第7話 ダンジョンの恐怖
ダンジョンの球体に穴があいており、そこに白い空間がひろがっている。カンデラさんたちに続いて入ると、なかは暗い洞窟のようになっていた。ところどころ人工のトンネルのような部分もあり、統一性がなく気味が悪い。
先頭を行くハンターと最後尾の人がたいまつを持ちなかを進んでいく。俺たちは中央で、カンデラさんたちに囲まれながら進んだ。
彼らはじっさい一緒にいると気のいいおっちゃんみたいな人達で、こちらの質問にもあれこれ答えてくれた。
「ブラムはダンジョンのコアから生み出されている。つまりダンジョンは深くにいけばいくほど危険でな。だが逆にいえば、浅い階層はほかのハンターも多いし、珍しい鉱石や植物が手に入る宝の山ってわけだな」
「宝の山……」
「科学の発展にもつながるし、俺らとしてもいい稼ぎになる」
「なるほど」
「つーわけでよお、まああの次期クラウンなんて言われてるべギル達オバージュみたいなやつらもいるが、俺たちヘルファイアみたいに稼業(かぎょう)、ビジネスとして考えてるやつもいるってわけだ。そのついでに下級ブラムの一匹や二匹狩れば、それだけでハンター協会をとおして国から報酬ががっぽり手に入るしなあ」
しずかな洞窟に俺たちの声と足音が不気味にひびく。
カンデラさんはそう話しながらも、周囲に気をくばり仲間たちの採集行為に危険がおよばないか常に注意している。
「軍隊みたいのは動かないんですか」
と俺がきくと、
「いやあ軍隊なんてのは……まあダンジョン探索に派遣されることもあるが、だいたいは首都や王国なんかの防衛のために配置されてる。ま、それも民衆を守るためには必要だがな」
「かなり苦労しているんですね……」
「ダンジョンはあまりに広すぎるからな。短期戦とはいかねえ。ダンジョンのコアをぶっ壊してそのかけらを持ち帰ったやつは特別表彰されるわけだが、早い者勝ち制度でもぜんぜんダンジョンは攻略できてないのが現状だ」
「ダンジョン……1000個くらいあるとかききましたけど。まだそのうちの50くらいしか走破してないんでしたっけ」
「らしいな。聞いた話じゃ、一面砂漠の海や、灼熱の煉獄みてえなダンジョンもあるらしいからな。クラウンみたいなエリートでも一筋縄じゃいかねえんだろ。コア探しやダンジョン攻略はクラウンみたいなゴールドクラス以上の連中がやればいいっつー雰囲気になってるのもたしかだな」
「でも、それじゃどこかのダンジョンからブラムが出たら、兵士のいないような村は……」
俺はアクリル村のことを思い出しいう。
「……ああ。だが、前線でたたかえるようなやつらは、ほとんどリタイア、再起不能になっちまった。そりゃクラウン任せにもなるさ」
皮肉めいた笑みを見せているが、どこか痛みや教訓をともなった言葉にも感じられた。
「おっと、だからって俺らのことを見損(みそこ)なってもらっちゃ困るぜ? 資源を集めて戦力をたくわえるのも立派な任務だからな」
ニッとカンデラさんが笑う。自覚はないのかもしれないが、子供が見たらいきなり泣き出しそうなほどドスの効いた笑みだった。
「……はい。わかってます。今回の依頼を引き受けてくれて、本当に感謝しています」
「……おう。巫女の護衛ができるなんて、孫の代まで自慢できるぜ。まあ相手はいねえが……。アルスデュラントみてえに後世の人間に悪口いわれるようにだけはなりたくねーぜ」
その名前がでてきて、俺は口をつぐむ。
すぐそばで俺の服のすそをにぎっていたヨサラの小さな手に、きゅっと力が入るのがわかった。
「そういやお前さん、あの裏切りの英雄アルスの名前を堂々と口にするとは恐れ入ったぜ。……まさか親戚(しんせき)ってことはねえよな? だったらわりぃこと言っちまったな……」
「いえ、そうじゃないですよ」
肩をすくめて愛想笑いをする。
「そうか。そうだよな。本当にいたかもわかんねえ人物だしな。だいたい厄災をひとりでどうにかできるなんてさすがに怪しいもんだぜ」
「……たしかに」
