日曜日 その十

体に力が入らないためか、僕と運転士の距離はだんだ縮まった。これままだと捕まえるのは時間の問題だと思った僕は、戦うことにした。近くに転がっている太い枝を握って、運転士に立ち向かった。


這い寄ってくる運転しの顔はもう人の顔と呼べるレベルではなかった。髪にさされ、雑草に切られて、血まみれだ。


僕と運転士の間合いが十分縮めたどころ、僕は枝の棒を振りかざし、運転士の顔を目掛けに強く振り落した。運転士は避けることもしなく、顔面で棒を受けながらも、僕に進んできた。


僕は何度も続けて打ち続けたが、なんの効果もなかった。そもそも、痛みを感じる痛覚をなくしたようだ。全身がおたまじゃくしに支配されたから。


パキッ!


あんまり打ち続けたので、枝の棒が折れた。この隙を狙った運転士は僕の足首を強くつかんで、自分の方に引いた。僕は倒れてしりもちをついてしまった。


運転士はそのまま僕の体の上に這い上がった。運転士の体重が僕を抑えて動きがうまくとれない。必死にあがいて逃げようとしたけど、無理だった。力がうまく使えない。


口を開けた運転士は血まみれの歯を見せ、僕に嚙みつこうとした。僕は何とかして首を曲げて避けた。すると、運転士は僕の肩を噛んでしまった。


ぐぁぁぁ!


僕はあまりの痛みに悲鳴を上げてしまった。


どうにか手で運転士を押し返そうとしたが、やはり無理だ。このまま運転士に噛まれて、食われて、しぬのかなと思っていたら、急に僕の目の前に黒い霧が流れてきて、僕の上にのしかかっている運転士を包んだ。しばらくして、黒い霧が消えた。運転士もいなくなった。


変わりに現れたのは桃色だ。


「サクラ……」


僕は残りわずかな力で、桃色の名前を呼んだ。浮き上がろうとしたが、体がいうことを聞かない。


「フモト。私が助けに来たから、もう大丈夫だよ。悪い人は私が全部やっつけてあげるから。この辺りはもうないみたいだから、はやくこんな所から帰りましょう」


「しかし、葉月、がまだ……」


僕が葉月の名前を口にしたのを聞いた桃色の顔は凶悪の相を呈している。まただ。僕の知らない桃色の顔がまた現れた。


「こんな姿になっても、あの月女の事が心配なの?そもそも、あの月女のせいでフモトはこんな目に遭ったんだよ。なぜわからないの?もし、最初からあの月女がこの町に来なかったらこんなことにはならなかったの。あの月女が来なかったらよかったのに!」


自分の憤慨をまくし立ててから、桃色は落ちついた口調で、優しく僕に問いかけた。


「フモト、私の事を好きになれないの?」

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