第10話 おでかけ
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武具屋というその名前そのものの店にいき、そこでノパのアドバイスのもと萌音と綿乃は防具などをえらんでいた。
「どう?」
「かわいいー!」
そんなやりとりを俺は上の空で眺めている。
俺の分の装備は性能と利便性重視ですぐに選び終わったため、店内に置かれたベンチの上で座って彼女たちの買い物が終わるのを待っていた。手持ちぶさたなので、薬屋で買った変な味の薬液をビンから携帯する水筒へとうつしかえる。
「ソウ、ソウってば」
「……あ。え?」
ノパの声に気がついて、はっとなる。
「言ったよね? 強くなるためにはもっと触れ合わないと。いまだに三つか四つしか魔法を使えないんだから」
ああだかうんみたいな返事をしたが、正直ノパの話をきいたあとでもまったく萌音たちとコミュニケーションをとれていない。それどころか目を合わせることもむずかしくなってしまった。
「ノパ、さっきも言ったけど、結婚してもいない女性と触れ合うなんて……そんなはれんちなこと俺にはできない」
「なにがはれんちだよ。世界のためにちょろっとくっついたり手をつないだりするだけでいいんだよ。そうすればさっきみたいにすごい魔法が使えるようになるんだからさ! それでも本物のアルスはあんなもんじゃないよ」
一人でノパは張り切っている。
萌音と綿乃が装飾の多いきらびやかな衣装をまとって試着室から出てくる。まるでお姫様みたいな華麗さだ。
「おーい。どうどう? ヒラユキくん」
「えへへ……」
萌音と綿乃が装飾の多いきらびやかな衣装をまとって試着室から出てくる。まるでお姫様みたいな華麗さだ。
萌音は見せびらかしていたが綿乃は恥ずかしそうにしていて、俺もなんとなく見ていられず顔ごと横に視線をそらした。
「このハツカカイコの糸で編んだドレスは魔法の衝撃を軽減する効果があるんだよ。ってどこ見てんのさ、ソウ」
「あ、ああ。そりゃ安心だな」
女性のほうを見ずに答える俺を、視界の端でノパがぎろとにらみつけてくるのがわかった。
「どうしたの?」萌音がたずねる。
「女の子と触れ合うなんてハレンチなんだってさ」
はあとノパはため息をつく。萌音はくすくす笑って、
「へー……なんか今どき珍しいのかもね」
「硬派(こうは)で堅気(かたぎ)なところも素敵……」
綿乃はかぼそい声でつぶやいていた。
「だってさ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、俺の顔の前にまわりこんできたノパが言う。
「……」
思わず、自分の顔を手でおおった。
本当にやるしかないのか。いや、だが世界のためには……
愛、か。ノパは簡単に言うが、だれかを愛するって、そんなに簡単なことじゃないよな?
ナズウェンのダンジョンにもどり、探索を再開する。
今度は進路も修正しながら進んでいるため、深部へと近づいているはずだ。
しかし……
「ソウ! そっちの二体を先にやってくれ! へばってる場合じゃないよ!」
「ああわかってる!」
深部のほうが敵はより強く、そしてより多い。すぐに囲まれた俺たちは苦境に追い込まれていた。
しかもさらに悪いことに、俺自身の魔力がつきかけていた。街で休んだり魔力の強壮(きょうそう)薬(やく)を飲んだ分をいれても、この身体は魔法の連発にまるで耐えられないらしい。
胸が苦しく、視界がぼやける。ふらつきながらなんとかくらいついているような状況だった。まだノパと萌音たちのほうが善戦している。
どうにかブラムの数は減らせているが、こんな調子じゃとてもコアまでは……
「ソウくん!」
すぐ後ろで綿乃の声がして振り返る。彼女が手を差しだしてきていた。
「ソウ! 早く手をとって覚醒するんだ! それくらいわけないだろ!」
「……ッ」
敵のほうを向いたまま綿乃のほうへと剣を持ってないほうの手を出そうとするが、やはり躊躇(ちゅうちょ)してそうすることができない。
気づいたときには、ブラムの繰り出したいくつもの水の塊が俺の目の前まで迫っており、俺の視界は暗転した。
そうして倒れたあとなにも聞こえなくなり、意識を失う。
自分の部屋のベッドの上で目を覚まし、起きると頬が痛んだ。さすると、どうやら大きめの絆創膏が貼られているようだった。
そうだ、と俺は何があったかを思い出す。
結局綿乃の手をとることができず、ブラムにやられたんだ。
携帯をとって見る。萌音からのメッセージが届いていた。
