第2話「姉弟子」

 俺には一つ年上の姉弟子がいる。


 桜塚歌子。見た目は清楚系美少女。綺麗な顔立ちに艶やかな長い黒髪。そしてスタイルもいい。


 そんな見た目と裏腹に、中身は将棋命で短気で手の早い暴力的な人物。


 そして俺の初恋の人物にして今も好きな人。


 出会いは七歳の頃。


 プロ棋士である叔父に弟子入りにきた当時八歳の歌子さんにひとめぼれした。


 そして以前から「お前は筋がいいから弟子にならないか?」と言われていたので、しれっとそのまま弟子入りした。


 つまり俺が弟子入りしたのは将棋のプロ棋士になりたいよりも可愛い女の子の傍に入れる環境を手に入れるためだったのだ。いろんな方面の人に怒られそうだから絶対に口にはしないが。


 師匠の家というか住処は俺の家から歩いて行ける所。


 平日は学校が終わってから通い、土日は泊まりがけで指導を受ける。


 師匠の実家(俺のおじいちゃん)が旅館を経営しているので、専用の部屋みたいなものを用意してくれた。最終的に俺は旅館の部屋の方に入り浸るようになった。


 そして毎日似たレベルの相手とするために俺と歌子さんは毎日指し続けた。


 歌子さんは俺の事を「晋太郎」と呼び、自分の事は「姉弟子だから」と言って「姉様」と呼ばせようとさせた。さすがに「姉様」呼びはなんだか恥ずかしいので、色々と協議した結果俺は歌子さんのことを「姉さん」と呼ぶようになった。


 姉さんと四六時中将棋を指し続けてきたが、将棋以外の事も色々と知った。


 短気な部分は出会って一週間で嫌と言うほど学んだ。


 あと姉さんはホラー映画が苦手だ。


 俺も苦手ではあるのだが、ホラー映画を見る最中で怖がって俺の手を握ってきたり怖いシーンで抱きついてきたり、見終わった後で、「晋太郎。今日は私が眠るまで一緒にいて」と言われたりするので頑張って一緒に見ている。


 現在の髪型はロングヘアだ。


 一回手入れが面倒だと中学の時にショートヘアにして、感想を聞かれた際に「どんな髪型でも姉さんには似合うよ」と答えた。忖度の無い本心である。


「長い方と短い方どっちが好き?」


 と聞かれて、「長い方」と答えたら無言でビンタされてその後姉さんは再び髪を伸ばし始めた。


 姉さんは努力家でもある。


 将棋一筋に生きて、その結果他のものは全て捨てているプロ棋士になった兄弟子と違って将棋以外の事もきちんとしようとしている。


「勉学が疎かになってもいけないから、せめて平均点は取れるように最低限の勉強は必要よね」


 そう言って学業のほうではテストで常に平均点以上を出している。俺にも当然のようにそれを求めて来るのでおかげさまで俺の成績も平均以上だ。


「流行に流されるのも良くないけど流行が全く分からないのも問題だから、定期的に外に出掛けるから、アンタも一緒に来なさい」


 そう言って月に一回程度だが休日に俺を連れて買い物や遊びに連れて行かれた。


 そんな時は必ず「はぐれないように」と手を繋いで歩いて今でもそれは続いている。


 歩いている途中で買った飲み物やスイーツなんかは間接キスなんて気にせずにシェアしている。


 何よりも。姉さんは機嫌のいい時に限るが、俺がなにかを達成した時には頬にキスをして褒めてくれる。このご褒美のために俺は将棋や勉学を頑張っていると言っても過言ではなかった。


 そんな関係が約十年も続いた。こんな風にいつもずっと一緒にいたら相手も俺の事が好きだと勘違いしても仕方がないだろう。


 いざ告白したら酷い感じで振られたが。


 告白してあっさり振られてその後将棋を指してそれが終わって家に帰って眠りに着く時にある結論に達した。


 きっと姉さんにとって俺は異性ではないのだ。


 そんな兆候は前にもあった。


 以前うっかり姉さんが着替えをしている時に姉さんの部屋に入って下着姿をばっちり見てしまった時も何のお咎めも無かった。


 それどころか「晋太郎。そこの上着とって」と言われる始末。


 あの時点で気付いておくべきだったのだ。


 桜塚歌子にとっての村木晋太郎はただの弟弟子である。それ以上でもそれ以下の存在でもなかったのだ。

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