俺ですら、正直いまだにアルスの人間像をあまりよくつかめていないしな。
そのとき突然、ヨサラの声が洞窟内にひびいた。
「こんなのアルス様じゃない!!」
彼女を見ると、うつむいてわずかにふるえていた。ヘルファイアのメンバーも面食らっている。
うわ、めんどくせえ。
俺が歩み寄ると、ヨサラはキッと俺をにらんだ。
「どうして弱虫みたいになにも言い返さないの!? それに、ダンジョンの一つや二つ簡単になくせるでしょ!? 今すぐやってよ! やりなさいよ! 本物なら!」
目はわずかにうるんでいるようも見えた。突然態度が変わったので、俺は意表をつかれてなにも言えない。
しかしおそらくアルスを信奉している彼女にとって、アルスを悪く言われることはガマンならなかったんだろう。ましてや本物の前では。本人がへらへらしていれば、気に食わないのも当然か。
俺よりも、ハンターたちがあわてている。
「おいおいどうしちまったんだ!?」
「だから言っただろ。こんなかよわい子供にダンジョンは無理だって……」
そんなことを口々に言い合っていた。
俺はヨサラに向かって、目を合わせて言い聞かす。
「ヨサラ……。お前の言ってることは、俺もそう思う。なにも自信はないよ。なにもな。だけど俺はただ指をくわえて待っていても、いずれブラムにやられてしまう。無理につきあわなくていい。無意味に命を落とすこともありうるんだからな」
自分の考えていることを素直に打ち明けた。ヨサラはまだ不満そうにしながら押し黙り、俺に背を向ける。
そこに、ハンターの一人の野太い悲鳴があがった。
進路の先を見ると、ブラムが一体出現したようだった。どうやら姿を見る限りあのブラムは下級のものだろう。ブラムにも強さで階級があるらしく、ノパによれば怪獣みたいな筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)のタイプとか珍しい奇妙な姿をしたものは中級以上で、羽根が生えていたり動物や人型に近い姿のものは下級であるらしい。
今俺たちの前にいるのは痩せたサイのような、もしくは神話の生物ガーゴイルに似たブラムであるので、おそらく下級だろうと思われた。ノパには生き物の持つ魔力とやらが見えるそうだが、俺にはよくわからないのでそれくらいでしか区別がつけられない。じんわりと色のついた蒸気のようなものが見えるような気はする。
「クソッ。ブラムが出ちまったか。おめえら気合いれてけよ!」
ハンターの一人が鬼のような形相で怒号をとばす。
「二人とも、俺のうしろにかくれてろ」
カンデラさんが斧(おの)をたずさえて俺たちの前に立つ。お言葉に甘えて戦いを見守ることにする。
先輩ハンターたちは、なんというか、ものすごくまっとうに戦っていた。
弓矢や魔法で戦う者もいれば、火縄銃のような原始的な鉄砲をつかって連携したりもしている。
しかし、なんというか、攻撃力、威力がないというのか、必死にやっているが悪戦苦闘している。
今まで自分の戦闘のことを思い出すとなんだかんだでこれよりは苦戦せず片付けられていた。そう思うとやはりアルスの技はすごかったんだな。
ブラムが倒され、コアをハンターが手中に収める。
傷ついた人に、元気な者が治療薬と包帯を巻いたりしていたので、俺とヨサラもそれを手伝ったり魔法をかけたりした。さすが巫女とそのお伴(とも)だ、とカンデラさんは感嘆(かんたん)していた。
すると突然ハンターの一人が笑い始めて、ついには全員大歓声をあげた。俺とヨサラが戸惑っていると、
「やったぜ! これで俺たちもいっぱしの小金持ちだ!」
一人が言った。「そうなんですか?」ときくと、
「コアは燃料とやらになるらしくてな。高く売れるんだ。だれも大ケガせずに済んだし儲けもんだぜ」
カンデラさんが上機嫌で教えてくれる。
「今日はひきあげるぞ。ヨサラ様とヒラユキよお、見ての通りダンジョンは危険なところだ。これ以上はあぶないからやめたほうがいいぜ。じゅうぶん調査はできただろう?」
「……あ、ああ。はい。ありがとうございました。ここまでで大丈夫です」
