第6話 フィアモズの世界
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家の近くにある高台の空き地で、俺と萌音はノパの指導のもと魔法の練習をしていた。
小さな石ころを動かしたり、魔法でそれを包んだりするようなノパ曰(いわ)く初歩的な訓練である。萌音はすでに水の魔法を使いこなし石を水で包んで自在に持ち上げている。
いっぽうで、俺は石をぴくりとも動かすことができずにいるわけである。
石のまえであぐらをかいて、うんうんうなってみたり、精神を集中したりして見たが、やはり石に不思議なことは起きない。
萌音はすでにお手玉のごとくできているというのに……なぜだ?
ノパからの冷ややかな視線が痛い。
「あっれー? ヒラユキくん、ぜんぜん石をうごかせてないねえ。……大魔術師の生まれ変わりなのに」
ぷーくすくすと笑いながら、萌音が俺をあおってくる。
絶望に満ちた目で、状況を的確に表した事柄をノパがつぶやき頭を抱えている。
「どうしてきのうは上級のブラムを、一撃で倒せるくらいの魔法が使えたのに、今日は石をうごかすことさえできないんだ……まったく」
「もしかして。私のファンだからお近づきになれてテンションあがっちゃったとか?」
このこの、とからかうように目を細めてつんつんと指で俺の耳を押してくる。
「ち、違う。そもそもあの日あとをつけてたのはブラムを警戒してのことであって……」
「へー?」
にやにやと萌音は口元をゆるませる。
すると、俺の前にあった石がわずかにだがぴくりと揺れた。
「今のは……?」
ノパが目を丸くしてそれを見て言うが、ただ風に揺れただけかと思ったのか、すぐに口をつぐんだ。
俺は萌音に向けて言う。
「きのう説明したとおり、俺たちはあのダンジョンっていうのをなんとかしないといけない。あそこからブラムって魔物が大量に出てくるからな」
「なるほど。なんだか大変そう」
むむ、と萌音は眉間にしわを寄せる。
「だから早くダンジョンをなんとかしたいんだけど……」
俺は頭をかいて、石を見つめる。こんな調子じゃあな。
「まだここの近くのダンジョンは開いてないみたいだね。でも、……ソウ、僕らが会った日をおぼえてる?」
ノパがきいてくる。
「ああ」
「あの日、たしか東京ってところかな……そこのダンジョンが開いてしまって。今は魔法で穴がひろがるのをおさえてるけど、すぐにダメになると思う」
「じゃあ、やっぱり早くダンジョンをなんとかしないといけないな。今日にでも……」
言うと、即座にノパが声を荒げる。
「今行ったら返り討ちにされて終わりだよ! ソウは魔力自体がぜんぜんないから、魔法を一発か二発撃ったらガス欠になる。僕ももう力を使い果たしちゃって役に立てそうにないし」
「ノパくんて、ダンジョンをひとりでどうにかできるくらい強かったんだ」
話を横で聞いていた萌音が褒めたたえる。
「まあね。いちおう精霊だから。ソウを守るために生まれた……」
言い方になにかトゲを感じるのは気のせいか。
「精霊? すごーい!」
「でも、肝心のソウが『これ』じゃあね」
ため息まじりにノパは肩を落とし、
「はっきり言って萌音のほうがまだ世界を救える可能性があるよ。精霊王の生まれ変わりかもしれないし」やけ気味に言っていた。
「あ、あたし!? う、うーん。怖いけど、でもがんばるよ! 世界すくっちゃお!」
かるっ!? そんなノリでいいのか。まあこの人会ったときからからこんなだったな。
「そんな簡単にできるもんじゃない。きのうの化け物が無限にわいてくるんだぞ」
現実を知らせる意味もあって、牽制のため忠告しておく。萌音は向こうの世界フィアモズが大変なことになってるのを知らないから強気になれる部分もあるはずだ。
「でも、ノパくんは私に精霊王か、魔女の才能があるって言ってるよ」
「だけど……命を失う可能性だってある」
「それは、わかってる。そりゃ、怖いよ。あんなのが大群で襲ってくるんだもん。でも、他の人たちには見えてない。あたしがやらないと」
萌音の目はうるみながらも、気迫がこもっていた。すごい責任感だな。しょうがなくやってる俺とはちがうらしい。
「それにあたし、毎年初詣(はつもうで)は世界平和をいのってるからね! 世界がなくなっちゃうなんて……やだよ。あたし、やりたいことまだいっぱいあるもん。友達も、家族も、守れるなら……がんばりたい」
