2-12.Madonna of the Carnation



───世界が死せど、社会は死ななかった。


いや、ワイルドウイングが殺させなかったと言っていいだろう。


メディオにおいていまだに通貨が機能していることがその現れだ。


世界の死による地獄絵図の中で自治機能を死守しながら壁を、そしてこのガイアを作り上げたことにより、ワイルドウイング主体で公共事業はいまだ機能し続けている。


ただ少しだけ以前よりも変わったことは、役所が放棄され現在はこのホテルXYZがメディオの本庁を担っていることだ。


ガイア内部の北東ブロック。


メディオ中央駅からすぐの好立地だが、電車が機能していない今はただ純粋に洗練されたホテルである。


白煉瓦造りに黒い帯状の看板、そして黒字に映える白いネオンサインは、白と黒をイメージカラーとするワイルドウイングによく似合う。


今や車通りの全くない大通りの路肩に堂々と路上駐車する、真紅のフェラーリ・F40。


そして鴨の雛のようにその後ろに付く、白いサリーン・S7。


ウラヌス領域と違ってガイア領域では街灯も機能しており、セピア色の熱電気を反射するその2台の車は息を呑むほど荘厳なオーラを漂わせていた。


2台のドアが開く。


F40から降りたバンダナ頭の大男はアタッシュケースを手にしており、S7から降りた金髪の女は手ぶらだ。


交差点の角にこぢんまりと、しかし厳かに口を開くエントランスの自動ドア。


ポーチの階段を登ってレオを先頭に、その後ろをヒューガが付いて自動ドアをくぐる。


チェッカーフラッグ柄で大理石が敷かれた広大なエントランスを抜け、レオはフロントのベルを乱暴に鳴らした。


奥から出てきたのは白いスーツにサングラスを合わせた白人の男。


ただその筋骨は分厚く、おそらくホテルマンではなくワイルドウイングの歴戦のメンバーなのだろう。



「いらっしゃ……いませ」


「テメエらのボスに呼ばれて来た」


「なま……お名前は?」


「レオとクソ女」


「クソ女さん……様?」


「ヒューガです。ヒューガ・エストラーダ」


「分かっ……かしこまりました。ちょっと待……少々お待ちください」



フロント裏の名簿を捲るサングラス男。


レオとヒューガの名前は優先度が高かったのか、彼は数ページ捲っただけで「オーケー」と独り言を呟いた。



「最上階のオーナーズルームでバスが待っ、お待ちです。エレベーターで部屋まで行ってチャイムを押せ」


「あ?」


「押してくださいませ」


「分かったよ、お疲れさん」



アタッシュケースを手に、フロントから折れてエレベーターへ向かうレオとヒューガ、退陣するサングラス男。


それにしてもこのホテルは明るい。


エレベーターの中まで照明が爛々と輝いている。


無言のエレベーターの中、ヒューガから香ってくるシトラスの香水をレオは手で扇いで払った。


重たいベルの音と、開くエレベーターのドア。


高層物件の多くないこの地域において、11階建の家の建物はかなり景色が良い。


廊下の窓から見下ろすメディオは、ガイアの範囲内の街頭だけが路線図を描くように煌めいていた。


そしてその最深の部屋。


他の部屋のドアには部屋番号が割り振られていたが、この部屋だけは金文字で「OWNER」と刻まれた文字板が掲げられている。


レオは一度大きく息を吸い込み、そして放出した。


ベルを鳴らす。


間をおかずカチッという、鍵の開く音。


レオはドアノブを捻った。



 

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