3-13 Ginevra de' Benci
《今ですね、ストリートレースメインステージの上にいまーす。皆さん、盛り上がってますか?》
スマホが振動するほどの大音量で聞こえる歓声。
いや、バイブレーションも同時に起こり本当に振動している。
このバイブレーションはリスナーから配信者へスーパーチャットが送られた際に放たれる通知だ。
ハンドルを握るマキシマからスマートフォンの画面は見えないが、これほど連続してバイブが鳴るということは夥しい量の銭が飛び交っているのだろう。
《今日のゲストは、ストリートレース主催者のジジさんです。はい、いえーい》
《い、イェーイ……お前、さっさと車に戻れよ。もうラストラップの後半だぞ》
《恥ずかしがってるんですか?》
《いやその、顔が近え》
《こうでもしないと二人で配信画面に映らないじゃないですか。スマホのデザイナーは私とジジさんを色んな意味で近付けるためにこの画角にしたんでしょうね、天才的です》
チラリと助手席の配信画面を見る。
ヒューガとジジ、そして滝のように流れるコメントとスーパーチャット。
何を考えているのだ、この女は。
ましてや、自分がレースを走るその直前に。
《ところで、何が起こったんですか? デレクさんのカマロに》
《ああ、ありゃあハイドロサスだ》
《ハイドロサス?》
《分かりやすく言うと任意のタイミングで車高を変えられるシステムだな。セオリーはバッテリー式だが、等身大よりも高く跳ばせるような強力なバッテリーはない》
《じゃあアレクさんはどうやってあんなに高く飛んだんでしょうか?》
《ニトロだ、アイツはニトロをエンジンじゃなく足回りに繋ぎやがったんだ》
「……ッ……!!」
マキシマの視界に入るのは、ステアリングに後付けしたニトロの発動ボタン。
アレクもまた、ニトロに目を付けていたのだ。
しかも加速という本来の使い道ではなく、あのような曲芸に応用し、そして使うべき状況に使うべきタイミングで発動した。
ただでさえ車の性能差で直前はカマロに分がある。
技術においてもコーナーで差を広げられなかった。
さらには、メンテナンスとカスタムでも。
全てが、アレクのほうが一枚上手だった。
そうだ、僕は負けるべくして負けるのだ。
《へぇー、機械のことはよく分からないですけど、すっごいですね。配信していない間も色々考えてたみたいで、アレクさんはえらいです、努力家です》
《そんなことよりいいのか? このままだとレオから10秒差でスタートすることになるぞ》
《えっ? ああ、そうでした。でも大丈夫です》
《大丈夫って……お前正気か?》
《もちろん。私、なんでもできちゃうタイプなので。マックスさんの分まで頑張ります》
……あたかも。
あたかも僕が、全く頑張っていないかのような口振りだ。
だが、否めない。
アレクのほうが積み上げた物が多い。
コーナリングセクションでパスして直線はニトロ頼りなど、そんな軽率な作戦しか考えていなかった。
僕は頑張っていない。
頑張っていないなら、負けても当然なのだ。
……いいや、頑張った。
頑張ったのだ、僕なりに。
僕の分まで頑張るなど良くも言ってくれたな。
君の言うその頑張りを、少しだけでも、減らさせてもらう。
「……インプレッサ、頼む!!!!」
血を吐きながら、渾身の力でニトロのボタンを押し込む。
フロントガラス、ボンネット、そしてヘッドライトとバンパーが潰れ、何の車だったのかすら分からなくなったその鉄の塊は、マフラーから炎を上げながら凄まじい勢いで加速を始めた。
何体かのヴィリスを弾き飛ばし、銃撃戦を抜ける。
その速度は今、この死した地球上で最も速い。
インプレッサだった何かと、死との境目を潜り抜けた男は、完全なる人馬一体と化した。
潰れていたヘッドライトが、光を取り戻した。
その眼光は確かに、前方を走るカマロを捉えていた───。
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