桃太郎さんは戦わない

N's Story

第1話 桃太郎さんには戦う気がない

 物語はしばしば、むかしむかし、あるところにと始まります。

 けれどもそれは、昔と或る所が、ずっと遠くにあった時代のことです。

 実際には「君の知らないどこかでの話」くらいのニュアンスなのです。


 君の知らないどこかにある島には、一つの小さな村がありました。

 近くに罪びとが流れ着く島があったことから、村には出生や事情が様々な人が暮らしていました。それでも彼らは自身を憂うことで、他の村人たちにやさしくすることが出来ました。ですから、村は平穏そのものでした。

 この島の人は、豊かな海域に恵まれていましたが、浅瀬でしか漁をしませんでした。食べる魚はもっぱら川魚ばかりで、決して沖まで船を出すことはありません。

 それもそのはず、この島のそばには禍々しい雰囲気をまとった「鬼ヶ島」と呼ばれる島があったからです。

 ――近くに罪びとが流れ着く島があった。

 その島こそ「鬼ヶ島」でした。

 雰囲気があるというだけの島であれば、誰も恐れたりはしません。

 鬼ヶ島からは、月に一度から二度ほど、鬼がやってくるのです。そして鬼は村の人々から物を奪い、さっそうと帰っていきます。

 とうぜん反撃を試みた人もいました。けれども鬼の身体はまるで鉄か何かで出来ているように頑丈で、しかも大変重いのです。どう頑張ったって、ふつうの人間がどうにかできるような相手ではありませんでした。

 ですからいつしか村のひとたちは、鬼ヶ島を恐れて、ひっそりとつつましく生きるようになっていきました。

 信用できるのはいつだって自分たちだけ。外へ行ったって他人に信用してもらえるわけではありませんから、ただ村でジッと嵐が来たら去るのを待つのみでした。


 さて、そんな村の外れ、なぜだか海岸沿いにポツンと一軒の家がありました。真っ白な外壁と大きな桟橋を構えた、リゾート地にあるような美しい家です。

 そこに住んでいる人は、毎朝自作の洗濯機に汚れ物を放り込むと、山へ薪を集めに出かけていました。ひとりで生活を成り立たせることが出来る、そういうひとが住んでいたのです。

「おばあさん、私は山へ薪を集めに行ってくる。決して私がいない間に止まったり壊れたり水を吐き出したり部屋を泡だらけにはしないでくれたまえ」

 家主は洗濯機(注・家電。喋らない)にそう言いつけ、エッチラオッチラ山を登っていきました。

 この村には様々な人が住んでいましたが、この人は洗濯機におばあさんと名付けるタイプの変わりものです。また、異邦人のような褐色の肌に理知的な顔が、どうも村人たちの想像を掻き立てるのでした。

 そのため、村人たちに馴染むことはせず、ときおり必要があれば物を交換したりする程度のかかわりしかしない。そうやってうまい具合に距離を保って生活していました。


 ひとり山に行き、機械を動かすのに必要な、良く燃えそうな木々をあつめていたおじいさん(仮)。しばらく真面目に集めていましたが、次第に「これも自動化すればよいのでは?」と思考を巡らせ始めます。考え事をしているうちに、川のほとりにたどり着き、腰を下ろしてしまいました。

 次第に日は高く上り、おじいさん(仮)はお腹が空いてきました。そろそろ帰るかと立ち上がったとき、川上からなにやら桃色の物体が流れてくるではありませんか。

 あまり視力のよくないおじいさん(仮)は目を凝らしながら、それがいったい何なのかと観察します。だんだんと輪郭がはっきりとしてきたそれは、ドンブラコ、ドンブラコとおじいさんとの距離を縮めます。

「大きな桃ではないか!! 直径半間程度の大きさがあるのではないか!?」

 おじいさんは気が付けば、ザブッと川に入り込んでいました。

「いや、あれほど大きな桃は見たことがない。それとも全く別の物体だろうか。ふむ、表面の色といい薄っすらと生えた毛といい、大きさ以外は桃だ。さては上流にあった桃の木に何かあったのか? それとも村人が品種改良で? いずれにせよひどく珍しい。これを拾って村へ……いや、私が行ったところで『お前が作らないのならだれが作る!?』と言われてしまうことは想像に易い。なら家に持ち帰って正体を探るのが吉。しかしこれほどにまで大きなものであれば持ち帰るのは難しいのではないだろうか。直接触って害があるとも思えんが、ひとまず手袋をつけて……」