見事なまでの意志表明だったが、俺は温度差を感じて口からわずかにためいきをもらす。
「君がアルスだったらよかったのにな……」
つぶやいて、自分の状況をいまいましく思いながら萌音から視線をはずす。
「その意気だよモネ! ソウはたよれないからねぇ」
「もっと魔法を教えて、ノパ」
「うん。じゃあ、おさらいをしようか。フィアモズは、魔柱(まちゅう)という魔力の柱によって世界のあらゆるバランスがたもたれていると言われている。世界の成り立ちそのものが魔力という不思議な力でできている、という考え方なんだ」
「ふむふむ」
萌音は興味深そうに相槌をうつ。俺もこの話は何度か聞いた。
あちらの世界は魔力が生活とむすびついており、魔法というのは身近にあるものであるらしい。こちらでいう科学のような役割を果たしているようだ。
「魔柱にはそれぞれ、炎神、水神、風神雷神地神、光神闇神、無神と根源属性がわかれている。本来自然界にあるその力が体内にとどまりやすい人のことを、魔女と言うんだ。それぞれ得意な魔柱や強い魔柱の属性がことなっていて、ふだんの生活でも不得意な属性の魔法なんかは魔力のこめられた道具にたよることになる。……ちなみに全盛期のアルスは、すべての魔柱を100%つかえたと言うよ」
ちら、とノパがこちらに目線を流してくる。
「なるほどぉ」
「どれだけ神の柱の加護を感じているかが、魔力に影響する。常にリラックスして、自分の中に魔力の柱があるイメージをするんだ」
「柱……柱……」
ノパと萌音はふたりで盛り上がっていたが、俺は別のことを考えていた。
俺はすでにこの方法はためして習得できなかったので、そうしているくらいしかなかったのだ。
「巫女が、むこう側のダンジョンはすでにいくつも開(ひら)いていると言っていた。ダンジョンのことももっと知っておきたい……調べにいってくる」
言うと、萌音は首をかしげていたが、ノパはうなずいた。
「そうだね。向こうでも魔術師とかがすでに探索をはじめてるはずだし、情報をあつめるのも必要だね」
「ああ」
「向こう側って、なんのこと?」
萌音が不思議そうに見つめてくる。
「魔法の世界がある。アルスはそこから生まれ変わったらしい」
「ええ!? なんかすごいね……」
萌音はおどろいたあと「小さいころ魔法とかあこがれてたんだよねー。……あたしも行きたい!」と目を輝かせて手をあげた。
「向こうはブラムだらけだぞ」
と言うと、
「やっぱり待ってます」萌音は真面目な顔になり敬礼ポーズをしていた。
「僕もこっちに残ってダンジョンを監視しておくよ」
ノパと萌音を残して、俺はふたたびアルスの世界フィアモズへとおもむく。
まず最初に巫女にあい、ダンジョンの情報を集めたいことを伝えた。
「でしたら、ナズウェンの炭鉱都市でしょうな。汽車で行けます」
汽車があるのか。俺はおどろきつつも、謝意を述べる。
「またヨサラを連れて行くのがいいでしょう」と巫女が言う。
「……え。でも」
「巫女は一種の身分を示すものになりますから、動きやすくなるはずです。それに仕事上あちこちの僧院をたずねることもあるので、地理にも明るいですじゃ」
なかば押し切られるような形でまたヨサラと遠路をゆくことになった。
ヨサラはどことなく使命感に燃えているというのか、やる気に満ちて楽しそうでもあったが、俺はというとこんな小さい子をあずかってはぐれたりブラムの危険がおよばないかと内心はらはらしていた。
「ナズウェンがどんなところか知ってるかい」
汽車に揺られ、窓の外にひろがる草原をながめながらヨサラにきく。
「一度いったことがあります。そのときは炭鉱で働く人が多くいる街でしたが……おばあさまから聞いた話では、今はたくさん冒険者、つまりハンターの方がいて治安が悪いとか」
「治安がわるいのか……」
ますますだいじょうぶなんだろうか、と不安になる。
「あちこちを回るって言ってたけど、巫女ってそういう仕事なのか」
「はい。この地方ではいわゆる神官のようなことをしています。厄災が起きないように祈祷(きとう)のおまじないをしたり……さすがに巫女にそこまでの力はないのはみんな知っていますが、それでも巫女はいろいろと魔法をつかえるのでやることはたくさんあります。巫女は魔柱の力を増減させることができるので、やせた農地でも雨を降らせてゆたかにしたりできるんです」
