第28話

 2月

 沙希ちゃんのお母さんから電話をもらった。

沙希ちゃんの部屋を、少し片付けることにした、と。

絵も欲しい物があったら、もらってと言ってくれた。

そして、沙希ちゃんの机の引き出しから、昔の日記帳みたいなものが出てきたと。

「なにかね、私は見ちゃいけない気がしてね……やっぱり、若い子には若い子のプライバシーがあるじゃない!親には覗かれたくないみたいな。

でも、そこに書かれてることは、きっとあの子の本音だと思うから。

いつ頃の日記かわからないけど、たぶん10代の頃のかな。

考えたんだけど、日記帳 茜ちゃんにお渡ししたいの。宅急便で送るけど、いいかしら?」と言われた。

週末、いただきに伺いますと伝えた。



 土曜日、沙希ちゃんの実家に行った。

沙希ちゃんのお母さんは、日記帳と言ったけど、手帳と言うか、スケジュール帳のような物だった。

開いて1ページ目に詩が書かれていた。

有名な詩

作者は、誰だっけ?……

石川啄木?

あ、島崎藤村だっけ?


初恋

まだ あげそめし 前髪の

りんごのもとに 見えしとき

前にさしたる花櫛の 

花ある君と思いけり

やさしく白き手をのべて

りんごをわれにあたえしは

薄紅の秋の実に 人恋そめし はじめなり


一字一字 丁寧な字で書いてあった。

私の知っている沙希ちゃんの字よりも、幼いけれど、しっかりとした字だった。

この初恋の詩を、沙希ちゃんはどうゆう気持ちで書いたのだろう。

この頃、初恋をして、この詩に共感していたのかな。


その手帳には、小さな字でぎっしりとうめられていて、そこには沙希ちゃんの青春が詰まっていた。 

ニキビが鼻の頭にできて、恥ずかしい、とか。

体重測定したら、一学期より3.5キロも太ってた!!とか。

前髪切りすぎて失敗した!とか。

スケジュール帳に、いっぱい書き込まれていた。

年を見ると、中学3年の時の物のようだ。

うしろの方のページのフリースペースみたいなところに詩のようなものが書かれていた。



『いつもここで キミを見てる

キミが見てる風景をキャンパスに描きたい

美しい景色

キミは そんな風景も

それを描く私にも目もくれず

ただ ひたむきに 駆け抜けて行く

それでいい

私はいつも ここでキミを見てるから』


『彼のことが

好きで好きで好きで

いつも見てる

でも それは 知られてはいけないことだから

全然 気にしてないフリをする

彼のことを 

あの子が好きだって知ってしまったから

私も……なんて 言えなかった……

協力してねって言われたから

イヤとは言えなかった

大好きなのに

大好きなのに……』



『あの人を好きだってことは秘密

自分の胸の奥にしまってある想い

たぶん この想いを伝えることはないのだろう

女の子はみんな 恋に恋してる

誰か好きな人がいないと変だって言われる

だから 私は

架空の想い人をつくった

違う学校の先輩

背が高くて

スポーツマンで

頭が良くて

髪がちょっと茶色くて

カッコイイ先輩

そんな人はいないけど


卒業して別々の学校に行ったら

あの人を忘れることができるのだろうか

あきらめることができるのだろうか

あの子と別々の学校に行ったら

もう遠慮しないで

あの人を好きだって言えるようになるのだろうか

それまで あの人は

待っていてくれるだろうか』



『ごめんね

キミの気持ちに気づいていたよ

ごめんね

だって 私も 同じ気持ちだったから

だけど

だけど

言えなかった……最後まで

ごめんね

ほんとに本当に 

キミのこと 大好きだよ

それが言えたら良かったな

ごめんね

言えなくて

言いたかったけど

言えなくて』



『自分の気持ちにウソをついて生きるのは

ツライ

全部ぶちまけたら

気持ちは軽くなるのだろうか

全部 全部 全部 全部

得るものはあるだろうか……

失うものの方が きっと大きい

今日も1日

精いっぱい自分の気持ちにウソをついて過ごした

精いっぱい

そうまでして私が守りたいものって

何なんだろう?

自分の気持ちにウソをついて生きるのは

ツライ

でも私は

明日もまた同じように笑うのだろう

精いっぱいに』



『桜の並木道を走るキミをいつも見ていた

花吹雪の中

真夏の炎天下の中

真っ赤な落ち葉が散る 木枯らしの中

雪の降る中

懸命に走るキミを

私はいつも応援してた

心の中で

ガンバレ!!

声に出しても きっと

私の声は届かないから

心の中で

ガンバレ!!

キミの隣りを一緒に走ることはできないけれど

いつもキミを応援してる

いつまでもキミを応援してる』



『恋か友情か

どちらの方が大切かって考えてみた


大好きな人に大好きだって伝えたい


でもそれは

大切な人を傷つけることになるから

言えない……


私の大好きな人と

私の大切な人が

幸せになってくれるのことが

私の願い


だから 今は 一歩引いて

自分の心の声に耳をふさぐ 』





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