日曜日 その一

海岸通りだからなのか、タクシーが見当たらない。近にあるバス停も地下鉄もまだ動いていない。


どうしようかと迷っていると、葉月が話し出した。


「あのタクシー運転手を呼んで」


あの感じ悪い運転手を呼ぶ、だなんて、僕個人的にしては呼びたくない。でも、家に帰る交通手段は今のどころほかにないんだし、僕が走って家まで行けることもできない。グタグタに疲れたから。


僕は仕方なく電話を掛けた。


電話の向こうから運転手の声がした。


「もしもし、どちらですか?」


寝ていたのか、声がずいぶんとしゃがれている。


「はい、あの、タクシーを呼びたいんですけど……」


「あ~、すいません。今日はもう終わったので、ほかを当たってください」


ほかを当たってください、という言葉を聞いてうれしかった。この運転手を呼びたくないからといって口実を作らなくてもいいから。でも、よく考えてみたら、この運転手を逃したらいつまたタクシーが拾えるのかわからないし、葉月の様子を見るとダイブ疲れていて、このまま海風に吹かれると、体調が悪くなりそうなので、もう一押しすることにした。


「ここ、海岸娯楽施設なので、タクシーがいないんです。だから夜分遅く電話しました。昨日のよる送ってもらった恋人です」


最後の『恋人』をわざと言ってあげた。それに、葉月には聞こえないように、片手で口を隠しながら。


電話の向こうで起き上がるような物音がした。


「もしかしてあのお嬢ちゃんとお兄ちゃん?」


僕の気のせいか、運転手の声には少し興奮しているようだった。僕が言ってやった『恋人』という言葉に全然気にしていない様子だ。どんなふうに気になってもらえたいと、と言われたらはっきり言えないけど。


「は、はい、そうですけど」


「すぐ行きますんで、それじゃ」


一方的に電話を切られて、少々気分を害した。


僕が電話をポケットにしまるのをみて葉月は目で問いかけた。


「すぐ来るって」


あの運転手がくるのたいする抵抗はまだある。家からちょっと離れた場所でおろしてもらおう。家が特定できないように。


一人でこんなつまらないことを考えていると、車の照明が闇を割いてこっちに向かって走ってきた。僕と葉月の目の前にぴったと止まってドアを開けた。


なのに葉月はタクシーに乗ろうとしない。


「お客さん、早く乗らないと出発できませんよ」


僕は葉月の顔を見たのだが、彼女は僕の前に立ちふさがった。


「正体を現しなさい」


正体?どういうことだろう。まさか、この運転手も黒魂?


急に殺気を帯びた空気がタクシーの中から発散してきた。


僕は逃げようとしたが、葉月は動こうとしない。ここで戦うつもりらしい。


「傷、本当に大丈夫なの?」


葉月は髪を何本か抜き、 一時的の処置として、ちぎられた腕と肩との傷を縫った。


ずいぶんと休んだのに、まだ完全には治っていない。


「今回は苦戦になりそう。だから、情況が不利になる次第に逃げて。あなたまで庇う余裕はないかもしれない」


葉月の口調から事の深刻さをしみじみと分った。僕は軽く頷き近くに身を隠した。


運転手はタクシーから降りた。


「逃げないのかね?」


運転手は気味悪い笑顔で話しかけた。


葉月も僕も何も答えてないので、言葉をつづけた。


「逃げようとしても無理だって事は分ったみたいね。もし、僕の言いなりになるなら、命までは奪わないよ。まあ、俺は最初からあなたを食べることには興味ないから。違う意味での食べることにわくわくしているからね」


こう言って運転手は何がおかしいのか笑いだした。


そんな運転手にかまわず、葉月はすぐ髪をなげた。槍となった髪は運転手に向かって真っすぐ飛んで行った。


「そんなもの、俺には効かないよ」


運転士は避けようともせず、同じ場所に立っていた。


髪の槍は全部命中した。運転手にではなく。


運転士が笑いながら話した。


「俺には効かないといっただろう。だって、この子達がいるんだから」


運転士の周囲に何人かの人影が現れた。髪の槍をまともに受けた人まで合わせると、総計十人になる。よく見ると全部女性ばから。幼女から熟女まである。


「お嬢ちゃん。あんたのお陰で俺はすごい力を手にいれたよ。感謝してるよ。しかし、そうだからといって、手加減をするつもりはないからね。降参するなら話は別だけど、そんな気、全然ないでしょう?」


運転士は話を終えて、手で合図をすると、十人の女性は一斉に走り出した。目標は葉月に決まっている。


葉月は髪を投げ続けた。


十人の女性は協力しあいながら、葉月が投げた髪の槍を壊しつつ、距離を縮めた。


葉月は今度は空に浮かび、女性たちの進む道の妨げになるように、髪の槍でできた壁を作った。でも十人の女性の進む道を遮ることはできなかった。ある女性は拳で、ある女性は足で、ある女性は頭で髪の槍をぶち壊しながら、葉月に進んだ。


幸いなことに、女性たちは飛べないらしい。力強い仲間を踏み台にして跳び上がり葉月に攻撃した。


飛べない人が空中にある人を狙う事は大変だ。空中には方向をかえるための足場がないから。空中で自由に身体の位置を変えない女性たちは、葉月に触れず髪の槍を食らって地面に落ちた。


女性たちは自分の身に突き刺さった髪を抜こうともせず、何度も何度も空中に浮かんでいる葉月に飛びつこうとしたが、届かなかった。


女性たちの身体はハリネズミのようになったけど、動きは鈍っていなかった。


「少しくらいなら、ダメージを与えられると思ったけど、俺の間違いだなあ。やはり、操られているだけでは、本当の力は発揮できないのようだね」


運転士は残念そうに頭をふりながら、両手をはたけた。

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