極道と十三番目の王子
「まさか、アロガ王から、直々に、お呼び出しがかかるとは……」
王都エンダロウナのアロガ城へ向かう馬車で、サトミカは、深いため息をつく。
「なんと、申し開きをすれば、いいのやら……」
もう頭を抱えるしかない。
「……」
同乗しているリシジン王子は、一言も口を聞くことなく、ずっと窓から外の景色を眺めているだけ。
「きちんとご説明すれば、きっと、アロガ王だって分かってくださいますよ」
客車には、護衛の兵士が一人。そして、馬の
バウッワウッ
それと、一匹。
客車の床にお座りしているイヌのペギペギは、ずっと上を向いて、口を開いてハアハア言っている。
「なんか、気になるのか?」
その様を、護衛の兵士は、不可解そうな顔をして見ていた。
あまりにも、客車の空気が重いので、雰囲気を変えようと、護衛の兵士は、必死に話題を振る。
「そっ、そう言えば、このイヌは、アロガ王からの贈り物だとか」
全く喋る気配のないリシジンの代わりに、答えるサトミカ。
「ええ、なんでも、王子が幼い頃に、アロガ王からいただいたのだとか」
イヌのペギペギ、その本当の飼い主は、リシジン王子だった。
「しかし、王子があまり面倒を見ないものですから、今ではすっかり、私が世話をしているような有様でして……」
元来、動物が嫌いという訳ではないリシジン王子。ただ、父から贈られたイヌだという事実が、ペギペギから、リシジン王子を遠ざけさせていた。
「……」
二人の会話も、全く耳に入っていない様子のリシジン王子。いや、二人と一匹の存在自体を無かったことにしている、そう言った方がいいのかもしれない。
あの事件をきっかけに、リシジンの心は死んだ。
貴族や世間の人々は、事実無根の噂に過ぎない話を、面白おかしくネタにして、言い広めた。
今では、王位を狙っている、野心家のリシジン王子が、自分を支持していた貴族夫人をたぶらかして、兄弟達の暗殺を目論んだ、そんな、きな臭い話にまでなっている。
兄弟の中で唯一、自分を気にかけてくれていた、五番目の兄ヤレイアを、自分の支持者である貴族夫人が殺そうとした。
世間の妙な噂とは関係なく、その事実が、リシジンの心に、重くのし掛かり続けている。
そして何より、あの事件以降、十八人いる王子の内、すでに三人が、不審死を遂げてもいた。
アロガ王に呼び出されたのも、おそらく、そのきな臭い噂話の真偽を問うつもりなのであろう。
無実を証明出来なければ、
王子の誰か、貴族の誰かが、あの事件を利用しているのか。それとも、最初から、すべてが誰かの謀略だったのか。あまりにも、政敵が多過ぎて、それが誰かすらも分からない。
他の王子暗殺事件も、すべて自分のせいにされ、黒幕ということにされてしまうかもしれない。
だが、リシジンにとって、もはやそんなことは、どうでもよかった。
今、心の中で思うことは、ただ一つだけ。
――父さんには、会いたくないな
もう二度と、会いたくないんだ……
-
馬車が、何の前触れもなく、急に止まる。
まだ、エンダロウナまでの距離は遠く、やっと半分辺りまで来たといったところか。
「どうしました? 何かトラブルでも?」
サトミカの問いに答えたのは、客車に同席していた護衛の兵士だった。
「……お二人には、ここで、降りていただきます」
護衛の兵士に続き、サトミカとリシジンが、客車から降りると、そこには剣を手にした男達が三名。正体が分からないように、冒険者風情の恰好をしている。
「どういうことですっ!? これは一体っ!?」
そう言ったサトミカだったが、これがどういう事態なのか、嫌な予感はしていた。
「お気の毒ですが、お二人には、ここで死んでいただきます」
そして、嫌な予感は、見事に的中。
「これは、アロガ王の命令なのですかっ!?」
「それは、申し上げられません……」
この道中、これまでずっと黙っていたリシジンが、その時はじめて、口を開いた。
「……いいんじゃないかな」
「死んで欲しいなら……殺されても、僕は、別に、構わないけど」
完全に生への執着を失ってしまっているリシジン。生きるも死ぬも、ただ流されるままということか。
バウッワウッ
咆哮し、護衛役だったはずの兵士に飛びかかるペギペギ。
「
宙には、血しぶきが舞い上がる。
ペギペギの大きく鋭い歯は、剣を手にしている、相手の手首を嚙みちぎっていた、まるで狼のように。
「殺せっ!!」
御者役だった男がそう叫ぶ。
リシジンとサトミカに剣を向け、突進して来る四人の男達。
そこで、馬車の屋根から、飛び降りて来た人影が、手にする短剣で、次々と男達の首を
「俺の女を殺そうとするとは、許せねえなっ」
それは、この道中、ここまでずっと、馬車の屋根に隠れていたヤス。
こうした事態も想定して、万一に備えていたヤスは、姿を隠し、気配を消して、二人を護衛していた。
もちろん、そのことは、サトミカとリシジンも知っている。
「万一の備えが、当たちまったな……出来ることなら、取り越し苦労であって欲しかったんだが……」
-
「言え、誰の差し金だっ!?」
まだ生き残っているのは、ペギペギに手首を嚙みちぎられた男、ただ一人。ヤスはその男を、縄で縛ってから、問いただした。
「誰に依頼されたっ!?」
「アロガ王か? それとも、王子達の、どこかの陣営なのか?」
「グッ!!」
男は、自らの舌を噛み、自害を選んだ。
「……マズいな、これは、かなり本気の陣営だ」
差し向けられた刺客が、捕まった際に、自害するレベルで、忠誠を誓っているとなると、ただの雇われ暗殺者ではない。
