第105話 <贄>の秘密⑧

「最初に着目したのは、エラムイドに伝わると言う諺です。<贄>は<贄>を生む――”神”が選ぶという<贄>にも、何かしらの法則めいたものがあると、人々が経験則で思っていた証拠でしょう。遺伝法則に何かあるのでは、と思い、徹底的に<贄>の候補となった人間の系譜を調べ上げました」

「な――そ、そんなもの、どうやって――」

 淡々と語るミレニアに、クルサールは蒼い顔のまま問いかける。

 ミレニアは軽く肩をすくめて、笑みを湛えた。

「とても腕がよく信頼できる情報屋と、つながりがありまして。――そうよね、ロロ?」

「はい。情報の信憑性は保証します」

「……ということで、まずは系譜を調べました。最初の考察は、そこから書いてあります。参考資料も載せてありますから、資料の原本をご覧になりたい場合は、どうぞ遠慮なくおっしゃってください」

 にわかには信じられない、という顔で、クルサールはパラリ、と紙を捲り、中身へと目を通していく。

 ミレニアの丁寧な筆跡に目を走らせるうち、ごくり、と無意識に喉が音を立てていた。

「確かに、一見、<贄>の出現率も出現方法も法則は見受けられません。共通項は、それが無属性であること――ここから疑いを持ちました。魔法属性がキーならば……そこに、何かがあるはずと」

 そこから、ミレニアは魔法体系の本をとにかく読み漁った。様々な書物を、知識を漁って、再び系譜を眺めたとき――初めて一つの仮説に生き当たる。

「……もしも、私たちがまだ誰も発見したことのない、新しい属性――仮に、これを”光”属性と置きます――が存在したとしたら、全てにおいて辻褄が合うのです」

 ミレニアの考察は、シンプルだった。

 もしも、光属性という魔法が存在したとする。幼少期に癇癪を起して魔力暴走が起きたとしても、地水火風のほかに魔法属性などないと思い込んでいる周囲は、仮に”光”が何かに作用していたとしても、それが魔力暴走の結果だとは思わない。しかも、”光”というくらいだ。日中の活動が主になる子供の癇癪において、視認性は低いだろう。

 魔法行使において重要なのは、イメージだ。頭の中で描いた特殊なイメージを、効果を顕現させたい場所へ向かって魔力と共に解き放つ必要がある。

「”光”という属性の魔法に何が出来るのか……すべてが明らかではありませんが、魔物を追い払ったり、魔物を防ぐ結界を張ったりする能力があることは確実でしょう。……しかし、当然、魔法を習う段階で、そんなイメージを思い浮かべながら魔力を練る子供はいない。親の魔法属性をもとに、自分が使える魔法に当たりを付けてイメージを練り上げるはずです。……当然、魔法は不発に終わる。宿の出来上がりです」

 ぱらり……

 ミレニアの解説を聞きながら、クルサールは紙をめくる。

「<贄>と定められた者が、自分以外の無属性と結婚して子供を産めば、<贄>が生まれやすい――……それもそのはずですわ。<贄>に選ばれた者は、光の魔法使い。一般的な魔法の遺伝法則にしたがうならば――親の片方だけが属性持ちの場合、子供に同じ属性が顕現する可能性はちょうど五十パーセント。二人以上産めば、子供も<贄>になる確率は格段に跳ね上がるでしょう。……仮に、相手も<贄>の資格を持つ光属性の魔法使いだったとしたら、百パーセントの確率で光魔法使い――<贄>が生まれますね。法則には気づいていなくても、そうした歴史が繰り返された結果、貴国に伝わる諺が出来上がっていったのでしょう」

