ある魔術師の回想 3

「じゃあ、先ずはお名前からですね」


「山田あかり!」


 元気いっぱいです。


「ヤマダアカリ? 変わったお名前ですね」


 私はその名前を用紙に書きつけようとして手を止めました。


「綴りはどのように書くんですか? 発音のままでしょうか?」


「綴り?」


「はい」


「つづり……?」


「あの、名前の書き方です」


「あ、えと、山に田に平仮名であかりです」


「えーと、そうではなくて、その……」


 こちらの意図しているところがいまいち伝わりません。


「あ、名前なら書きます自分で」


「ああ、すみません」


 そう言って彼女は私から筆を受け取って用紙に名前を書きました。


「はい」


 見たことのない文字です。


「あの、これは異国の字ですか?」


「え、漢字読めないんですか?」


 彼女にそう言われて何だか少々腹が立ちましたが表情には出しません。


「ええ、不勉強ですみません、カンジ? は読めません。ですがどちらにしろこの国の言葉で書きませんと」


「あ、そっか。失敗失敗」


 そう言って彼女は頭を掻いて笑います。この店に来てからこれが初めての失敗ではないという自覚はなさそうです。

 私は用紙を新しい物に変えて結局発音通りに名前を書き入れました。


「続いて、本籍は?」


「本籍?」


「生まれです、生まれた場所。分かりますか?」


「ああ、はい、うん、分かります。日本です。でも生まれた時の事までは覚えてないですけど」


「大丈夫です、それは私も覚えてないので、ええ、たぶん誰も。ええと、ニホン、と……。聞いた事ない土地ですね。やっぱり異国なんですか? 船か何かで?」


 私は彼女の服装を見て言いました。

 今度は彼女にもその意図が伝わった様でした。


「あー、セーラー服って船乗りの格好って言いますもんね。聞いたことあります。でも違います、船じゃなくてたぶんあれトラックだと思います」


「トラック……、ああ、さっきなんか仰っていた、へえ、そうですか……」


 何だかよく分かりませんでしたが私は深く突っ込むのを止めました。たぶん損するだけだと商売人の勘が警告を発していました。


「ええとそれから、ニホンのどちらで?」


「日本の東京の神田で、私の家下町なんですけど、近所に商店街があって、私小さい頃良くその商店街の金物屋さんに遊びに行ってたんですけど、そこのおばあちゃんがいつも、昔地上げ屋と戦ったって言う話をするんです。商店街の人みんな総出で。地上げ屋の人が来ると若かった頃のおばあちゃんが売り物の鍋を叩いて、カンカンカンって」


 どうにも急に走り出す癖があるようです。


「あ、大丈夫です大丈夫です。その話はまた時間のある時に。えー、トウキョウ、カンダ、んー、下町……、いいか、これでもう。ニホントウキョウカンダ、と、それで現住所は?」


「現住所?」


「今住んでいる所です」


「あー、無いです」


「無い? えと、この国に来てからはどのように?」


「旅をしてて色んな所で」


「色んな所? 宿とかですか?」


「ううん、大きい木の穴の開いた所とか、崖の穴の開いた所とか、地面の」


「……穴の開いた所」


「そうです。まあ、たまにお宿に泊まる事もあるけど」


「そうですか。あの、拠点のような所は無いんですか?」


「拠点?」


「あー、無いですね、分かりました、そうですか、んー、現住所無いとちょっと難しいかも知れないですよ」


「大丈夫です」


「いえ、大丈夫じゃないかも知れないんですが」


「大丈夫です」


 変に頑なです。しかも笑っています。たぶん分かっていません。私は早々に諦めました。


「あ、大丈夫ですね、はい、分かりました続けます。しかし、現住所無しとは書けないですから、えー、そうですね、軍隊入隊の為トラックにて渡航、としましょうか、本籍兼現住所と言うことで」


「わあ凄いですね」


 凄くはありません。


「仕事ですから。生年月日は?」


「八月二十二日です」


「ああ、すみません、それも異国の暦ですよね。この国の暦だと何時だか分かったりしますか?」


「えーと、暦は分からないんですけど星座ならギリギリ獅子座です。本当は乙女座が良くてあと一日だったんですけど。だからしょうがないからライオンって猫科だから雌猫って事にしてます」


「ごめんなさい、言っている事がちょっと分からないので、出生年月日不明と、んー、不明か、そうですね、季節とかは?」


「夏です」


「ああいいですね、では夏の頃出生、あ、年は? あ、いえ、今おいくつですか?」


「高一です」


「コーイチ?」


「十六歳です」


「十六? 十六ですか? 本当に? もう少ししっかりした方が、あ、いえ、すみません余計な事を、少々お若く見えたものですから」


「えぇ、そうですかぁ?」


「褒めてないですよ。十六でしたら確かに入隊しててもおかしくない年ですし、まあ、これから頑張って下さい」


「はい!」


「返事はいいですねえ。ええと、十六歳だと、生まれは王歴だと……」


「オーレキ?」


「あ、こちらの事です。大丈夫です、調べれば分かりますから」


 私は資料を使って暦を調べて記入しました。


「次は学歴ですが、先程から仰っている、小学校、中学校と言うのは教育機関の事ですよね」


「教育機関? うん、学校だよ」


「ではコーイチと言うのもそうですか?」


「そうそう高校一年生、凄いね流石だね代書屋さん。あ、そう言えば代書屋さんの名前は何て言うんですか?」


「……エリーナです」


「エリーナさん! よろしくお願いします」


「ええ、よろしくお願いします。さて、学歴ですがそうですね、異国の教育レベルはこちらとは少々違うようなので、初等教育卒業相当としておきましょうか」


「うん、お願いします。卒業かあ、あ、卒業と言えば、小学校の卒業の時に、みんなでタイムカプセルを埋めたんだ。桜がいっぱい咲いててさ、私桜って好きだな。あの時、友達の美弥子ちゃんすっごく泣いちゃってさ、それ見てたら私も泣けて来ちゃって、結局みんなして泣いちゃって、あーあ、またみんなと会いたいなあ。その為にも頑張らなくちゃね。乗り掛かった舟だし」