『みんな無事だよ。ゆっくり休んでネ』
顔文字、それからスタンプとともにそうつづられている。
そのことに安堵するとともに、やはり実際に起こったことなのだなと再認識する。
みんな無事でいる。だが、コアは壊せていない。
あの時綿乃の手をとれていたら、なにか変わっていたのだろうか。
次の日、不機嫌そうなノパとともに学校へと登校する。
ノパは昨晩ほかのダンジョンの穴が開いていないか見回りにいっていたらしい。「だと言うのに君は学業とはのん気なものだね」、とさすがにガマンならないのか嫌味を言われた。
学校はいつも通りだったが、萌音と綿乃に会わないと言うわけにはいかない。
朝着いてすぐに廊下に出て、二人の教室の前に向かった。
二人も会うつもりだったのか、ドアのあたりでばったりと出くわす。俺は二人を見るなり腰を折り頭を下げた。
「すまない。俺のせいで……」
「ヒラユキくんのせいじゃないよ!」
萌音は笑って言う。
「それになんでか、ブラムも一瞬で消えちゃったんだよねあのあと」
不思議そうに綿乃が顎に手をあてている。
「そうだったのか……。でも、危険なのはわかっただろう。ノパはああいうけど、二人はダンジョンには関わらない方がいい。それが一番安全だ」
「そんなのだめだよ。ヒラユキくんが一人で背負い込むことになっちゃう」
萌音は真面目な顔つきになって言う。
「怖いけど……ソウくんと一緒なら、大丈夫って気がするの」
綿乃の言葉は、今の俺には荷が重かった。うつむきかけたが、二人がやる気を出しているのに俺が自信のないところを見せては不安がらせると思い、すぐに顔をあげた。
「だけど、アルスさんの力を引き出すには、その……あれなんだよね」
萌音が言いづらそうに身体をもじもじとくねらせて小声でつぶやく。
押し黙る俺たちを見て、ふうとノパがため息をついた。そこに、綿乃がパンと手を叩いて明るい声を出す。
「そうだ! ねえ愛の気持ちを思い出せば昔の精霊王の力を取り戻すんだよね?」
「そうだね」とノパが答えた。
「じゃあさ、『デート』すればいいんだよ」
にこやかに言う綿乃に、俺と萌音はぎょっとなる。ノパだけはうなずいて、
「デートかぁ。うんいい考えだね」
「でしょ?」
「ちょっと待て。デートというのは、異性やカップルなどがどこかへ遊びに行くことだろう。学生の分際でそんな……」
「だいじょーぶだいじょーぶ。でかけるだけだもん!」
「ちょ、ちょっと綿乃ちゃん。ずいぶん乗り気すぎない……?」
「出かけるだけと言ってもな……」
「心配だから、あたしもついてくよ!」
萌音が言う。あんたまでくるのか。
「どこがいいかなぁ。やっぱり遊園地とか? それともー初めてだし公園とか?」
目を閉じて妄想にふけっているのか綿乃はどことなくたのしそうに見える。
「ソウ、お出かけくらいならさすがにできるだろ」
呆れ気味にノパが挑発してくる。
「たしかに……考えられるなかでそれがもっとも健全か。……じゃあ、そうだな、御両親の許可を取りにいかないと……」
「はいもうメールしました! つべこべ言わずに今日の放課後いくからね?」
綿乃は満面の笑みで言い聞かせてくる。すごいやる気だ。「使命感にあふれているな……」
なんでこの人、こんなダンジョン攻略に乗り気なんだ。生まれながらに強い正義の心を持っていたんだなきっと。
そんなわけで放課後、俺たちは遊園地でひとしきり遊んだ。
ジェットコースター、観覧車、お化け屋敷、とにかく時間の許す限り園内をうろついた。萌音と綿乃の二人は楽しそうに自撮りをしたりクレープを食べて盛り上がっていたが、俺はというとこれで果たして強くなれるのかずっと疑念を持っていた。
最後にノパを入れた4人でプリクラとやらを撮ったあと、もう日も沈んだので帰ることになる。
地元の駅についたころにはもう夜だった。二人の家族が心配していないか、俺が心配していた。
「あー楽しかった!」
綿乃は伸びをしたあと、俺のほうをみて微笑みかける。
「でももっとゆっくりしたかったねー」萌音が肩をすくめて笑う。
「でも、制服デート!」
「だね!」
なにがだねなのかわからないが、二人は楽しそうに手を合わせてぴょんぴょん跳ねていた。
「本当にこれでアルスの力が使えるようになるのか……?」
自分の手の平を見つめるが、実感はない。
「やっぱり僕の見立ては正しかったね。女の子と一緒に過ごしただけで、魔力がどんどん上昇している」
目の前のノパがうんうんとうなずきながら言う。
