9-2.極道と十三歳の少年

極道と十三歳の少年

「マサ殿っ! これは一体どういうことなのだっ!」


ダークエルフの女、ストヤが、すごい剣幕で怒っている。


「そなた達に、義があるのは、分かってはいるがっ」


「ここは、ダークエルフの森だぞっ!?」


「それが、今では、すっかり、ダークエルフのほうが、遥かに少数派で、肩身が狭くなってしまっているではないかっ!?」


「これでは、移民という名の侵略行為と、何ら変わらぬのではないかっ!?」


しかし、これも、毎度のことなので、マサもあまり身が入らない。



「ええっ、まぁっ、確かに……」


「『森』というよりは、『町』ぐらいの、人口密度になってしまいましたね」


今、ダークエルフの森では、日中、人目につかない場所を探すほうが難しい。広い森であるにも関わらず、どこに行っても、必ず誰かが居る。


国境を越えられない難民達を受け入れ続け、強制労働収容所などの施設を、いくつも解放しまくった結果、森が人で溢れ返ることになってしまっていた。


空を、有翼人や竜人族が飛び交い、様々な亜人種達が森の中を駆け回る。さらに、森を流れる川には、魚人族達まで住み着いている有様。


ようやく異世界らしい様相になって来てはいたが、『ダークエルフ』の森という名称からは、全力で、かけ離れていっていることに、間違いはない。



「そろそろ、新しい活動拠点が欲しいと、思ってはいるのですが……」


「まだ、タイミングが……」


マサとしても、そろそろ、計画を進めたいと思ってはいたが、まだ条件が揃わない。


「タイミング?」


「タイミングとは、なんのタイミングなのだ? マサ殿」


ストヤの追及を、はぐらかそうとするマサ。


「いや、しかし……」


「魚人族というのは、川でも暮らしていけるものなのですね、私はてっきり、海水魚が彼等の肉体のベースだと思っていたのですが、淡水も平気だったとは……」


だが、内容は妙にマニアックだった。


「もっと真剣にっ、真面目にっ、私の話を聞いていただきたいっ!!」



「若頭っ! 大変やっ!」


そこに飛び込んで来たサブ。


話題そらしが出来そうで、マサはホッと胸を撫で下ろす。


「ヤスが、子連れの未亡人と結婚する言うて、帰って来たらしいでっ!」


相変わらず、早とちりをして、微妙に、情報が間違っているサブ。


このうるさい中で、ずっと昼寝をしていた石動。


「おうっ、なんだ、義理事ぎりごとかっ」


-


「あらぁっ、やだあぁっ、すごいラブロマンスじゃないのっ」


これまでの経緯を話すヤスに、アイゼンはテンションMAXで、盛り上がっている。


「いいわねえぇっ、そういうのっ、憧れちゃうわぁっ」


さすがに、イチイチ、感想がうるさい。


ヤスの服は、ボロボロで、ところどころが破れ、薄汚れており、ここまでの道のりが、いかに激闘であったかを物語っていた。


サトミカは、ずっと、緊張した面持おももちで、愛するヤスが信じる仲間達を、信頼するという覚悟を持って望んではいたが、これが、初対面では、中々、そうもいかない。


リシジンは、無表情で、下を向き、俯いているのみ。


そして、イヌのペギペギは、マサに抱きつかれて、ずっとモフモフされていた。


-


「まぁっ、好きにすればいいっ」


それまで、やはり、昼寝をしながら聞いていた石動が起き上がる。


「すっ、すごい……」


改めて、石動の姿を見たサトミカは、一瞬で、そのただならぬ生命エネルギーを感じ取った。


「もしかして、あなたには、ダークエルフの血が?」


サトミカの反応を見て、ストヤは察する。


「はい、私の遠い先祖には、ダークエルフの者がいるらしいのです」


この森に住むダークエルフ達は、サトミカにとっては、遠い祖先の一族にもあたる。


「まさか、このような形で、一族の同胞どうほうに出会えるとは……」



アロガ王の息子、リシジンの姿を、見つめる石動。


「……気に入らねえなぁっ」


次の瞬間、リシジンの眉間に、銃口を向ける。


驚くでもなく、慌てるでもなく、リシジンは、ピクリとも動かない。ただ、無表情で、俯いているだけ。