 ごくり……

 クルサールの喉が大きな音を立てた後、サッとミレニアを振り仰ぐ。

「ならばっ――ならば、『見極めの儀』はどのように説明するつもりですか!?」

「はい。それも、その報告書の中に書いてあります」

 クルサールの質問すら先読みして、ミレニアは狼狽えることなく堂々と切り返す。

「”光”属性の魔法にどのような効果があるのかは、判然としないものはありますが……魔法である以上、物体に魔法効果を付与できるはずです」

 そう――レティがシャベルに土魔法の穴掘りの効果を付与したように。

「あの水鏡そのものなのか、張られている水なのかはわかりませんが――どちらかに光魔法が付与されていて、光魔法使いの魔力に反応して光らせることが出来る……そんな魔法がかかっているなら、儀式は成り立つでしょう」

「そんな……そんな、ことが……出来るのですか……?にわかには信じがたい……」

 クルサールは、蒼い顔で視線を伏せて、震える手をぎゅっと握り締める。

 ミレニアは、少し痛ましげに眉をひそめてから、静かに口を開いた。

「貴殿らが『見極めの儀』と呼ぶ儀式については、まだ、謎が多いのは事実です。同じ魔法属性だけに反応して光らせる魔法、などが存在するのかはわかりません。もしかしたら、儀式の前に全て秘密裏に調査が行われていて、光魔法の適性があると判別された子供のときだけ、恣意的に光らせているのかもしれません。全ては憶測にすぎない……それは、”光”魔法の効果が不明瞭なことが要因ですが――ただし、ひとつだけ、はっきりとしていることがあります」

 翡翠の瞳に、強い意思の光を宿し、ミレニアはしっかりとクルサールを見据えた。

「今まで、『見極めの儀』を担ってきた一族――貴国では、それを、”司祭”の一族と呼ぶそうですね――彼らは、確実に、”光”魔法の存在を知っていることになる」

「――――!」

「貴国では、それなりの地位を持った一族だとか……ですが、代表者の一族である貴殿らが光魔法の存在を存じ上げないということは、意図的に黙っているとしか思えません。……どのような処置をお与えになるかはお任せしますが……あまり、放置するのもよろしくないかと」

 ラウラが持ってきた<贄>の伝承の中に、その一族の存在が書かれていた。

 その昔、神の化身と謳われた<贄>がいた。その男は、幼いころから人知を超えた超常現象を数々生み出し、神の化身だと言われていたが、見極めの儀を受けたことで、<贄>として選ばれてしまう。

 周囲の人間は彼を<贄>として死地へ送り出すことを拒み、無属性の人間と結婚させようとするが、彼は「人々の平和と安寧のために」と言って<贄>を辞退しなかった。その振る舞いが、神の行いそのものだと崇め奉られ、彼の一族は神に選ばれた神の行いを伝承していくものとして、”司祭”という職を代々受け継ぎ、見極めの儀の取り計らいも一任されるようになっていく。

 その一族は、神の行いを人々に教え、伝えていく存在。権力とは切り離されて考えられるべきとして、代表者の一族とは一線を画していたという。

 ――そうして、ずっと、一族の中で秘密を守ってきたのだろう。

「神の化身と謳われた、その少年の起こして見せたと言う『超常現象』こそ、光魔法の効力でしょう。ですが、伝承を探っても、やれ不治の病を治しただの、致命傷をすぐに回復させただの、出兵前の戦士に祈りを捧げたら百戦錬磨の部隊が出来ただの、巷の荒くれの暴力沙汰を一瞬で治めただの、誰がなだめても聞かぬ赤子を瞬座に眠りにつかせただの……大きなものから小さなものまで、どれもこれもにわかには信じがたいものばかり……何百年も前の話のようですし、尾鰭がついているのは確実でしょう。結局、光魔法とは何が出来る魔法なのかを特定するには至りませんでした」

「――――……」

「いずれにせよ、見極めの儀とやらは、”司祭”一族の心次第で結果を左右することが出来る酷く不公平な物です。その証拠に――エラムイドの長い長い歴史の中でも、代表者の一族には、<贄>は一人も出ていないのでしょう?」