 などとつぶやきながら、おじいさんはいつのまにか桃と並び、川を下っていきます。

 これを見た村の人は「やはりあの人はどこかおかしい。近寄らないでおこう」と川を離れていきました。

 結局おじいさんは川の下まで桃と行き「山を下る手間が省けたな」と思いながら桃を抱えて家へ帰っていきました。

 帰ってきたおじいさんはおばあさん(注・洗濯機。空を飛ばないし喋ることもない)に「ただいま」と声をかけるのも忘れ、桃の観察をはじめました。


 一通り表面の観察を終えたおじいさんは、次にどう分析するかと家にある自作の分析機と相談をはじめました。

「君は失敗作だったね。やはり島で作れるものには限界がある。さて、君はどうかね。おや、電源が入らない。ああ、君は全手動だっただろう。おや、さび付いてしまっている」

 しばらく研究も実験もしていなかったおじいさん。すっかり機械に見捨てられてしまったので、思い切って桃を切ってみることにしました。

 防護服を身にまとい、おっかなびっくり包丁で桃に切れ目を入れますと、すッと桃は半分に割れました。

「オギャァ!」

 聞きなれない音と共に現れたのは、小さな人間の子供のように見えました。

 綺麗な赤い瞳を持った、小さな女の子です。

 想定外の出来事におじいさんはしばらく固まっていましたが、赤子を放っておくわけにはいかないと、最低限の倫理観で世話をはじめました。

「これも何かの縁。折角の機会だ、子育てを経験してみようじゃないか」

 そうしておじいさんの育児が始まりました。

 そうは言っても桃から生まれた子。通常の赤ん坊とは違い、半月も経たないうちに固形物を食べ二足歩行をするようになりました。二か月経つころには人の言葉を口にするようになりました。

「よし、君のことはこれまで赤ん坊と呼んでいた。しかしだね、それは私が呼ぶのに十分というだけだ。名前もしょせんは記号に過ぎないが、この島には他の人間もいる。ということで君に名前を付けよう。桃、モモ、もも……。桃から生まれたからモモというのはどうかと考えた。可憐な女の子にぴったりだ。しかし、それでは私の脳内で、あの日見た二尺と少しの桃と君が完全に一致してしまう。いや、そこに間違いはないのだが、そう……」

 とぶつぶつ呟きながら考えた末、彼女を「桃太郎」と名付けました。

 美しく愛らしい女の子として、そして強くたくましい人間となるようにと、おじいさんなりに考えに考え抜いた名前です。

 おじいさんの期待通り、桃太郎は美しく賢く、そして優しく育ちました。


 やがて村にも出入りするようになった桃太郎。

 はじめのうちは村人たちは桃太郎を怖がりましたが、愛らしい桃太郎を責められるほど心が荒み切っているわけではありません。また、素直で好奇心が旺盛な桃太郎は、すぐ村の人たちと打ち解け、様々な手伝いをしながらいろいろなことを学びました。

「桃太郎ちゃん、もう帰るのかい」

「ええ、今日は日が高いうちに帰るよう、おじいさんに言われているのです」

「それなら尚更……いいえ、別にあの人も少し寂しくてそう言っているだけなのよ。たまには、ゆっくりお茶でもどうかしら?」

 少しだけ悩んだ桃太郎でしたが、たまにはいいかと誘われるがまま、おじいさんの言いつけを破ってしまいました。

 言いつけられたといっても、特に何か用事があるわけでもないのです。

 おじいさんは月に数度、桃太郎に「早く帰ってくるよう」と言う日があります。そのいずれも、早く帰ったからといって、何か特別なことやおじいさんの手伝いがあったというわけではないのです。ただ桟橋をしばらくうろついているおじいさんが見られるくらいで、それ以外にかわったことなどありませんでした。

