第6話「悲願達成」

 村木晋太郎。四十六歳。


 順位戦A級。竜王戦1組。


 タイトル戦登場回数8回。タイトル通算0期。


 今期の竜王戦挑戦者決定戦で勝利。


 四十六歳。十五年ぶりのタイトル挑戦を決めた。


 竜王戦。


 藤堂如月竜王対村木晋太郎九段。


 相手は将棋界の神と称される天宮ではない。八度のタイトル戦のうち半分の四回は天宮に敗れてのものだが、九度目の相手は昨年竜王のタイトルを獲得したばかりの若手のホープだ。


「緊張しているの?」


 いつもの通りに自宅で朝食を食べる。妻と二人きりだ。子供たちはそれぞれ巣立っていった。


「緊張するよ。十五年ぶりだし」


 第六戦目を勝利して三勝三敗になった。


 初めてタイトル獲得に王手をかけた。九度目にして初の事である。


 今日は会場に向かって前夜祭をしていよいよ明日から最終戦が始まる。


 朝食を終えて準備を済ましていよいよ出掛けようとする。


「頑張ってね。あなた。私も応援に行くから」


「ああ」


 愛する妻に見送られて家を出た。


          *


 竜王戦最終戦二日目。三勝三敗で迎えた第七戦。


 対局は終盤。対局中だと言うのに目から涙がにじんだ。


 負けを覚悟してのことではない。


 形勢は一進一退の互角。だが、勝ちの一手が見えたのだ。


 角の駒を手に取り震えながら慎重に指した。


「!」


 竜王の表情が変わった。


 俺に出来る手は全て打った。ここからひっくり返す手があるのか。


 相手は天宮から竜王を奪った相手だ。何かして来るかもしれない。


「藤堂竜王。持ち時間を使い切りました。これより秒読みに入ります」


 竜王が持ち時間を使いきった。


「負けました」


 藤堂竜王が投了した。


 九度目のタイトル挑戦。妻と合わせると四十回目の挑戦。


 悲願の初タイトルを獲得した。


 俺は史上最年長でのタイトル獲得として世間に注目された。


「何度負けても絶対にあきらめないということを、姉弟子でもある妻から学びました。このタイトルは妻がくれたものだと思っています」


 次のタイトル戦で防衛は叶わなかったが、歌子のサポートのおかげでタイトルを勝ち取ることができた。


          *


 村木晋太郎。四十六歳。


 順位戦A級。竜王タイトル保持者。


 タイトル戦登場回数9回。タイトル通算1期。


「タイトル獲得おめでとう。晋太郎」


「ありがとう。歌子」


「四十回目の挑戦でやっと初タイトル。私の夢がようやく叶ったわ」


「いや、タイトルとったの俺だよ。四十回中の九回は俺だし」


「いいのよ。アンタのものは私のものでしょう?」


「確かに。そう言われればそうだな」


 三つ子の魂百までと言うがまさしくその通りで出会ってから四十年近く経っても力関係は変わる事はなかった。特に変えたいとも思わないが。


「さすがは私の可愛い弟」


「その扱いはもうやめてくれよ。姉さん」


 とても四十六歳と四十七歳の会話じゃないなと思いながら、妻と幸せな時間を過ごした。

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