6.追って 追われて
「ちくしょうっ!」
目前で閉まってしまった扉に舌打ちをし、一之瀬は素早く辺りに目を配る。
恩田を乗せたエレベーターは、12の数字から1つずつ数を減らし、下へと下っている事を示している。
他に2台あるエレベーターは、どれもまだ12階からはほど遠い場所に停止していて、とても間に合うどころではない。
(ちくしょうっ、どうすれば・・・・っ!)
気づくと同時に足が向かっていた、すぐ側にあった非常階段へ。
一段一段下りるのももどかしく、数段まとめて足を運びながら、一之瀬は恩田の涙の意味に息苦しささえ覚えていた。
自分を突き飛ばした時の、恩田の瞳。
愛想がよくて、明るいムードメーカー。
そんな形容詞がよく似合っているあの恩田が初めて見せた、寂しさと孤独。
(ばかやろうっ!)
怒鳴りつけて、そして。
思い切り、抱きしめてやりたかった。
(逃げていたって、はじまらないだろうが。そんな事は、お前だって分かっているだろ?そうやってお前は、いつまで逃げ続けるつもりなんだ?本当は気づいているんだろう?お前の中の孤独に。今更どんなに否定したところで、もう俺は騙せないぜ。そうやって、いつまでも逃げていられると思うな。この俺が・・・・捕まえてやる、絶対に)
5F・4F
地上まで、後僅か。
今捕まえなかったら、もう二度と捕まえられない。
そんな思いが頭中を駆けめぐり、更に体を急きたてる。
祈るような思いで、一之瀬は更にスピードを上げて、階段を駆け下り続けた。
(頼む・・・・間に合ってくれっ!)
1Fのエレベーターホール。
駆け込むと同時に、停止したエレベーターが一台。
肩で荒い息を吐きながら、一之瀬は待ちかまえた。
中にいるであろう、孤独を抱えた男の事を。
(これで、ええねん)
ふぅっと、詰めていた息を吐き出し、恩田は壁に凭れて目を閉じる。
(これで、終わりや)
だが。
閉じた瞼の隙間から、止まる事なく流れ落ちる涙に、恩田は困惑して目を開けた。
(何で・・・・?)
袖口で何度拭っても、涙は後から後から溢れ、頬を伝い落ちる。
(何でやねん、いつもと同じやん。本気になりかけたら、終わりや。今までかてそうしてきたやん。そやのに、なんで・・・・?)
ぼんやりと滲む視界に、光る数字。
6F・5F
(どないしよ・・・・もう着いてしまうやん。はよ、止めな)
4F・3F
(はぁ・・・・参ったなぁ。なんで止まってくれへんねん。そない哀しい事でもないやん。ただ・・・・もう会えなくなってしもた人が1人、増えただけや。恋愛なんて、本気でするもんやないんや。遊びで充分。・・・・そやのに、なんで・・・・)
2F・1F
(何でこない辛いんやろ、俺)
すっかり湿ってしまった袖口で新たに溢れてきた涙を拭い、恩田は開きかけた扉の前に立つ。
やがて、開いた扉を前にした恩田は、だが動く事も出来ずにその場に立ちつくした。
「なん、で・・・・?」
険しい目で睨み付けながら、無言で乗り込んで来た男は、素早く12Fのボタンを押すと、扉を閉じる。
2人を乗せ、静かに動き出したエレベーターの中。
ゆっくりと恩田の正面に立ち、一之瀬は言った。
「捕まえたぜ、恩田」
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