サトミカは動揺したが、それ以外、その場に居る者は、誰も、微動だにしていない。


石動が、子供を撃てないのを知っているからだ。


「ますます、気に入らねえっ」


銃口を下ろす石動。


「まだ子供ガキだってえのにっ、もうすでに、生きるのを諦めちまってるみてえなっ、生気せいきの無い目をしてやがるっ」


「そこは、気に入らねえっ」


「まぁっ、だが、王様になんかなりたくねえってのは、気に入ったぜっ」


「あんなもんはっ、なりたくてなるもんじゃねえっ」


そこで、はじめて、少しだけ、反応するリシジン。


 ――なりたくてなるもんじゃないって、どういうことなんだろう……


-


改めて、石動を前にして、ヤスは、気負っていた。


任務を放り出して、サトミカとリシジンを助けて、帰って来てしまった。そのことに、負い目を感じているのだろう。


「若頭、任務の途中で、こいういう運びになっちまって……」


「本当に、すいませんでした」


「任務があるとは、分かってはいたんですが……」


「俺には、こいつしか居ねえと思える女に、出会っちまいまして……」


「どうしても、俺には、放っておけませんでした……」


「仲間より、女のほうが大事だとか、そういうことではないんです……」


「俺にとっては、両方ともかけがえのない、大事なものといいますか……」


ヤスの覚悟とは打って変わって、石動の反応は、拍子抜けするようなものだった。


「おうっ、まぁっ、気にすんなっ」


「元の世界に居た時とは違うんだっ、お前も、自由に、好きに生きたらいいさっ」


「まぁっ、俺も、手前のしがらみに、ケジメをつけたら、自由な旅にでも出てえと思ってんだよっ」


二人の様子を、じっと眺めていたリシジン。


その石動の言葉が、リシジンの胸には、妙に、引っ掛かった。


-


「当面、リシジンを、ここでかくまうのはいいとして、どうしましょうかね……」


ペギペギをモフモフしきって、満足げなマサは、眼鏡を押しながら、会話に戻る。


「そやなぁ、命を狙われているなら、名前を変えるってのは、どうやろうなっ?」


「あらっ、王子の地位を捨てて、生まれ変わるっていうのなら、名前を変えるってのもありよね、あたしみたいに」


「馬鹿野郎っ、お前の本名は、鉄太郎のままじゃねえかっ」


「ちょっとぉ、若頭、その名前で呼ばないでよっ」



「まあっ、偽名を使うなんざ、お天道様に顔向け出来なくなった奴等の常套手段だからな」


「後ろめたいことがないなら、堂々と本当の名前を使ってりゃいいと思うぜ、俺はっ」


「まぁっ、名前を付けた親をよっぽど憎んでいる、そういうんなら、話は別だがな」


「確かに、名前は、アイデンティティの一つでもありますしね」


「名前を付けた父親、アロガ王を捨てるということになるのかもしれませんね」


「そうねえ、親から貰った名前って、なかなか捨てられないのよねえ……」


過去に、家族との確執があったアイゼンの言葉には、重みがある。


「まぁっ、お前の好きにすりゃいいさっ」


「……」


リシジンの足元では、ペギペギが、舌を出して、ハアハア言っていた。


-


「おっ、新入りなんだってなっ」


近くの川辺に座り、自分の名前のことを考えていたリシジンは、声を掛けられる。


「俺も、つい最近、ここに来たばかりなんだっ」


「ジトウってんだ、よろしくなっ」


人狼のジトウに声を掛けられて、リシジンは固まってしまっていた。


「……あっ、ごめんなさい」


「……ぼっ、僕、他の種族の人と、話したことなくて……」


「そんな、緊張すんなって」


「アロガ王の息子だからって、とって食おうなんて、思っちゃいねえよっ」


「親は親、子は子だ、そんなんで差別されちゃあ、かなわねえっ」


「そういう、差別の理不尽さは、ここに居る俺達が、一番よく知っている」


種族差別政策で、他種族達を弾圧し、排斥しはじめたのは、自分の父親であるアロガ王に他ならない。


「……ご、ごめんなさい」


「すまねえ、そういう意味じゃなかったんだっ」