「うん、ええ、はい。たまに、わあって喋りますよね。ま、いいんですけど。それで次は職歴ですが、働いた事って、と言いますか現在どのようにして生活を?」


「今ですか? 今はこないだ倒したおっきなトカゲを売ったら凄くお金貰えたので、それで生活してます。お金が無くなったらまたトカゲでも探そうかな」


「大きなトカゲですか……、うーん、では狩人と言ったところですかね。そう言った狩りのお仕事はニホンに居る時から?」


「ううん、こっちに来てから」


「因みにこちらに来てからはどれくらい?」


「えー、どれくらいだろう、一ヶ月くらいかな、そんなに経ってないよ」


「そうですか、それだと職歴に書くのもあれですね。他には何か?」


「他に? うーん、あ、秋桜祭の屋台でプラ板とかを使ってアクセサリーを作って売ったことあるよ」


「コスモス祭? ニホンのお祭りですか?」


「うん、学園祭」


「そこでアクセサリーを」


「うん」


「なるほどなるほど、祭事にて屋台商を営む、営む……、うーん、どの程度やられてたんですかその仕事は?」


「うーん、シフト制だったから三時間くらいかな」


 彼女の言葉を聞いて私は何も言わずに書きかけた職歴の項目に線を引いて抹消しました。


「あの、すみません、なにか印はお持ちですか?」


「印?」


「ああ、持ってないですよね。じゃあ、母印で結構ですので」


「え!? ボイン!?」


「分かりませんがたぶんそれでは無いです勘違いです」


 私は彼女にやり方を教えて先程引いた線の所に母印を押させました。


「ところで先程仰ってたプラバンって言うのは?」


 商売人として気になるところでした。


「んーと、何か薄い透明な紙みたいなプラスチックなんですけど、振るとベロンベロン鳴るようなやつで、それに絵を描いたり塗ったりして焼くんです。クッキーみたいに。でもこの焼くのが難しくて、早く出しちゃうとグニャグニャだし、遅いと溶けちゃうんです。だからここだって言う時に取り出して、本に挟むんです。バンッて。だからプラバン」


「へー、初めて聞きましたね、その素材。バンッて挟むんですか」


「そう、バンッ! て、結構固くなるんだよ」


「ほう」


「意外と知らない事多いんですね」


 彼女に言われるとやっぱり腹が立ちます。私は咳ばらいをして仕切り直しました。


「じゃあ続きですけど、職歴に関しては無しとしましょう。まだお若いですし、特にマイナス要因にもならないと思いますので。さてあとは、何か賞罰などはありますか?」


「正月?」


「賞罰」


「お正月?」


「しょ、う、ば、つ」


「えーと、どんな形してますか?」


「たぶん形は無いんじゃないかなと思います。あの、何か褒められたり怒られたりとか、そうですね、新聞に乗ったりとかするような事です。特に無いですかね」


「あ、新聞ならありますよ」


「あるんですか?」


「あるんです。んふふ。それ書いていいですよ」


「まだ聞いて無いので書けません」


「あ、そっか、えと、私近所でやってた大食い大会で優勝しました。その時新聞に載ったんです」


「大食い大会?」


「外国人の人とか、テレビに出てる人とかも出てる結構大きな大会だったんですけど、まさか無名の中学生が優勝するなんてって。大騒ぎになっちゃって。その時食べたのがホットドッグだったんですけど、ホットドッグ大食いする時のコツがあって、まず、ソーセージとパンを分けるんです。それで一気にソーセージを食べて、それからパンを水に浸けながら食べるんです。凄くないですか? これ、昔美弥子ちゃんに教えて貰ったんです。あ、美弥子ちゃんって言うのはさっき言ってた、卒業式の日に泣いてた女の子の友達で、小学校の給食の時にこの技を教えて貰って、私それから密かに練習していたんですけど、努力してて本当に良かったなって」


「そうですか、はい、分かりました。ほとんど分からないですけれど。それは書けないので、賞罰は、なし、と。大体埋まって来ましたね。大した事は書けてませんが。あとは、あ、そうそう、基礎魔力値は分かりますか?」


「ん? 分かりません」


「魔法使えます?」


「魔法? 使えませんよ」


「一応測っておきましょうか。すぐ出来ますし。項目も埋まりますし。あ、ちょっと料金変わりますけどいいですよね?」


「大丈夫です。お金は十分にあるってピーちゃんも言ってるし」


「はあ、ピーちゃん……、そう、ですか、じゃあまあ、ちょっと道具持って来るので待ってて下さい。あ、お茶もう一杯要りますか?」


「わ、ありがとうございます」


 私は一旦彼女を置いて店の奥に向かいました。

 正直この時、ホッとしていました。少々厄介なお客様ではありましたが、終わりの目途は立ちましたし、特に問題も起こらなかったからです。まあ、この時までは。

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