悪魔代理と天使代理

村崎 紫

第1話

ー見慣れた駅構内、今にも降り出しそうな曇天。向こう側もこちら側も、下校時刻のためか似たような見た目の人間でごった返している。私は立ち上がって、黄色い線を両足で踏む。深呼吸を一つして、一歩前に。そして二歩目で私の身体は足場を失って、止まらないドミノ板の如く……。


「……雪か。」

見上げた先の僅かに灰掛かった曇天に白い水玉模様、目線を左右に振れば延々と続くビルに構内の屋根。"このような身体"になってから似たような景色を見るのは既に5回目で、当時の新鮮な感覚というものはすっかり慣れてなくなってしまった。

 あの日、宙空で無様なほど身体が潰れたと思われた。だが『居なくなる』という願いは虚しくも絶たれ、目覚めず暗いままと思われた視界は天井を映していた。とりあえず、今いる場所と自身についてを見回し確認する。服は飛んだ当時と変わらず黒を基調に赤いラインが入ったセーラー服、内線電話と机にあった案内ラミネートを見てホテルの一室だと確信した。防寒のために適当に買った黒いパーカーや学校使いのリュックは上着用ハンガーに律儀に掛けられていた。テレビをつけたところ、飛んだ日から一年経っていて、リモコンやテーブルに干渉できること、鏡に映ることから幽霊となったわけではないと、そう思うことにした。そして、窓際のテーブルに一つの手紙と思わしき便箋が置かれていたことに気付き、中身を確認する。

〈君は一度、尽きた身となった。そんな君に、とある役割を担ってもらう。〉

〈死に近い少女に囁き、死に導け。'白色'とは接触するな。〉

これだけだった。

……ちんぷんかんぷんだ。なんだ、私は死神に準ずる存在になったのか。自分から命を投げた罰や罪とでもいうのか。

 身支度という程の身支度ではないが、手紙とカードキーを羽織ったパーカーのポケットに突っ込みリュックを背負って部屋を出た。料金については誰かが支払ったのか後払いで請求されることはなく無事に外に出ることができた、しかし振り返ればそこにホテルはなく空虚を孕んだ、唯の空きビルがそこにはあった。

 とうとう本当の意味で不思議ちゃんになってしまったと、素直に思えた。手紙の内容が不明瞭だった為、まずは人混みに突っ込んで学生を探すことにした。自分が死んだ時と同じ、高校生程の歳の女子達を。人混みに混ざれば、肩の触れ合いを避けて人が避けていく。鏡よりもよっぽど、自分がまだこの世に存在していることがよりわからされる。ふと、ひとつの制服の後ろ姿が目に入る。その背中からは、淀みみたいなものが見えた。

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