「むしろ、父親が、アロガ王だなんてっ、あんたには、同情しちまうよっ」


「そりゃっ、反抗したくもなるし、逃げ出したくもなるってもんだっ」


「……そっ、そうなのかな」


「……そういうのとは、違うと思ってたんだけどな」



リシジンのそばに駆け寄って来るペギペギ。


ジトウは、その大きな体を撫でて、やはり、モフモフしはじめる。人狼が、イヌをモフモフしている、なんとも珍しい、レアな光景だ。


「まぁっ、でも、ここはいいところだぜっ」


「差別はねえし、みんなが平等だ」


「長老や三老っていう、偉い役の人はいるけど、全く偉そうにはしてねえ」


「みんな、血の気が多いんで、まぁっ、ケンカなんかはしょっちゅうだけどな」


「もし、あんたが、王様になったら、そういう国をつくってくれよ」


「ぼっ、僕は、王様になんかならないよっ」


「王様になんて、なりたくないんだっ」


「おっ、そうだったんだけなっ」


やはり、ペギペギは、リシジンを見つめ、舌を出して、ハアハア言っていた。


-


星空の下、焚き火で、食糧を焼いて食べる、ここではみんな、そうやって食事を取る。


野営とほとんど変わらない。もしくは、毎晩、バーベキューパーティーをしているようなものだ。


みなが、肉の塊に食らいついている姿を見て、少々面食らっているリシジン。


「なんや? 食べないんか? 少年」


横に居たサブが、気づく。


これまで、毒を怖れて、出来るだけ食事を避けて来たリシジン、それはメンタルから来る拒食症に近い。


「大丈夫ですよ、毒なんか入っていませんから」


心中を察したヤスが、手にする自分の肉に、かぶりついてみせた。


「ええっ、私も、毒見なんかしませんから」


サトミカも、同じように、ワザと荒々しく、肉に噛み付いた。



「まぁっ、毒なんざ、ちょっとぐらい食ったところで、死にゃあしねえだろっ」


その様子を見ていた石動。


「いやっ、若頭の基準で考えるのはどうかと思いますよ」


慌てて、マサは、それを否定する。


「そう言えば、毒矢で刺されてから、毒耐性の数値が、かなり上がりましたよね」


「もし、仮に、毒なんか入ってても、あたしがすぐに、毒消ししてあげるわよっ」


バイタリティー、生命力に溢れる一同を見て、やはり、リシジンは少々面食らう。


 ――この人達、本当に、僕と同じ、人間なのかな……


-


夜空を隠す森の木々、その隙間から、顔を覗かせている月を見上げながら、リシジンは、眠りに就くことにする。


眠るまでの間は、この森に来てから、出会った人達のことを考えていた。


勇者である、石動の姿は、リシジンに、幼い頃を思い出させた。


力強い、大きくてたくましい、父の背中を、泣きながら追いかけた、そんな幼い頃の記憶を。



ここは、口うるさい大人達ばかりではあったが、リシジンの居心地は、それほど悪いものではなかった。


なにより、今までと違い、ここに居る人達には、裏表がない。正確に言うならば、裏も、表に出て来てしまう、そんな性分の人達ばかりなのだが。


しかし、お世辞を言って来る人間も、自分をおとしいれようとする人間も、利用しようとする人間もいない。



 ――僕は、外の世界のことなんて、何にも知らなかったんだな……


ここ、ダークエルフの森は、リシジンが知らなかった、全く新しい世界だった。



いつの間にか、リシジンの隣りには、また、イヌのペギペギが、寄り添って来ている。


ふと、なんとなく、久しぶりに、その大きな体に、抱きつく。


今日一日、みんなに触れらているのを見て、自分も触れたくなったのかもしれない。


すると、ペギペギは、いつものように、顔を舐めて来た。


頭の中では、ずっと、石動の言葉が、気になって仕方がない。


『元の世界に居た時とは違うんだっ、お前も、自由に、好きに生きたらいいさっ』


ペギペギに抱きついたまま、リシジンは、呟いた。


「……僕も、新しい世界で、自由に生きて、いいのかな……」

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