第15話 とまどい

俺たちは一度アルケラにいきチェロの住居へ寄った。

 そこで、ダンジョンであったことをチェロに伝えようと思っていた。二人きりで茶の間で向かい合って座り、そのことを話す。

「……そう。そんなことが」

 彼女は半信半疑ではあるようだが、少なくとも俺が嘘を言っているわけではないというのはわかってくれているようで、真剣に聞いてくれた。

「とても……まぼろしのような感覚ではありませんでした。あのまま進んでいたら、たぶん同じことが起きていたとおもいます」

 俺は言い、うなだれてひざの上の拳をにぎった。

 悔しかった。強くなったと思っていた。

 なのにそれが油断につながった。それは本当の強さではなかった。

「一朝一夕で本当の強さは身に着かない。チェロさんの言葉……今では身に染みてわかります」

「……だけど、深部までは到達できるようになった」

 打ち消すように言われて、はっとなる。

 チェロさんはいつの間にかそばに来ており、俺の肩の上にやさしく手を置いた。そしてこちらの心労を想ってくれてか、やわらかく微笑む。

「ちゃんと成果は出てる。またやり直しましょ」

 そう言葉をかけられて、なにか救われたような気がして思わず目が涙でにじみそうになった。しかしできればレスタノを攻略した時にこの涙はとっておきたいと思い、こらえる。


 その後、またチェロのもとで指導を受けさせてもらうことになった。

 今はこうするしかない。祝日を利用して、萌音以外は泊まりこみで特訓に勤(いそ)しむことが決まる。

 その夕方、ノパがケラの街で配られていたという号外の新聞を持ってきてくれた。それによると大兵団によるダンジョンの攻略は難航しているらしい。いまだにコアまでたどりつけてない、と書いてあった。コアまでのルートはいくつもあるようで、これだけの数をかけても攻略は困難だ、とも。

 ダンジョンの中でブラムと兵士が戦っているレスタノはともかく、俺たち側の世界にあるほかのダンジョンもいつ開くかわからない。

 危機感がつのり、自然と稽古にも精気がみなぎる。今までよりさらに集中したからか、チェロとの木刀の打ち合いでも負けずむしろこちらが押す場面が増えてきた。

 ついには、斬り上げてチェロの木刀を弾き飛ばすことに成功する。無我夢中だったが、特訓の成果を生身で感じられている。

「今日はここまでよ」

 汗を浮かべるチェロはそう言って、トレーニングをそこで切り上げた。

 自分でもわかっている。どんどん強くなっているのを。それが魔力なのか、体力なのか、どちらもなのかはわからない。だが確実に成長できている自信があった。

 今すぐにでもやれる、という気持ちはあった。しかし勇んでまた失敗する可能性もある。落ち着け、と冷静に言い聞かせる。誰も死なせない。焦るな、と。

 はやる気持ちがおさえられず、早朝から自主トレに励むことにした。自分にダンジョンを攻略できるほどの力があるとは思えない。だがアルスの生まれ変わりである以上、できることはある。

 まだ外は靄(もや)がかかっているころ、庭に出ようとする。常秋の町だけあってすこし肌寒い。 

 と、縁側のふちでチェロがひとりぼうっと腰かけていた。

 早いな、とあいさつすると、彼女はいつになく弱気な目をみせてうなずいた。

「訓練をね……していたの」

 たしかによく見ると、こめかみや首筋あたりに汗が浮かんでいる。だがそれを拭くそぶりは見せず、なぜかチェロは自分の右膝を手でさすった。彼女が前にダンジョンでケガをしたという話を思い出す。