だいたいダンジョンの雰囲気はつかめたし、ヘルファイアの方々の協力もあって無事に済んだ。
「ヘルファイアのみなさん、今日はどうもありがとうございました」
ヨサラがぺこと頭を下げる。
「おいおいよしてくれよ」
カンデラさんは照れているのか、顔を赤くしている。
このとき突然、地震のように足元が揺れ、建物全体がぐらついた。足を負傷していたハンターの一人がよろけて倒れる。ヘルファイアの面々の反応を見るに、かなり驚愕(きょうがく)しておりこれはどうやら普通には起こりえないことらしい。
やがて揺れはおさまった。しりもちをついていたハンターの一人が、「おいちょっと手を貸してくれ」と仲間に言い、手を借りて立ち上がろうとする。
「え」
ガコッという鈍い音とともに、彼の足元がへこんだ。そうして地面はバラバラに砕け散っていき、俺たちがいたところも下方の暗闇へと崩れていく。
気がつくと俺はヨサラを守るように抱きかかえて倒れていた。
彼女と共に起き上がり、あたりを見回す。ヘルファイアのメンバーたちがうめきながら目を覚ましている。
さきほどいたところから落ちて来たようだが、すこし景観がちがう。壁に赤みが増し、絵のようにオレンジ色の光がほとばしっている。
そして、まるで火山のなかにいるかのように熱い。足元には水が浸っており、それが光に照らされてオレンジ色になっている。サウナにいるような気分だ。
「なんてこった。まずいことになったぞ。中層地帯まできちまった」
カンデラさんが顔をくもらせて言う。
「中層地帯?」
俺がきくと、
「ダンジョンのコアからブラムは生み出される。だから下層にいくほどやつらは多いってわけだ。とにかく、出口を探さねえと……」
俺たちは大きな通路のようなところにいたが、どちらが上層へと続く道なのかまるでわからない。
途方に暮れていると、どこからか足音が聞こえるのが聞こえた。ほかのハンターたちもそれに気づいたようで、ざわめきだす。
ブラムに見つかったら最悪だ、と俺は思う。同じことを近くにいたハンターが小声でつぶやいていた。
あらわれたのは人だった。俺たちを見て「なんだ?」
ととぼけた声をあげる。
「おいおい、物資を集めるのが仕事の採集班が下層におでましかよ」
さきほど広場で話した男、べギルだった。そのパーティの二人もいる。
「上をみろ、べギル」
貫禄のある大柄なひげの男が上方を見上げて言う。それにべギルも気づき、
「あぁ……。床トラップにかかったか」
「運がない」
悔しそうに、カンデラさんがうつむいて言う。
「違うね。ダンジョンは生き物だから、ハンターを排除しにかかってんだよ」
べギルは鼻で笑うように言った。
ダンジョンが生き物だと言ったか。それはどこまで真実なんだ。ただの比喩や冗談なのか。
「地図を貸せ。私たちがきた道をたどれば帰還できるだろう」
オバージュの一員である女剣士がハンターに言う。彼女がハンターから地図を受け取ると、そこにルートのような模様が浮き上がる。あれも魔法の類か。
そのとき、一斉にハンターたちがある場所を見た。そこには魔法陣が出現し、そこからブラムの群れが飛び出してくる。
どういうことだ。まるでこちらを探知できているかのようなあらわれかただ。まさか、俺の、アルスのせいだったりするのか。
「またトラップか……」
俺はつぶやくように言う。
が、べギルがすぐに俺の考えを否定した。
「言っただろ。ダンジョンは生き物だ。生体反応が多いほど排除しようとする。集合しちまってる今の俺たちは格好の的だ」
「そんな……本当なのか!?」
ハンターの一人が驚愕して裏返りぎみに声をあげる。
「ハンター協会には報告したが、やつら認めたがんねえからなぁ。なんか認めるとまずいことでもあるのか、それか大昔に大罪人アルスデュラントが発見したことだから、認めたくないのか……」
めんどうくさそうに頭をかくが、べギルは笑っていた。
