「お疲れかい?」


 一息つこうとした──が、突如かけられた問いに少女は身を強張らせる。

 ああ、こいつはいつもそうだ。自分の気が緩みかけている時に現れては、あの不愉快なにやにや笑いで話しかけてくる。

 調査員は射殺さんばかりの眼差しを向けた。その先には、やはり愉しそうにしている『彼』がいる。


「いやあ、今回も良かったぞ。悪を裁くは英雄の特権だな。見ごたえがあった。大衆から嫌悪され、少ない仲間と共に奮闘するというのはまさに王道だな」

「…………」

「しかし、工具で攻撃というのは感心しないなあ。もっと良い方法があっただろうに……あれでは絵面が良くない、まるで通り魔か犯罪者じゃあないか。お前には英雄としての才があるのだから、もう少し外側にも気を遣った方が良いと思うがね」

「……娯楽扱いはやめてくれる? 仕事に見栄えも何もないよ」


 丁寧な口調から一変して、少女は物言いを砕けさせた。しかし其処に親しみはなく、冷ややかな敵意だけが満ちている。

 しかし、相手──先程ルスラーンとも会話していた少年だ──は、愉しげに笑うだけだった。それが一層少女の苛立ちを募らせる。


「仕事、仕事か、いやあお前は本当に真面目だなあ。しかし、儂はあくまでも観客のようなものなんだよ。お前が英雄のように生きて英雄のように死ぬのが見たいだけの、いち愛好者ファンなのさ。そりゃあ見栄えは気にするよ。地味よりは派手な方が良い、何事もな」

「何度も言っているけれど、私はただの人間だよ。英雄なんてまっぴら御免だ。それはお前の先入観でしかない、自分勝手な想像に過ぎないよ。不快だから本当にやめて欲しいんだけど」

「またつれないことを言う。お前にとっても、喜ばしいことだと思うんだがねえ」

「そんな訳ないでしょう、ふざけるのは存在だけにして。これからフライトなの、分身ならさっさと消えてよ。見ているだけで吐き気がするんだよね。せっかく食べた美味しいものを戻すなんて、もったいないにも程がある」


 しっしと追い払うように手を振れば、少年は肩を竦めて人波の中に消えていった。長いお下げが、尻尾のように揺れた。

 少女は深く溜め息を吐く。まったく、最悪な時間であった。

 あの少年は決して捨て置けない存在だ。調査員にとっては災厄とも言うべき因縁を持ち、それゆえに彼女は少年を嫌悪している。出来ることなら、存在ごと消えて欲しいものだが──自分が動かなければ、あれが消えることはないだろう。それだけの曲者なのだ。


「いつか必ず消してやる。グリモワールの悪魔め」


 憎々しげに吐き捨てた彼女は、キャリーケースを引いて搭乗口へと向かった。

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