「大変そうだな」
そんなことを話しているうちに、そのナズウェンとやらに到着する。駅はしごく簡素なもので、俺たちの世界でいう無人駅のような単純な見かけをしている。
たしかに炭鉱都市というだけあって、そこらじゅうになにかの機械によって蒸気が発生しまん延(えん)していた。
そして切り開かれて剝(は)げた山と、そこに発展した街、そして山の向こうに黒いオブジェ――ダンジョンが見えた。
さて、まずはハンター協会に行けと巫女に言われている。
蒸気のなかを歩いて、街をうろつく。
シャーノとはまたちがって武装した兵や、山賊のような恰好をした荒くれものたちが目立つ。
やはりダンジョンがすぐ近くにあるだけあって、それだけ空気もはりつめている。若い俺とヨサラを眺(なが)めるハンターたちと思われる者らの目が、ピリついているのが伝わる。
それに建物もあちこちが崩れていたりガラクタや廃材などが置かれたまま放置されている。大嵐でもきたのだろうか。
「おう待ちなそこの若えの」
ドスのきいた声がして振り返る。短い坊主頭の屈強なハンターが、こちらを見おろしていた。
「そう怖がるこたあねえ。道案内してやろうと思ってな」
いかにも怪しいのだが、とりあえずここは素直に受け取っておくか。
「あんたらハンター協会にいこうとしてるだろ。協会の建物はこの前のブラムの襲撃で壊れちまった。今は向こうの広場が臨時の移転先だぜ」アゴをくいっと持ち上げてその先を示してくれる。
「……ありがとうございます。行ってみます」
俺は一礼して、広場の方とやらに向かってみた。
たしかに広場には人だかりができていて、ハンターらしき武装した人たちが多く見受けられる。
設営されたテントに向かい、そこの受付の猫っぽい獣人の女性に話しかけてみる。
「あの、巫女のおともの者です。実はダンジョンの調査のために、なかに立ち入(い)りたくて。それとできればハンターのチームに同行させてもらえればと思って」
ネコっぽい受付の人は耳をぴくつかせ、ヨサラを見るなりにこっと笑う。
「巫女様ですね。かしこまりました。調査のためにどこかハンターのチームについていきたい、護衛してもらいたいということでよろしいでしょうか」
「はい」
「となると、まずはどこかのパーティが依頼を受けてくれるのを待つことになります」
パーティ、か。できれば信頼できる人がいいが、なかなか高望みはできないか。
視線を感じ、ふとそちらを見る。フードを被った男二人が、一瞬目が合った気がした。
なにかを探るような視線で今、こちらを見ていたような……
そこにざわ、とどよめきが俺たちの背後から起こった。
「べギルたちが来たぞ。オバージュのおでましだ。」
「あれが次期クラウン候補……」
そんな小声がきこえてくる。
「おうなんだァ祈祷師(きとうし)さまがいらっしゃるじゃねえか」
他のハンターたちの注目を集めている三人組のうち、長身でギザギザした歯の男が、ヨサラをみて言った。
「あ、実は今依頼があって。ナズウェンのダンジョン≪レスタノ≫の調査に同行して欲しいと……」
猫の受付嬢がカウンターから身をのりだして言ってくれた。
「はあー? 巫女さんが調査していまさらなんになるんだヨ」
顔をひん曲げて、ギザ歯の男が言う。装具のすきまから垣間見える筋肉はたくましく、この態度も自信過剰(じしんかじょう)ではないなと俺は察する。
そう返されて、受付嬢はそれ以上何も言えずちぢこまっていた。まあたしかに彼の言う通りでもあるか。
すこし人柄に難点はありそうだが、腕があるならここは頼みたいところだな。
「あの、すみません。この方たちを存じ上げなくて。次期クラウンというのはいったい……」
ふりむいて受付嬢にたずねる。
「クラウンというのは精鋭のハンターのことを呼びます。そしてべギルさんたちはそれに最も近いと言われている、すでにダンジョンを2つも走破した名高いパーティです」
それならぜひ手腕を見学させてもらいたいところだ。もちろん勝手なこちらのお願いだが。
「そんなすごい人たちがいるんですね。なら、俺たちが調査するまでもなく、すぐにダンジョンはなくなるかもしれないか……」
