手紙

馬瀬暗紅

第1話

手紙


「だぁ~。全っ然うまく書けねぇ」

 誰もいない屋上で叫んだ御状 芳信ごじょう みちのぶは、そのまま書きかけていた紙を丸めて放り出した。放り出された先には、同様に丸められた紙がいくつも転がっている。

(ラブレターなんて柄でもねぇよな…それでも直に言うよかマシ、か)

紙を丸める度に思う弱音を飲み込んで、再びラブレターを書き出す。

玉梓 文たまずさ あや

中学以降の付き合いで、今更こんなこと伝えても困るかもしんないけど、俺はお前が好きだ。

賢しげな口調のくせに存外抜けてるところとか、いたずらした時の笑顔とか、過去を乗り越えたとことか、学年首位のために影で頑張ってるところとか、なのに他の人の勉強も見てあげたり、自分ではそこまでって言ってるけど、容姿だって俺のドストライクだし、他の男と話してるのを見るだけでむかつくし、書いてる今だってどんどん溢れて―――――』

「何を書いているんだい?」

「―――!」

唐突に掛った言葉に、芳信は思わず叫びだしそうになった。咄嗟に今書いていた手紙を握りつぶして、ぶっきら棒に声の主に返事をする。

「うっせぇな。授業はどうしたよ、学年首位サマ?」

声の主―芳信の想い人、まさに手紙の対象である文は、芳信の隣に座って言う。

「授業ならとっくのとうに終わったよ。ふふ、チャイムに気づかないなんて、その書き物に相当集中していたんだね。一体どんなことを書いていたんだい?」

まさか、「あなたへのラブレターを書いていました」なんて口が裂けても言えない芳信はそっぽを向いて答える。

「大したことない。気にすんな」

あくまで突っぱねる芳信を見て、文はいたずら気な笑みを浮かべて、重ねて問う。

「ふーん、[大したことない]ね。それなら君は、その丸められた大量の紙についてどんな説明をするんだい?」

問いかけられた芳信は憎々しげに紙の山を見て、ごまかしを試みる。

「あー、ちょっと一人キャッチボール用にな」

「ふふ、それはとても楽しそうだ。今度僕も混ぜてはくれないかい?」

「そしたら、一人じゃなくなるだろ。んじゃ、邪魔も入ったとこだし、授業が終わってんだったら帰るか」

芳信は自分のごまかしとも言えないごまかしに乗ってくれる親友に感謝しつつ、そんな素振りを見せないままに、紙の山を鞄に放り込んで立ち上がる。

「あ。全く。折角。帰りのお誘いに来た心優しい親友に対する仕打ちかね」

「もう俺がいなくてもいいだろ。それこそクラスのオトモダチがいっぱいいるだろ」

芳信は、文を屋上に残してさっさと階下に降りてしまった。そのせいで、「おや?これは…。よもや彼が恋文を書いていたとは思えないが、親友として確認しておいた方がいいだろう。万が一悪い女に色目を使われていたら、大変だからね。うん、仕様がないことだ」という、書き損じの手紙を見つけてしまった文の言葉を聞き逃してしまうとは知らずに。




 翌日の朝、芳信が登校して下駄箱を開けると、中にはくしゃりと丸められた紙が入っていた。

「は?」

それを見た芳信は思わず間抜けな声を出してしまった。

(なんで付箋がついてんだ?いや、それでも、恋文でも、果たし状でも、ラブレターでも何でもない、ただのゴミだよな)

不審に思いながらも、下駄箱の紙をゴミだと判断した芳信は、新手の嫌がらせだよな、と思いつつも、取り敢えずついている付箋を確認する。

『片づけをしないなんて君らしくもない。熨斗代わりにこの付箋をつけてお返ししておくよ』

そう書かれた付箋を見て、芳信はすべてを察した。大方、文が嫌がらせのためにこんな手の込んだことをしたのだろう。昨日、ラブレターを書いて、気持ちを再確認していただけに、怒りが余計に燃え上がった。

「おや、下駄箱で突っ立て百面相をして、一体どうしたんだい?君に限って有り得ないだろうけど、よもや恋文でも入っていたのかい?」

(よくもまあ、抜け抜けと)

折悪く、ないしは折よく芳信に声をかけてきた文に、芳信は無言で突きを放った。

「‼いきなり挨拶もなしに、殴りかかってくるなんて危ないじゃないか」

「こんないたずらするような奴には、これで十分だろ」

こともなげに突きをよけて文句を言う文に、芳信が付箋付きの紙を差し出すと、何故か文がたじろいだ。

「あ、あぁそれか。昨日屋上で会った時に、君が忘れて帰ったものだろう?だから、こうやって態々返答を書いて返却して差し上げた、という訳さ」

いつもとは違う早口に芳信は少し疑問を持ったが、内容を精査することなく言葉を返す。

「だからって、態々・・こんなゴミを渡すか?こんなゴミ、とっとと捨てちまえばいいのに」

「…ねえ、君はさっきからそれをゴミゴミ言っているけれど、本当にそれをゴミだと、軽々しく捨てられるものだと認識しているのかい?」

文を纏う空気が変わった。が、その原因がわからない芳信はさらに地雷を踏み抜いてゆく

「だっから、さっきからそう言ってるだろ。玉梓、お前そんなにしつこい奴だったか?」

「そう…


 御状なんて、だいきらい」

「あ…」

そう言って走り去る文。その彼女が見せた涙に気圧されて、芳信はただ、立ち尽くすし、目線を下げることしかできなかった。

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