「痛むんですか。たしか軍に……いたんですよね」

「ええ。ダンジョンで。……時間が経てば治るところもあれば……ずっと治らないところもある」

 膝をさわりながら彼女は言う。あけぼのの空を見上げるその目はどこか歯がゆそうだった。

「あなたたちががんばっているのを見て、私も攻略に参加できたらと思った。けれど、かつてのようには戦えない」

 自虐気味に言って微笑む。

「えらそうに指導してる自分が恥ずかしかったわ」

「そんなことありません。チェロさんがいるおかげでおれたちは強くなってます」

「ええ。けれど、厄災を終わらせるには、結局英雄のような力がないといけない。アルスデュラントのような……」

 チェロはこちらをじっと見て、すぐに視線を落とす。

「女の子とふれあってるわけでもないのに、なぜかあなたは日に日に力をつけていっている。理由はわからないけど……根本から、何かがちがうんでしょうね」

「……」

「私も、あなたくらい強かったらよかったのに」

 せつなそうに語るチェロを見て、俺はとまどって言葉に詰まる。

「俺は別に……強くありません」

 やがて出たそれは本心での思いだった。

「だけどチェロさんがいてくれたおかげで、すこしはマシになれてると思います」

 自然と笑みがでて、それがチェロにも気持ちとして伝わったのか彼女の口元もやわらぐ。

「……そう。ならよかった」

 彼女は微笑むと息をつき、そして立ち上がって言う。

「まだ日も出てないけど、訓練に付き合ってもらえる?」

「はい。お願いします」



10


「で、決めたのかい」

 朝食後、居間でヨサラのいれてくれたお茶を飲んでいると突然ノパがそんなことをたずねてきた。

「何を?」

 聞き返し、湯呑に入ったお茶を飲む。俺の知ってるお茶よりすこし薬味が強いが、身体にはよさそうだ。

「なにって、結婚相手だよ」

 飲んでいたお茶を盛大に吹き出し、俺は激しくむせる。

「はぁ!?」

 ノパをにらむと、当然でしょとばかりにふんぞりかえっている。

「だから、結婚相手だよ。所帯を持って落ちつけて、手っ取り早く力も取り戻せる。いいことづくめ! 当然もう決まったよね」

「いやいやいや、そんな話まったくしてなかっただろ!?」

「なんだいなんだい、じゃあ綿乃たちのうちの誰かじゃイヤだってのかい。こんな器量良しどこにもいないよ。ん?」

 圧をかけられ、答えにとまどう。

「い、いや、それは……」

 居合わせたチェロたちは、おどろきながらも俺の答えが気になるのか妙にそわそわと落ち着かない様子になっている。まあさすがにこの話題は動揺するよな。

「みなさん素敵な女性だと思う……よ。ほんと、すごく……だけど、そんないきなりは決められないっていうか……」

 不本意にも、ごにょごにょとしか俺は答えられない。

「いきなり? 今までたくさん考える時間はあったでしょ!」

「……え、ええと。だ、だれか助けてくれ」

 苦笑いを浮かべながら綿乃たちに助けを求め目線を配るが、

「私は……その……ソウくんの気持ち次第かなって。……キャッ」

 なぜ頬を赤く染めて手ではさむ、綿乃。

「ま、あたしは答えはわかってるけどね。ヒラユキくんストーカー気質だし……」

 満面の笑みで萌音が言う。なにいってるんだ? この人。

「決断力はあらゆる場面で重要よ、ソウ」

 親のような冷たく厳しい目を向けてくるチェロさん。おっしゃる通りです。すみません。

「えっと……私は、そ、その……でも、ああ……」

 ヨサラはなにを考えているのか知らないが、ずっと頭を抱えていた。

 だれも味方はいないんかい! いや、そうだよな。だって世界の命運がかかってるわけなのだから。俺はただ俺のために戦っているつもりだけど、場合が場合であることは重々承知だ。

「で、だれとイチャイチャするか、答えてよ」

 ドスの効いた声とすごみのある表情で、ノパは鼻を俺の顔に押しつけんばかりの勢いで近づいてくる。

 たじろぎながら迷い、そのことをちゃんと考える。

 みんな素敵だと思う、そのことは本心だ。女の子としてかわいらしいのはもちろん性格も、綿乃はやさしいし、萌音は明るいし、チェロさんは頼りになる。ヨサラはなんだかんだでとても慕(した)ってくれるし、年少でありながら特訓にもついてきているくらい頑張り屋だ。

 みんな俺にはもったいなさすぎるような人たちに違いない。

 だけど、自分でもなぜかはわからないけど、彼女たちのことを俺は一歩引いて見てしまっている。仲良くなろうとはしてるけれど、それ以上になろうとはしていない。自然と距離をとってしまう。

 この子らのことは嫌いじゃない。なのになぜだ? 自分でもわからない。萌音たちがどうこうという問題じゃない、なにか自身のなかに見えない壁のようなものがあるんだ。

「自分でもわからない。なぜか、距離をとってしまうんだ。ま、待ってくれ。もうすこし時間が必要なんだ、すまない」

 俺はノパと萌音たちのほうを見やりつつ、その場を逃げるようにあとにした。というか、逃げたに違いない。

 情けないがあれ以上あの場にはとどまれなかった。

「ダンジョンは待ってはくれないよ!? やれやれ……あとで行くところがあるから、出かける準備しときなよ」

 去り際、ノパが言う。「もしかして精霊にしか発情しないとか、そういう趣味なのかな? ……まさか僕が狙われてたり!?」閉めた戸の向こうからかすかにノパがそんなことを困った風な調子で口にしているのも聞こえた。そんなわけあるか、と言ってやりたかったが、なんだかもう恥ずかしさで耐えられずその場から退散した。

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