第11話 アルスの故郷



 アルスの生まれ故郷はシャーノ国の領内だがはずれのほうにあり、汽車の停車駅からはすこし歩くらしい。

 その前にアクリル村でヨサラと合流したのだが、案の定、アルスの力を取り戻す一連のことについて話すと、反応は非常に悪かった。

「……というわけらしいんだ。別の方法を探るために、アルスの生まれ故郷に行くってことなんだけど……」

 ヨサラはうつむき、わなわなと肩を震わせはじめた。

 両手の拳をにぎりしめ、歯をかちかち鳴らしたり唇を噛んでいる。これは間違いなく怒っている。

 ヨサラは今までなにかとアルスへの敬意を感じさせる言動を見せていた。それが、女生と触れ合わないと力が取り戻せないなどと知ったら、どう思うか……。

「ヒラユキさん。あなたがアルス様なのかとてもうたがわしくなってきました……」

 彼女の口から聴いたことのない冷たい氷のように低く澄んだ声が出て、ふっと顔をあげると涙目になりながら詰め寄ってくる。

「魔法使えるようになるのに女の子が必要ってなに!? アルス様はもっと気高い存在のはずでしょ! こんな風に女の子とつるんだりしないの!」

 声を荒げ、乱暴に萌音たちの方を指さす。

「アルス様は……頭脳(ずのう)明晰(めいせき)かつとても気高くて紳士なお方で、精霊王様にすべての愛を捧げていたのよ! この方々はどなた!? いったいなんなんですか!?」

「こ、この二人は一緒に戦ってくれる魔女だよ」

 やれやれ、と言った感じで肩をすくめながらノパが説明する。さすが精霊、達観(たっかん)している。

「あはは……なんか歓迎されてない感じ……」

 綿乃は苦笑いを浮かべ、ヨサラに話しかけるのをためらっている様子である。

「はじめましてー!」

 萌音はそんなことを気にもとめていないのか、ヨサラの目線に合うように少し背をかがませながら手を挙げて笑顔を見せる。

「ふんッ。はじめまして」

 不機嫌そうにヨサラはそっぽを向きつつも、髪をたなびかせながらそう返した。

 そんな良くない雰囲気のまま汽車に乗り、アルケラの街を目指す。

向かい合った四人席で、俺の隣にはヨサラが、前には萌音と綿乃が座る。その二人は持参したお菓子を食べていた。

「あ、ヨサラちゃんも食べる?」

 萌音がポテチの袋を差し出す。ヨサラは最初こそ怪訝(けげん)な表情をしていたが、ひとつつまんで飲み込むと、意外そうに目を見開いた。

「なにこれ。けっこうおいしい……かも」

「もっと食べていいよー。あ、ヨウカンもあるんだよ」 

 おいおい遠足じゃないんだぞ。自分の眉間を指でつまみたいような思いで、俺は内心つっこむ。

 けどまあそれをきっかけに打ち解け始めたみたいだから、いいか……。

 窓際に座るヨサラは、お菓子を口で咀嚼しながら外に目をやる。

「アルケラね……手がかりがあるかしら」

 と、そんなことを彼女はつぶやいた。

「どういうことだ?」

 聞くと、こちらを見て応えてくれる。

「あそこ、あたしの学校があるんです。たしかに、アルス様の生まれ故郷にはちがいないと思います。……だけどなんていうか……」

 妙に言い淀んでいる。不機嫌なのとは関係なさそうだ。

「まあ、いけばわかると思います」

 意味ありげにヨサラは言っていたが、あまりいい風な言い方ではなかった。

 生まれ故郷だっていうのになにか含みのある感じだな。しかし着けばわかることか。

 常秋の街、と言われているだけあってアルケラの街路樹は紅葉し、秋のような涼しい風が吹いていた。色鮮やかだが、自分の知っている季節のそれと同様どこかさみしさも覚えさせる。

