2-22.Madonna of the Carnation
「懺悔ってどういう意味だ?」
「私は国語辞典ではありません」
「汲めよクソ女」
レオ、ヒューガともに口調は一定で、目を合わせることはない。
レオは前方の、ヒューガは窓の外の景色に目を向けたまま、流れ作業をするかのように一定の速度で言葉が飛び交っている。
「配信中も公言してない事なのですが、私がなぜ運転が上手いのか、を説明させて欲しいんです」
「自分で言うのかそれ」
「まあ黙って聞いてください。……私の前職は、救命士です」
ヒューガは世界の死以降のネット界で、欧州だけでなく地球規模で見ても指折りのフォロワー数を持つインフルエンサー。
しかしその素性を知る者は、フォロワーの中に一人として存在しない。
見た目が美しく、声音と言葉選びが温和で、そして手に付ける物事全てを卒なく我が手にし、数週間でプロレベルへと吸収する。
その手広さはギター、ダンス、歌、料理、シューティング、イラストレーション、さらにはPCゲームにまで及ぶ。
神の容姿と神の才を併せ持つ奇跡の女。
世間が見るヒューガはそんな孤高の存在。
別世界の住人。
増してレオは、その孤高の存在には興味すら持っていなかった。
レースで敗れるまでは。
「医者ってことか?」
「いいえ。趣味でジムカーナをやってた頃にサーキットでスカウトされましてね。救急車のドライビング専門です」
「なるほどな。無茶な運転はそれで身に付いたってわけか」
「そういうことです。……ではここからが懺悔です。これを公言はしていませんでした。これが私の罪です。以上です」
「あ? 公言していない事が罪?」
チラリと、レオはヒューガを見た。
最後の言葉は捲し立てるような早口だったが、体勢も表情も全く変化がないのを見る限り、それはヒューガにとってさほど重要な内容ではないらしい。
レオはヒューガの次の言葉を待った。
「レオさんが私を嫌ってる理由、私にレースで負けたからだけではないですよね」
「……まあな」
「ポッと出の人間に突然居場所を奪われた。私のようなさほど努力もしてないような奴に。……そうお考えだろうと踏んで、私も積み上げたものがあることを分かってもらえたら、お友達になってもらえるかと」
「…………」
「レオさんの無言というのは、『うるせえ』と同義でしょうか」
「……テメエがそう思うのなら、そう思ってもらっていい。感情的になってたのは謝るよ」
「十分すぎる返答です。……あっ、この辺で大丈夫です」
メディオ・ガレリア。
かつては世界的一流のテナントショップが文字通り軒を連ねる、欧州でも有数の巨大なアーケードモールだった。
アーケードモールの正面広場に隣接するのは、メディオ最大の観光名所の大聖堂、メディオドゥオーモ。
だが世界は死んだ。
かつての賑わいを失い、生き残った街灯が煌々と建造物だけを照らしている正面広場に、フェラーリが堂々と立ち入った。
そして停車。
ガレリア、ドゥオーモ、そしてフェラーリ・F40。
その車から姿を現すのは、欧州最強のインフルエンサー、ヒューガ・エストラーダ。
間窓越しに、車内のレオへとかがみ込む。
「懺悔は済んだか?」
「はい、私なりには。聞き上手でしたね、お金を払いたくなりました」
「適当なこと言うなよ」
「来週のレース、一緒に頑張りましょうね」
「は? テメエを叩き潰すための場だろうが」
パワーウインドウを閉め、別れの言葉もなく去るF40。
ヒューガはその姿が見えなくなるのを確認したあと、また穏やかな笑みを浮かべ、そしてガレリアのアーケードへと消えた───。
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