日曜日 その九

北山の奥に登って、木陰の下で休むことにした。


山の空気は涼しくて気持ちいい。時折に聞こえてくる鳥のさえずり声も、綺麗な音色として耳を刺激した。


まだ追手がいないのが少しの慰めだ。


「サクラはくるのかな?」


僕は独り言を言うように聞いた。


「来る」


しかし、葉月が言ったくるは僕の問いに対しての答えではなかった。違う黒魂が僕らに向かって近づいてきたからだ。それも一匹ではない。


僕らの前に現れたのは桃色ではなく、運転士たちだった。ざっとみたところ、十名ぐらいはある。全部、帽子をフカフカと被ったので顔までは見れない。


「まさか!」


いやな記憶がよみがえてきた。あの運転士の仲間なのでは?


「おたまじゃくしに支配されたのは、あの女だちだけではなかった」


葉月が言った。


「この運転士たちは全部支配されたの?でも誰に?主の運転士は死んだんじゃない?」


「本体が消えても分身たちは動く黒魂。指示を与えなくても黒魂の本能のまま動く。つまり、私を食べるという本能が働いているってこと。下がって」


葉月の声が終わると同時に運転士たちは一斉に攻撃してきた。本能のままに動いているだけあって、動きは鈍いけど、力強かった。


葉月の髪に刺されながらも運転士たちは怯む事なく、突進した。


僕は葉月の足枷にならないように、近くの木陰に身を隠した。両足からはもう葉月がくれた髪の力が感じ取れない。力になれることはないから、せめて戦いの邪魔にはならないように気をつけないと。


葉月の傷もまだ全部治っていないみたいだ。飛んでいく髪の威力は落ちているし、長さも槍から匕首の大きさになった。葉月は後ろに下がりながらも守備と攻撃を休まなった。だんだんせめていく運転士を撃退する方法を考えているのだろう。


葉月は髪の攻撃を胴体ではなく足に集中した。脚が壊れれば動けなくなるから。脳内になるはずのおたまじゃくしをつぶせば手っ取り早いけど、おたまじゃくしどうやら体内で繁殖する。脳を支配して体を動かすのではなく、体の各器官に移動して動かすらしい。僕の体もおたまじゃくしでいっぱいになったから離しようがない。無理やり剥がそうとしたら、肉も一緒に剝ぎ取られる。


とにかく、葉月の攻撃は功を奏した。運転士たちの足はもう歩く機能をなくした。それでも頑強にも腕で這い寄ろうとする。おたまじゃくし、いや、黒魂が葉月を食べたいあの執念深さにぞっとした。


脚で足ることには比べないけど、両腕て這う運転士たちの動きも素早かった。まるで、虫のようだ。でも、足を失った運転士たちの脅威は落ちた。葉月の攻撃には少しの余裕も見えたような気がした。


これでは勝負がすぐつくだろうと思ったその矢先、運転士の群れの一番後ろで這う一人が急に体を回し、僕に向かって這い寄ってくるのが見えた。


葉月も油断していたので、投げた髪の匕首はうまく当たらなかった。その隙を狙った運転士たちは一斉に葉月に飛びついた。何人もの運転士は葉月の体にくっ付いて足、腕、首、胴体を抱いて離そうとしない。


僕はどうにか前の運転士をまいて葉月に近づこうとしたが、こんな僕の考えを葉月は読んだ。


「私にかまわず、逃げて!」


葉月が言ったからにはきっと勝算があるからに違いない。僕が戦いに介入して得になったことはなにもない。それに、今の僕はただの人だ。黒魂と戦く力などない。葉月の見える場所にいたら、きっと気が散って、戦いに集中できない。


僕は重い体を無理やり動かして逃げ始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る