日曜日 その四

葉月は動かず僕が近づくのを待ってるだけだった。


(早く逃げて!)と叫びだかったけど、声が出ない。なぜ葉月が逃げないのだろう。


葉月との間合いが十分つめたところで、僕の拳は彼女の顔に向かって飛んで行った。葉月は簡単に僕の攻撃をかわした。


僕は葉月に反撃をする時間を与えず攻撃をしつづけた。葉月に反撃の時間を与えなかったというのは僕の思い込みかもしれない。やすやすと僕の攻撃をかわす彼女を見ていると、本気じゃないのが段々わかってきた。葉月は反撃をしていないだけだ。


「兄ちゃんよ!あんな攻撃じゃやられちまうぜぇ~。もうそろそろ本気で行こうか?」


後ろから運転手の声が聞こえてきた。彼の声に反応したかのように、頭の中で何かが暴れまくるいやな感じがした。おたまじゃくしだ。こんなに頭の中で暴れて、僕はこの後、生きられるかどうかが気になった。脳みそがもうぐちゃぐちゃに混ぜているに違いない。


それより、おたまじゃくしが暴れ終わったと思うと、僕の全身が妙な熱さで充満した。動きもみるみるうちに激しく、早くなった。


僕の攻撃は葉月に当たったことはなかったが、おたまじゃくしがあんれほど暴れた後、葉月の体をかすれるようになった。それも時間が経つにつれ、葉月の体に当たることもできた。


葉月の顔、腹、脇、腿。全部、僕の拳と足の攻撃範囲であった。葉月も両手で防いだけど、僕の拳の攻撃を防いだら足の攻撃を食らう。足の攻撃を防いだら、拳の攻撃を食らう。


(どうしよう、このまま反撃をしないと本当に葉月を殴り殺しかねない。それに、僕を攻撃する気が全然ないみたいだし)


「そうそう、その感じ!兄ちゃんもやるんじゃん。おれのおたまじゃくしのおかげだけどね」


運転手はいつまでも高みの見物という態度をとっている。


(僕を攻撃してもいい、髪で僕の四肢を貫き、地面に釘付けにしてもいい、このまま葉月を攻撃し続けるのはもういいやだ!)


心の中で何回も何回も叫んだ。葉月に聞こえてほしかった。


すると、葉月は後ろに飛びすさり僕に髪を投げた。


今まで、黒魂に投げる髪はさんざん見させてもらったけど、自分に向かってくる髪をみるのは、また違う風景だった。


僕の考えを読み取ったのか、髪は正確に僕の突き付ける右拳を貫いた。


細長い髪は、拳を通して肩を貫通した。


髪の攻撃に少しよろめいたのだが、僕の体はすぐ体勢を整えて葉月に向かった。


真っすぐな髪に貫かれた手は使えないと思ったのだが、僕の考えは甘かった。なぜなら、僕の体はもう僕のものではなく、おたまじゃくしに操られるただの人形だから。


パキッと何かが折れる音とともに、肘の肉を裂けて折れた髪が露わになった。


激しい痛みが僕を襲ったけど、それも快感に変わって異様な気持ちを与えてくれた。


僕は完全に壊れてしまった。


血が滴る腕もかまわず、拳は獲物を見つけたハイエナのように葉月を求めた。


葉月は僕に殴られながら髪を宙に投げた。


脳にあるおたまじゃくしは僕に攻撃をするように命令することしかできないらしい。


宙で細長くなった髪は垂直に僕の両手と両足に突き刺さって、僕の動きを止めた。それでも、体は動こうともがいている。


「ごめん」


葉月の声が聞こえた。


僕が足手惑いになったので、謝らなくてはいけないのは僕の方なのに。僕さえいなければ、こんなおたまじゃくしと運転士はすぐ片付けたはずなのに。


このまま葉月にやられて倒れたいけど、体が勝手に動く。動くな!動くな!といくら心に叫んでも体の主導権を取り戻すことはできなかった。


「これは驚いたな~。こいつに気に入ったと思ったので、攻撃できないと判断したんだけど。そうでもないみたいねぇ。あんたが大事にしないと知った以上、彼がどうなってもいいってことだね?」


運転士の言葉に反応したか、おたまじゃくしが頭の中で走り回るような感覚が伝わってきた。力も波のように全身を打った。


両手、両足を思いっきり後ろに引いた。髪はびくっともしなかった。僕だけがもぎとられたような恰好になった。


血まみれた肉片が髪にぐっついているのが見えた。両手と両足が縦に半分に裂いた。


海風に含まれている塩のにおいが傷口を刺激し、痛みを増してくれた。


おたまじゃくしはボロボロになった僕の体を無理に動かしている。痛みと快感で気が遠くなりそうになった。目の焦点もずれていて、このままだと、本当になんの意識もないただも操り人形になる。でも、悪くないかもしれない。葉月を攻撃する様子を見なくて済むから。


最初はどうかして、おたまじゃくしに抵抗しようとしたけど、さっさと気を失ったほうがよかったかもしれない。攻撃するたびに、罪悪感が増えていく。


気を持つのがもう限界と思った時、葉月はまた髪を投げるが見えた。


僕は髪に射られる準備をした。


髪は僕の頭上から全身を垂直に貫いた。


四肢は動けるのだが、胴体が髪に制限され、パタパタともがくだけだった。


葉月はまた髪を投げた。今度の髪は鍼灸のように僕の頭に刺さった。


頭の中にあるおたまじゃくしの動きが鈍くなっていく気がした。


「ほう~、こんな使い方もあるんだ。すごいね」


いつのまに、運転手が僕の傍まだ来た。


「どうにかして、こいつを助けようとしてるけど、あんたが苦しむ顔がみたいから、こいつには死んでもらう」


運転手は僕の頭をなでようとしているか、手を伸ばしてきた。

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