壁が崩れ、そこからも気味の悪いブラムがわらわらと出てくる。さきほどまでブラムは数体だったが、次々と魔法陣が壁のいたるところに出現し、こちらを取り囲むように数を増やしていく。
わずか数十秒で、この大きな通路を埋め尽くすほどのブラムの包囲網ができあがり、俺たちは完全に閉じ込められてしまった。
ヨサラが震えているのがわかり、俺は彼女に声をかける。
「すまないヨサラ、こんなに危険なところならやっぱり来てもらうべきじゃなかった」
しかしヨサラは俺をきっと見つめ返し、強い語調で言う。
「あなたがアルスかどうかはわからない……だけど、守るのが使命……!」
「いや……さすがにそれはそのとおりにさせるわけにはいかないよ。できるだけ俺の後ろにいてくれ」
俺たちが話していると、
「おい採集班! せいぜい俺たちのジャマすんじゃねえぞ。自分たちの方角だけ死守しろ。いいな」
べギルが怒鳴り声をあげ、返事を待たず敵に切りかかっていった。べギルは忍者のクナイのようなナイフを、逆手にして二刀で使っていた。その刃はただのそれではなく、緑色に輝きを放っている。なにかの魔法をまとわせているのだろうか。刃自体の色が変わっている。
今まで俺は御神刀のまわりに炎のうずが出るような使い方しかしていなかった。ああいう風な使いかたできれば、刀の攻撃力がさらに増すのかもしれないな。
ヨサラに傷を負わせるわけにはいかないので、俺も見様見真似でアルスの御神刀への力の込め方を変えてみた。刃に炎をしみこませるような感覚を集中させると、期待していたとおり切っ先まで深い真紅になった剣へと変わる。
息をのむほど見事だったが、しかしその美しさに見とれている余裕はなかった。アリの巣のなかに裸で放り込まれたような状況のなか、オバージュの面々は頼もしく敵を蹴散らしていたが、ヘルファイアのほうはそうはいかない。元々手負いな上ブラム一体を倒すのにやっとな戦力だ。最初は維持できていた陣形もみるみる崩れ、ハンターたちはブラムにいいように殴られっぱなしだった。
味方の人数は俺とヨサラを入れて12人。傷ついた者から陣形の中央へと下がるが、敵を倒さない限り逃げ場はない。
カンデラさんたちは連携して俺とヨサラを守ろうとしてくれていた。討ち洩(も)らした分を俺が仕留めていく。やはり手ごたえとしてもこの真紅の刃の状態だと斬撃が強い。あの炎を飛ばすのは遠距離攻撃というわけか。
ヨサラも杖をつかって時々魔法で反撃していた。見事に敵に当てており、その実力は俺より格段に上だろうと思われた。
ヨサラに傷一つでもつけないようにと無我夢中に戦っているうち、やがて壁のいたるところに発生していた魔法陣は消え、あとには消耗しきったハンターと俺たちだけが残った。と言っても、ヘルファイアの面々は俺とヨサラ以外息絶え絶えになっている。
「彼らは無事か?」
コアへと変わっていくブラムの死体の山の向こうから、女剣士の声がした。息が荒く、乱れているのが音でわかる。
「あのガキどもは死んだだろうな」
そうしてべギルがこちらと目をあわせると、信じられないといった風に愕然としていた。
「ほぉ、生き残ったか」
すぐにいつもの嘲笑(ちょうしょう)するような表情になったが、その前はあきらかに目を見張っていた。ヨサラと俺がまっさらな無傷であることに驚いているのかもしれない。たぶん戦えるとすら思ってなかったのだろう。
ヘルファイアの人たちに手当してから、オバージュに守ってもらい一度ダンジョンを脱出した。
ヘルファイアの面々は「あんたらすげえな。有望だ」などばかり言い、手当のことに感謝していたが、むしろこちらが感謝していると伝えた。彼らのおかげでだいぶダンジョンの情報を手に入れることができた。
生命反応が多いと敵に見つかりやすい、か。どこまで真実かわからないがダンジョンを攻略するための手順はだいたいイメージできた。
これで、俺たち側のダンジョンもいずれは除去できるはずだ。
べギルの言っていたことも、すこし気にかかるが……
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