 駅を降りてすぐのところに凱旋門のような立派な建築物があり、そこにはケラの街と異国語で名前が彫られていた。

「ケラの街……? あれ、ここであってるんだよな」

「合ってますよ」

 淡々とヨサラは言い先導する。やはり機嫌はあまりよくないようだな。しかし、ケラの街とはどういうことだろう。

「アルケラじゃないのか……?」

 愛称とか、そういう類のものなんだろうか。つぶやいたが、聞こえないくらい先にすでにヨサラは行ってしまっていた。

 街自体はシャーノよりか小さい中規模なもので、民家が立ち並びそこからすこし離れたところに要塞のような背の低い城が見える。

 それを観光しにきたわけでもないので、アルスのことをなにか知ってそうな人を探すことにした。

 できれば歳を召している人の方が詳しいだろうと思い民家の隣の椅子に腰かけていた老婦人に声をかけてみる。

「裏切りの英雄について調べているんですが、どこに住んでいたとか御存知ありませんか」

 白髪の婦人は俺がたずねるまではおだやかに日光浴でもしているようだったが、俺に視線をやりつつ突然目を細めた。

「だれだいそりゃあ?」

「……え? あ、ああ、すみません。昔いた魔術師のことで、ここが生まれ故郷だと」

「知らないね、そんなの」

 ぶっきらぼうな態度で、老婆は首を振る。

 どういうことなんだろう。俺たちは呆気にとられた。ヨサラだけは、事情を知っているような冷めた表情でいた。

 次は、シルクハットをかぶり杖をついている、紳士風の老男性とすれちがい彼に声をかけてみた。

「裏切りの英雄について……」

 おだやかに対応してくれるだろうと思っていたのだが、老人は不愉快そうに顔をしかめると、

「かあー! っぺ!」

 地面に唾棄(だき)し、いまいましそうにこちらをにらみつけて去っていった。

 どういう……ことなんだ。

「おかしいな……資料ではこのあたりの生まれのはずだよな。なんでもだれもまともに取り合ってくれないんだ」

 いや、まともに話を教えてくれないだけじゃない。

「アルスさんって英雄なんだよね? なんでどこにもその名前とか、石像とかがないんだろう……」

 ぼんやりと感じていたことを綿乃が口にしてくれた。そう、なにかが俺たちの認識とはズレている。

「ヨサラ、なにか知ってるの?」

 ノパが単刀直入にきいた。

 そしてやはりヨサラはわけを知っているらしく、浮かない表情で首肯(しゅこう)する。

「……はい。アルス様は、シャーノの領内では忌(い)み嫌われています。特に、このケラの街では……。ケラの街は、英雄アルスの名をもじってアルケラの街と名を変えたのですが、彼が失踪し名前を呼んではいけない法令ができてからは、ケラの街へともどりました。アルス様が戦争から逃げてこの国を守る責務(せきむ)を放棄したことに、この町の人も多くが失望したそうです」

 なにもない広場にいる俺たちの間に、一筋の風が冷たく吹き通る。

「よっぽど嫌われてそうだな……」

「まあしょうがないよ。ヨサラ、アルスのことを記した書物がある図書館とか、資料館はないのかい」

 ノパの問いに、ヨサラは悲しそうに首を振る。

「私の知る限りではありません。いえ、正確には昔はそういう資料などをまとめた場所があったらしいのですが……市民の反発によって取り壊されたとか。私の通ってるケラヴァーサ魔法学院に、アルス様も一時期いたようなんですけど、痕跡(こんせき)は残っていませんね」