そうなると、本当にアロガ王なのか、それとも、古参の有力貴族達が支持する上位後継者候補、例えば、第一王子、第二王子辺りに、黒幕が限定されて来る。
-
「ヤスさん……」
芯の強さを持つサトミカではあったが、さすがに、この状況では、不安げな顔を見せる。
「これから、私達は、どうすればいいんでしょうか……」
これまでの出来事から読み取れる情報を、頭の中で整理するヤス。
「……まず、エゲンリア城には戻れません」
「アロガ王からの呼び出し、それは、あくまで、伝令の兵から聞いたものなので、それ自体が、嘘ではないかと思われますが……」
そこから先の言葉を、ヤスは呑み込んだ。リシジン王子の前で、それを言うのは、さすがに
しかし、本当に、アロガ王の命令であることも、もちろん、想定しておかなければならない。そうでなければ、ここから先、この二人を守り切ることが出来ないかもしれない。
言い方を変えて、改めて、ヤスは言葉を続ける。
「城を出発した当初から同行していた、護衛の兵と御者が、敵の仲間だったとなると、もうすでにエゲンリア城は、敵の勢力下かもしれません」
「むしろ、敵が、リシジン王子の暗殺に失敗したと知れば、エゲンリア城から追っ手を出して来る可能性があります……」
現在地点から、最短距離の、もっとも近い城となれば、エゲンリア城か、アロガ城の二択しかない。
「それが一番厄介です……早急に、ここを離れましょうっ」
「しかし、一体、どこに行けば……」
支持者が少ないリシジン王子には、
しかし、ヤスは、力強く、サトミカの問いに答えた。
「勇者がいる、ダークエルフの森に向かんです」
最終的に、ヤス自身、頼れるのは、仲間の元しかない。
「しかし、勇者は、アロガ王と敵対しているのは?」
「勇者の敵が、アロガ王であったとしても、リシジン王子もまた、敵という訳ではありません」
「むしろ、生まれで、人間が判断されるのを、もっとも嫌う人ですから」
「勇者は、いえっ、若頭は、俺の、最も信頼出来る人です」
「それに、もし、万一、お二人に何かあったら、俺が必ず、最後まで守ってみせますから」
「ヤスさん……」
ヤスの力強い言葉に、表情が柔らかくなるサトミカ。
「ですが、サトミカさんも、覚悟してください」
「勇者達に匿ってもらうということは、完全にアロガ王を敵に回すことになるかもしれません」
「それは……故郷も、この国も、捨てる、そういうことを意味するのかもしれません」
「それでも、致し方ありません」
「私もまた、必ずリシジン王子を守ると、決めています」
「それに……そもそも、私は、リシジン王子に、王位を継いで欲しかった訳じゃあないんです」
「……王位争奪戦に敗れた者達はみな、殺されるか、よくても、一生、軟禁幽閉されるかです」
「現に、アロガ王のご兄弟は、アロガ王が即位されてから、三年以内に、全員死んでいます」
「私は、ただ、リシジン王子に、幸せになって欲しい、それだけを祈って、なんとかリシジン王子が、死ななくて済む方法を、ずっと探していたのです」
――さすが、俺が、惚れた女だっ
-
「……二人で、勝手に、そんなこと決めないでよ」
これまで、じっと黙って、二人の会話を聞いていたリシジン王子。
「……僕は、もういいんだっ」
「もう、生きて行くのが、嫌なんだよっ」
「辛くて、苦しくて、しんどいんだよっ」
「こんなんだったら、誰かに殺されたほうが、よっぽどいいよっ」
「だから、僕は、もう、投降するよ」
ビシッ
自暴自棄となっているリシジン王子の頬を、サトミカは平手で
びっくりした顔をして、頬を押さえるリシジン王子。
まさか、王子である自分が
「王子としてのあなたは、今ここで、死んだのです」
「ここで、王家を捨てるしかないあなたは……」
「ここからは、ただの十三歳、リシジンとして生きて行くのです」
「王子という立場を捨てて、普通の人間として生きて行く? 僕がっ?」
これまで、自分自身で、見て見ぬふりをして来た、感情や心の内が、
「そんなの無理だよっ! できっこないよっ!」
「王位継承権の放棄すら、認めてもらえなかったんだよっ!?」
「父さんは……父さんは……そんなことすら、認めてくれなかったんだっ……」
「そんなのっ、そんなの無理だよっ!」
こんなにも、感情的になっているリシジンを、ヤスははじめて見た。だが、同時に少し安堵もした。
――まだ、完全に心が死んだ訳じゃない
例え、ネガティブな感情であったとしてもだ
それが吐き出せるということは、まだ心は死んじゃいない
やはり、同じことを感じていたサトミカ、その目からは、涙が溢れていた。
リシジンが、少し落ち着くのを待ってから、声を掛けるヤス。
「王子、いや、リシジンさん……さっきから、無理だ、無理だとおっしゃいますがね」
「無理を貫き通して、無理矢理突き破る、それが、俺がリスペクトする、勇者、いや、
「今まで、この世界で、たった一人でも、あなたのお父上に、このアロガエンス王国に、立ち向かうとした人間なんて、誰もいなかったでしょう?」
「それをやっちまうような人なんですよ、あの人は」
リシジンが絶対的に抗えないと思っている自分の父親、アロガ王。それは、リシジンだけではなく、すべてのアロガエンスの国民みなが、そう思っているのだが。
その絶対的な存在に、現在進行形で、抗い続けている男、それが勇者なのだ。
サトミカに促され、再び客車に乗ったリシジン。ペギペギが、舌を出して、
「……勇者……どんな人、なんだろ……」
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