 ハッ……とクルサールが息を飲む。

「遺伝法則で顕現する属性である以上、何百年も光魔法が顕現しないなどありえません。異なる属性同士が交配すれば、五分の一の確率で発現するのです。生まれにくいことはあっても、一人も出ない、ということはないでしょう。……貴殿は、宗家から遠く離れた分家の出身だと言っていました。一族の数は多いはずです。なおのこと、あり得ない」

 哀しい現実を突きつけながら、ミレニアは淡々と続ける。

「代表者の一族には忖度をして、仮に光魔法の属性を持つものでも、水を光らせないようにしていた。……もしかしたら、困窮を極める家庭の子供を優先的に強い光で光らせるなどして、口減らしの口実として使う、などということも行われていたかもしれませんね」

「な――!」

「過去の系譜を見ると、そうした例も多そうでしたから。……あくまで想像でしかありませんが」

 じっと手元に視線を落とし、ミレニアはつぶやく。

「……恣意的に操作が出来るものだとしたら、私の儀式も、恣意的なものだった可能性が高い。あの時点で、私を<贄>にしない理由はありませんから。……貴殿が”司祭”の代わりを担うとなったのは、彼ら一族にとっては誤算だったでしょう。……だから、水鏡か、水に魔法が練られているのでは?と申したのです。……とはいえ、何かきっかけは必要だったはず。あの日、一族から、儀式で何か特殊なことをしろと言づけられていませんでしたか?」

 クルサールは信じられないものを見る目でミレニアを眺め、はくはくと唇を何度も開け閉めする。

 しばらくして、零れ落ちるように、口の端から言葉を漏らした。

「過去、私が参加したときに見た儀式をなぞれ――と」

「?」

「”司祭”の一族に伝わる伝統的な装いを身に着け、神に捧ぐ祝詞を紡げと……水が光り輝く様を想像して決まった言葉を諳んじろと、言われました」

「あぁ――……それでは、それらが光魔法の発動のきっかけになるイメージを形成したのかもしれませんね」

 魔法効力が付与された物体を、その魔法属性を持たない人間が使おうとするとき、効力が発揮された結果を強くイメージする必要がある。シャベルを使うときに、土が空気のように軽くなると想像することで、火属性のロロが使っても土属性の魔法効果を発揮するように。

 クルサールは、自分自身も無属性だと言っていた。おそらく、<贄>の儀式を受けたことがあるはずだ。そこで、水鏡が光る様を直接目にしているだろう。――効果を思い描くには十分だ。

「そんな――そんな、それでは――公正な、神による厳正なる審査ではなく――司祭らの一存で、そんなことを――!?」

「……少なくとも、私の儀式に関しては、そうでしょう。ギークお兄様かカルディアス公爵らが、先に一族の者に接触して、クルサール殿ごと欺いたのでしょう。勿論、私自身に本当に光魔法の属性があるという可能性も捨てきれませんが――儀式を操作する方法があるのに、それをしない意味がない。十中八九仕組まれたものだったはずです」

「そんな――!」

 クルサールは床に頽れ、額の前で何かの印を切ってミレニアに祈りを捧げる。

「申し訳ございません、ミレニア姫――私は、そんな卑劣な策謀に加担させられているなど、露ほども知らず――!」

「顔を上げてください、クルサール殿。貴殿を責めたいわけではないのです。……仮に、貴殿が事情を知っていたとしても、拒むことは出来なかったでしょう」

「いえ……!いいえ……!神の名を騙って儀式結果を欺くなど――そんな卑劣なこと、許される行いではありません……!」

 ガタガタと震えて見せる青年に、困った顔でミレニアは眉を下げる。

「ですが、クルサール殿……貴殿らには大変申し訳ないことですが、この儀式に”神”の意思とやらが反映されていないという事実が明らかになった以上――貴国と、我が国の国防のシステムは、飛躍的に進歩します。……貴殿らが信じる”神”を否定するようで大変心苦しいのですが――それは、事実です」

 ミレニアは、哀れな青年に、悲痛な現実を突きつけながらも、神のいない大地における現実的な希望を提示しようと必死に言葉を重ねた。

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