「そんなー……ここまで来たのに」

 萌音が頭を抱える。

「萌音ちゃんお菓子食べてただけでしょ……」

 綿乃が俺の思っていたことをつっこんでくれた。

「親族はいなかったのか?」

「そのようです」

 俺の問いに即座にヨサラは返し、

「ただ……アルス様が暮らしていたという小屋の跡地ならありますよ。そこにいけば、なにか思い出すかも」

 ヨサラの案内にしたがって住宅街の端へと向かう。

 そこは、街の中にある雑木林の前にあった。生い茂った草を踏み、林の前にあるわずかな空き地に入る。

 苔(こけ)むした石碑と割れたり折れたりしている看板があるだけの、ものさみしい場所だった。

 立札には裏切り者・悪魔など罵詈雑言の類の言葉が落書きされている。

 それを見て、俺たちが感じることはごくシンプルなことだった。それだけに、みな押し黙った。

 そこにひげを生やした細身の男が近づいてきて、俺たちに声をかけてきた。

「お前らか。悪党のことをかぎまわってる怪しい連中ってのは」

 見ると、制服のようなものを着ている上に胸にバッジをつけている。腰に銃があり、大きな態度からしてもおそらく警官だろうと思われた。

「警兵みたいだね」とノパが小声で言い、おそらくなと俺も同じように返す。

 それを察知したヨサラがいち早く返答する。

「私は巫女の末裔(まつえい)です。ダンジョンに関わるある任務のため調査をしています」

「ほうある任務……なぜ大罪人のことなど調べる?」

 こちらのことをどこかで聞きつけたか、疑ってかかってきている。もちろん裏切りの英雄への心象はよくないようだ。

「こんなペテン魔術師のせいで、我々がどれだけみじめで、肩身の狭い思いをしたか……」

 警兵は憎たらしそうに言うと、つかつかと跡地のなかに入っていき、石碑を蹴り倒した。

 そしてくっくと笑う。俺たちはドン引きしていたが、ただひとりヨサラだけは怒りに打ち震えていた。

「ゆるせない……アルス様を侮辱したことを取り消しなさい!」

 頭に血がのぼったか、ヨサラは数珠のついた杖を動かし、魔法を発動させかける。

「おい!」

 即座にその前に入り込んで止めるも、俺の肩の上にいたノパが杖の先に当たって吹き飛び、警兵の顔にクリティカルヒットした。その勢いのまま警兵は後ろに倒れる。

 そして、しりもちをつきながらこちらをにらみつけてくる。

「ぐお……貴様ら……! それに聞こえたぞ。アルスと言ったな……署(しょ)まできてもおうか!

「やばいよやばいよ……!」

 萌音が慌ただしくそわそわと跳ねる。

 ノパがやってくれたのか、上から突然に捕獲網が出て警兵をとらえる。時間稼ぎになってくれそうだ。

 その間に民家の立ち並ぶ路地を駆けて逃げまわるも、警兵は執念深く追ってくる。

 狩りをする獣のような目で、かつこの追いかけっこを楽しんでいるようだった。正義感が強いと言うかこうやって確保対象を追い詰めるのが好きな根っからの警兵なのだろう。今はしごく迷惑な話だが。

「すごい執念だよ!?」萌音が言う。

「ノパが殴ったせいでかなりおカンムリみたいだ」

「僕!? いやあれは事故で……」

 商店が立ち並ぶマーケットも突っ切って人ごみにまぎれようとするが、それでも警兵をまくことができない。

 おかしい。何度も振り切っていて向こうはこちらの姿を見失っているはずだ。なのに空に目がついているように正確に追い詰めてくる。魔法でもつかっているのか。

 空を見上げたが青い色がひろがるだけでなにもない。

「まだ追いかけてくるよ~」

 綿乃が苦しそうに言う。これ以上の逃亡は困難か。

 俺は一度ふりかえって、警兵が魔法の類をつかっていないか確認する。やはり警兵の姿はない。……が。

 そこで、ようやくこの状況の原因がわかった。

「いや違う……町民が俺たちの通ったところを教えてるんだ!」

 俺たちを目撃したおばさんや子供たちがひそひそとなにかを話している。彼らが警兵の目になっていたのだ。

「故郷(こきょう)の町民までアルスの敵とはね……英雄から一転、よくここまで嫌われたもんだよ」

 ノパが呆れぎみに言う。

「呑気に言ってる場合じゃないぞ。この町に逃げ場がないってことだからな……!」

「どうしよう!?」

 萌音が言う。彼女はまだ元気そうだが、最後尾にいるのは綿乃か。息が切れているのを見ても、綿乃の体力は限界に近いだろうとすぐわかった。

 思わぬところで俺たちは危機におちいることとなっていた。

どうしたものか憔悴(しょうすい)しきっていると、曲がり角から出てきた金(ブロンド)の髪に碧眼(へきがん)の女性が前に立ちはだかる。

「こっちよ」

 いきなり言い、彼女は古そうな建物の扉をあけなかに入っていく。扉は開いたままで、入れと言うことなのだろうか。

 しかし彼女とは面識があるわけではない。

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