俺が真面目に感心していると、その次期クラウンとやらのうちの一人、ひげを生やして渋い雰囲気をはなっている大柄な男が、くっくと愉快そうに笑う。
またもやギザ歯の男がつっかかってくる。
「んなわけあるかよォ。ダンジョンがあらわれてから5年経つが、それでもハンターが走破したダンジョンの数は50がせいぜい。ダンジョンは全部ふくめりゃ、500か、1000以上はある。この意味がわかるか」
こっちのダンジョンは1000もあるのか。しかも、そんなに長い時間かけてわずかにしか走破できていないだと。
もちろんダンジョンの核とやらを見つければ、すべて解決できるとノパは言っていたから、そこまで数は問題ではないとはいえだ。
「そんなに……アルス=デュラントはひとりで全部ダンジョンを片付けたから、もっと簡単に全部済むものだと……」
ざわ、とハンターたちがどよめく。俺は言ったあとで、しまったと口を覆(おお)った。
「ははは! そんなマユツバものの伝説信じてるやついるのか」
ギザ歯の男は腹を抱えておかしそうに笑う。
ほかのハンターたちも失笑をこらえているようだった。俺はすこし困惑しつつ、
「どういうことだ」とヨサラにたずねた。
「アルス様の記録がもうあまり残ってないから、功績は忘れられかけているのかと……ただ裏切りの英雄という名だけが残ってしまったようですね」
マユツバものの歴史上の人物、か。うすうす感じてはいたが、もし俺がアルスの生まれ変わりだと人々に信じてもらえたとしても、協力してもらえるなどのメリットはあまり期待できなさそうだ。
「ま、ここには通報するようなやつはいねえが。裏切りの英雄の名を出すとは、なかなか根性ありそうで気に入ったぜ。だが悪いなあ、巫女さんの依頼はほかのやつに頼んでくれや」
ギザ歯のハンターは、あごをあげてあきらかに俺たちを見下している。
「つうか巫女サマってさ、災厄が起きないようにお祈りとかすんだっけ?」
彼は冷たい目で、吐き捨てるように言う。
「クソの役にもたちゃしねーだろ」
「べギル。言葉をつつしめ」
隣の壮麗な女性がさとすように言い放つと、べギルとやらは肩をすくめた。
「へいへいすみませんでした、と」
パーティの一員らしき凛々しい女剣士がつかつかと俺たちのもとに来て、ひざまずいて頭(こうべ)を下げて言う。
「無礼をお詫びします。だが、依頼には応えられない。先日ブラムの襲撃に寄りこの街は被害を負った。一刻も早くレスタノのブレインコアを見つけ出したいのです」
「し、しかたありませんよ」
「ええ。ダンジョン攻略がんばってください」
あまりに礼儀正しい態度に、ヨサラと俺はそれしか言葉がない。
「寛大な御心(おこころ)に感謝いたします。のちほど改めて挨拶(あいさつ)をさせていただきたく思います。では」
そうして三人組は広場を去り、オブジェが見える方角へと向かっていった。
あまりしゃべらなかったが、あの三人組のうちの壮齢のひげを生やした男がリーダー格なんだろうか。
他のハンターたちの彼を見る目が畏敬のものであったうえ、あの尊大な態度のギザ歯も彼の言うことにはしたがっていた。
かなりの手練れなんだろう。そんな人たちがいても厄災は終わっていないとは。
「そうだよな。みんな命を張ってるんだ。しかたがない……俺たちだけで」
切り替えようと俺が言いかけたとき、どこからか野太い声がそれを制す。
「おうちょいと待てや。巫女を護衛できるなんて名誉なことじゃねえか。ぜひ俺たち『ヘルファイア』に任せてくれねえか」
派手な風貌(ふうぼう)のハンターが言った。よく見るとさきほど広場への道を教えてくれた人だ。
そのお仲間らしき人々も目つきがものすごく悪いうえ髪型もパンク系っぽいのだが、なにかと気にかけてはくれるな。
「えーっと……この方たちは?」
俺は目で受付嬢に流し、問うてみる。
「ヘルファイアのみなさんと、リーダーのカンデラさんです。みなさん見た目はあんな感じですが、ダンジョンにしかない花や鉱石などをあつめる採集を主に担っているパーティです」
「ぎぇへへ……刈(か)りまくるぜ?」
カンデラさんは鎌を舐めるように舌をつきだして見せる。
そんなわけでカンデラさんたちのヘルファイアという10人ほどの胸板の厚い男達に同行させてもらうことになった。
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