「マジで!?」俺ではなく、萌音が真っ先におどろきの声をあげた。
「ただ……効率が悪い。アルス本来の力を取り戻すのに、デートだけじゃ一年以上はかかると思う。このままダンジョンにいってもまた前と同じだろうね。もっと手っ取り早くソウを強くしないと」
「……手っ取り早く」
萌音がつぶやき、綿乃と顔を見合わせる。
駅前の小道を歩きながらそんなことを話す。もう綿乃の家がすぐそこに見える。
「私はソウくんなら……いいよ」
顔を赤らめて恥ずかしそうにしながら、綿乃が言った。
突然のことで、俺は反応ができなかった。
「それはだめだよ! 世界を救うためにそ、その……キスとか恋人らしいことをするなんて不純異性交遊だよ!」
萌音があわあわとばたついた動きで綿乃のまわりを動く。
「ええーでも私はむしろしてほしいっていうか……だめかな」
うっとりとした瞳をこちらに向けてくる。いまいち会話についていけておらず俺は茫然(ぼうぜん)となるばかりだった。
「だめだめ!」
萌音は必死に食い下がる。さすがに俺も意見を言うことにする。
「俺も、結婚していない女性と触れ合うというのはかなりどうかと思う」
「君も君でめんどうだね!?」
萌音がつっこんでくる。あんたはどっちの味方なんだ。
「とにかくわたちゃんは純粋な子なんだからよくないよ! それなら私が代わりになるよ!」
と、萌音は言って恥ずかしがりながら自分の胸に手をあてる。
「罰ゲームみたいにいうのはやめてくれないか。すこしダメージがある」
注意を言い終わって、気づくと綿乃がすぐ目の前に立っていた。彼女のおでこと瞳がはっきりと見える。
「さわっていいよ……」
やわらかそうな唇をうごかして、彼女はそうささやく。さすがにこれには慌てた。
「さ……ええ!? なにを? どこを!?」
「どこでも……」
「ドア!」
萌音が綿乃の背中を横から押して、俺から引き離す。
「なんだよ!? いいトコだったのに!」公園のベンチの上にいるノパが悔しそうに地団太を踏んでいた。
「やはり難しいな。短期間では、友愛などならまだしも、本当の愛情となると……。それに、アルスは愛妻家で、とても前の妻のことを好きだったんだろう? そのつながりを取り戻すとなると、一日やそこらじゃ……」
俺は言いながら、肩をすくめる。
よく考えたがそう簡単にはいかない。こちらの都合に萌音と綿乃を巻き込むのも申し訳ないしな。
「……ノパ。やっぱり俺たちは別のやり方でいくよ。地道にトレーニングしたりさ」
考えていたことを素直に打ち明けた。しかし、それでノパが納得してくれるとも思っていない。すべり台をおりながらノパは言う。
「ナズウェンのダンジョン≪レスタノ≫が完全にひらいちゃってるのにトレーニングなんてしてられないよ! 今にも被害が出るかもしれないんだよ?」
「ああ。でも他にも基礎的な練習をしたり、できることはあるだろ。魔法の特訓をしっかりやって……」
ノパは不満げな顔をしていたが、やがてはぁと息をつき肩を落とす。
「まったく……変なところがマジメなのはアルスそっくりだよ」
そう言い、「実はほかにも案はある」ノパが続けた。
「いいトレーニング方法があるんだな?」
「それはもうあらかた試したよ。ソウ、今の君に魔法のセンスはない。だから特訓じゃ時間がかかりすぎるんだ。はっきり言って君は萌音や綿乃よりこのままじゃずっと弱い」
きっぱりと明確にされて、わかっていたことだが俺はすこしショックを受けた。まあダンジョンでの戦闘でもそれはうすうす感じていた。
アルス本来の力のおかげで時々の爆発力は存在するのだろう。だが魔法を連発する体力や魔力とやらが欠けている。そのせいでダンジョンでは二人を守るどころか、足を引っ張る結果になった。
ノパにはさすがにお見通しのはずだ。
「というより安定感に欠けているというべきか。それを打破するために……最善ではないけど、ひとつ手があるよ」
「教えてくれ」
「うん……。カクジツとはいいにくいんだけどね。アルスデュラントの生まれ故郷、アルケラに行くんだ。そこなら、なにかアルスの手掛かりがあるかもしれない」
「……生まれ故郷」
アルケラ、か。
「たしかに故郷なら、情報がのこっててもおかしくないかも……」
萌音がつぶやく。そのとおりだ。
「どうする? 行くかい?」
たずねられ、間を入れずにうなずいて見せた。
「ああ。アルスのことをもっと知りたいと思っていたしな……」
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