 なぜかそういう日がある。それだけのこと。

 ですからその日もきっと何もないのだろうと思い、桃太郎は夕方まで村でのんびり過ごしていました。

 それに反して村人たちは、各々手に斧や鎌、刃物などを持ち家の前に立ち始めます。

「これから何かあるのですか?」

 桃太郎が尋ねても、誰も答えようとはしません。

 異様な雰囲気をまといはじめた村に、不信感を抱いた桃太郎は「そろそろ日が暮れてしまいますから、失礼しますね」と口にして村を出ていこうとしました。

「来たぞ! 鬼だ!」

 どこからか叫び声が聞こえます。

「どこだ! 何体だ!」

「やっぱりジジイは知っていたんだ!」

「桃太郎が早く帰る日はいつだってこうだ!!」

 武器を持った村人たちが、一斉に声のした方へと駆けてゆきます。

 桃太郎もそちらを見張っていると、怒号の飛び交う中からひとつ大きな『かげ』が現れました。

「出たぞ! 鬼だ!」

「一斉にかかれっ!」

 誰かの合図で村人たちは、その大きなかげに飛び掛かっていきます。

「今日こそ仕留めてやるっ」

 ――と、十人程度の村人がかげに集まったと思えば、強風にあおられたかのように村人たちがなぎ倒されてゆきました。

「あれは、何!?」

 桃太郎は、ドアの前で武器を構えている村人の一人に聞きました。

「鬼だよ」

 わずかに震えた声で、それでも腹の奥から憎しみを込めるように、そう発せられました。

「鬼?」

「私たちの大切なものを奪っていく、凶悪な野郎さッ」

 振り返れば、村人たちを次々に薙ぎ払っている巨体が見えました。

 とっさにどうにかしなければと思った桃太郎は、鬼の前に両腕を広げて立ちふさがります。

 鬼の半分ほどの大きさしかない桃太郎は、華奢な体がいっそう頼りなく見えます。それでも燃えるような赤い瞳が、鬼の姿を貫いたのか、鬼は動きを止めました。

「どうか村の人を傷つけないで! どうして貴方はこんなことをするの?」

「ブルォォォオオオン!」

 鬼は低い唸り声をあげると、桃太郎を避けて村の奥へと向かいます。

 けれども桃太郎はあきらめません。

 鬼の背後から片方の足を抱えるように押さえ、鬼の進行を阻んだのです。

「どうか、理由もなく人々を困らせないで!」

「ブルォォォオオオン! ギィィィイイイイ!」

 鬼はさらに大きな声を上げ、前へ進もうとしましたが、桃太郎が抱えている足を上げることが出来ません。もう片方の足で地面を掻くようにしながら、桃太郎のくっついている方の足を引きずりますが、地面にくぼみを作るばかりで前へはなかなか進めません。

「今のうちだ! やっつけろ!」

 黙って見ていた村人たちでしたが、誰かのその声で再び立ち上がり、鬼へ次々攻撃を仕掛けます。けれども向かってきた村人たちは、鬼の払い手によって吹き飛ばされます。

「桃太郎、なんて怪力なんだ……」

「やっぱり、ただの子供じゃなかったんだ!」

「おかしいと思ったんだ、ジイさんが子育てなんて!」

 次第に村人たちは、桃太郎を応援し始めました。

「そのまま鬼を倒しちまえ!」

「俺たちを救ってくれ!」

 桃太郎は苦い顔をしながらも、自身の足に力を込めました。そうして一歩一歩、鬼を後ろへと引きずっていきます。

「いいぞ、桃太郎!」

「どうか鬼を追い払ってくれ!」

 村人たちの声も引き連れながら、鬼を浜辺まで引きずった桃太郎は、一隻の立派な船を確認しました。そこにはもう一体の鬼がいました。

「お願いです、鬼さん。私は貴方と戦う気はありません。どうかお引き取りください!」

 どうしても鬼と戦いたくなかった桃太郎は、その怪力で鬼を船に乗せました。

 そのまま桃太郎はひとりで船を海へと押し出し、鬼は村を去ってゆきました。

 後に残ったのは、桃太郎を称賛する村人たちの歓声。

 それらを気にも留めず、桃太郎はただ、海の先にある禍々しい雰囲気の島を見据えていました。

「あれが鬼ヶ島、ですか……」

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