2-4.Madonna of the Carnation



「……おい」



低く、粗い声。


背後だ。


マキシマとヒューガ、そして視聴者は全員飛び退く。


階段の背後のドアが開いていた。


そしてそこから覗くのは、頭にバンダナを巻いた大男。


双方のコメント欄が再び湧き出した。



「マキシマとクソ女か。人の家の前で配信とはいい度胸だな」


「ああ、ごめんごめん。僕は君に用があったわけじゃない」



目を逸らすマキシマ、ヒューガを睨むレオ。


「あはは…」と乾いた笑みを浮かべるヒューガ。


場は凍り付くが、コメント欄はボルテージが上がる。



「僕はそろそろ失礼するよ。ヒューガちゃんのお陰で新規フォロワーも増えたしね」


「ええ、突撃コラボありがとうございました」


「じゃ」



逃げるように手を振りながら駆けて行くマキシマ。


ヒューガは控え目に手を振りながら見送っていたが、レオの表情は相変わらず険しい。



「来た時と同じだな」


「見てたんですか?」


「うるせえよ」


「レオさんの照れ隠しほど尊いものはありません」


「で、テメェはなんの用だ?」


「これを」



ヒューガはスマートフォンを仕舞い、パーカーの内ポケットから何かを取り出す。


細長い、白い箱。


その辺に転がる空ペットボトルより一回り小さいくらいだろうか。


ポケットの中の配信画面では突如暗転したカメラに困惑するコメントが乱立しているが、ヒューガはそれを知る由もないし、知ろうともしていない。


箱を手に、ヒューガはレオだけを見ている。


トップインフルエンサーのその姿を見ているのが自分だけという異様な状況に、レオの片眉が上がった。


ヒューガは箱を差し出す。



「なんだそりゃ」


「これは付録です。遠慮なく」



遅れた宅配便を受け取るような嫌顔で、レオが箱を受け取る。


硬く、見た目よりも重い。


それよりも、ヒューガが「付録」という言葉を使ったのが気がかりだった。


次の言葉を待って再びヒューガに目を向けると、僅かにだが、笑みを浮かべていた。


柔らかく、美しく、全てを見透かすような麗かな瞳を持つ、トップライバーの笑み。


レオはその笑みに、嫌悪感を覚えた。


風に流れてくるベルガモットの香りに、稲妻を模したネックレスに、全てに嫌悪感を覚えた。




























「大切なものは、決して失われることはありません。今たまたま、ここにないだけです」




























「は?」


「では、私も目的は達したので。そろそろサラダバーです」



レオに一瞥をくれて一方的に歩き出すヒューガ。


「ああ、すみません」とスマートフォンを取り出し再び配信に注力する後ろ姿に再び嫌気が刺し、柑橘系の残り香を手で払いながら、レオはドアを閉めて鍵をかけた。



 

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