7.極道とドラッグの売人

極道と強制労働収容所

照りつける太陽に、ゆらめく陽炎かげろう


炎天下の荒野を、大きな荷を背負って歩く、労働者達の列が、延々と続く。


彼等はすべて人型ではあるが、人間ではない。人間以外の種族の者達。その足には、かせがはめられている。


荷であるズタ袋の中には、採掘されたばかりの鉱物が、びっしりと詰まっていて、相当に重い。足枷も合わせて、歩き続けるには、相応の体力が必要となる。彼等はいつも、そんな重労働を課せられているのだ。



酷暑の中を、休むことも許されず、水すらも与えられずに、朝から晩まで、鞭打たれて、強制的に労働をさせられる日々。


毎日、出される食糧も、わずかばかりしかなく、日に日に労働者達の体力は失われて、疲弊して行く。


過酷な環境に耐えられず、途中で力尽き、事切れた者は、そのまま荒野に晒されて、骨となるのみ。


そんなことは、この強制労働収容所では、当たり前のことだった。



人狼のジトウもまた、ここアロガエンス王国、外地がいちにある強制労働収容所に囚われていた。


 ――クソッ、やたらと喉が渇きやがる


 体がこんな毛むくじゃらだってえのに、よりによって、こんな酷暑の中で強制労働とは、つくづく俺も運がねえなっ


 せめて、てつく極寒の地、その辺りの収容所の方が、まだマシだったな


汗びっしょりで、体毛がすっかり濡れてしまっている人狼。


 ――だが、俺はまだ、死ぬ訳にはいかねえ……

 あいつを、あの野郎を、この手でぶち殺すまではなっ



あまりに過酷な環境での重労働に、ジトウの前を歩いていた魚人族が、ついに力尽きて倒れる。


「おい!大丈夫かっ!?」


荷物を置いて、駆け寄るジトウ。魚人族の者は、ぐったりとしており、虫の息だ。


「魚人族が、よりによって、こんな所に連れて来られるだなんて、俺よりよっぽど運のねえ奴もいたもんだな」


「貴様らっ! 何をやっておるかっ!」

「休むんじゃあないっ!」


荷運びの列を止めたジトウに、労働監視者である兵からの鞭が飛ぶ。


「ウッ!」


うなる鞭で、何度も背中を打ちつけられるジトウ。ビシッ、ビシッと、痛々しい音が幾度となく反復されて行く。


 ――くそったれがっ

 死んじまった方がマシなのかもしれねえが、

 俺は、まだ、死ぬ訳にはいかねえっ


じっと痛みに耐え続けるジトウ。


 ――あの野郎を、この手でぶち殺すまではっ


-


日が暮れて、全く何も見えなくなった頃に、ようやく彼等の労働は終わる。彼等にとっては、夜の闇こそが、束の間の安息を与えてくれた。


資源採掘で、掘られた穴の中に、つくられた牢。夜になると、労働者達はそこに閉じ込められる。


 ――自分達が堀った穴に、閉じ込められてんだからな

 自分の墓穴を、自分で掘らされているみたいなもんだ



「うっ、うわっ!」


遠くで兵達の声が聞こえる。バタバタとした足音や、殴打されているような音も。いつもの鞭打つ音とは、全く違う。


聴覚がいいジトウは一早く、それを感じ取っていた。


 ――それにしても、今夜は、随分と、外が騒がしいな

 ついに、この穴に、魔物でも入って来やがったか?


その音が、段々と次第に大きくなって来る。こちらに近寄って来ているのだ。


足音は地下牢の前まで来て、そこで止まる。

そして、眼前には、闇に光る二つの目。


 ――おいっ、随分と、ヤバそうな化物だな

 なんつう、ギラギラした目をしてやがんだ


 しかし、この檻に居れば、逆に安全なのか?

 なんせ、竜人族の力でも無理だったんだからな



「ふんっ!」


薄暗い坑道に掘られた穴、そこに付けられている太い鉄の格子を、石動いするぎは腕力のみで、こじ開けた。


「もう、最近、ただのゴリラじゃないですか、若頭」


最近、ますます脳筋化している石動を、マサはぼやく。


マサが手に持つ、松明の明かりが差し込み、ジトウはようやく、それが人間であることを理解した。


部屋に閉じ込められているのは、ジトウをはじめ、有翼人、竜人族、獣人など、人間以外の他種族の者達。その竜人族の力でも無理だった鉄格子を破った石動に、一同は目を丸くして驚いている。


「いやっ、この世界、すべてのもんが、柔らか過ぎるんじゃねえかなっ」


彼等が元居た世界に比べれば、筋力が五分の一以下の者達を基準にして、硬度が計算されているのだから、柔らかいのも仕方ない。


「まぁっ、お前でも、出来んじゃねえかっ?」


「出来ませんよ、そんなのっ、私は元々が非力なんですからっ」


他の部屋も、次々と、鉄格子をねじ曲げて、壊して行く石動。



石動達がここに来たのは、ダークエルフの森の住人となった竜人族達に、強制労働収容所に囚われている同胞どうほう達を助け出して欲しい、そう頼まれたからだ。


「まぁっ、あいつらには、前回、危険を冒して、マシンガンをぶっ放してもらって、助けられたからなっ」


「しかし、人間以外の種族は、国外に逃げたか、殺されたか、難民になった……それぐらいだと思っていたんですが、まさかっ、こんな施設まであって、隔離されていたとは……」


依頼して来た竜人族達の話によれば、このような強制労働施設は、国内の至る所にあり、金、銀、銅、鉄など、資源となる物を採掘するために、捕らえられた者達が強制労働させられているらしい。


「おうっ、お前等、そんなとこでぼーっとしてねえでっ、とっととっ、逃げんぞっ」


「まぁっ、ここの兵士達は、予め、すべて殲滅しておきましたんで、そんなに急ぐ必要も無いんですけどね」


囚われている、人間離れしているはずの種族達が、倒すことが出来なかった兵力を、目の前の人間達が殲滅したということに、一同は再び驚いた。


-


囚われていた者達が外へ出ると、夜闇の中には、巨大な怪鳥が、ビーストマスターと共に待機していた。


「あらっ、やだっ、さすがに、こんなに居るんじゃっ、一度に運ぶのは無理そうねえっ……せっかく、ラブリーなゴンドラを用意して、夜空の旅を楽しんでもらおうと思ったのにぃっ」


確かに、怪鳥の脚には、吊り下げる用の巨大なバスケットがつながれている。アイゼンの趣味で、色はピンクだ。


「乗り心地は、最悪やけどなっ」


どうやら、サブは、空の旅で、乗り物酔いしたらしい。


「だから、犬ぞりにしておきなさいって、言ったじゃないっ」


アイゼンがそう言うと、反応した巨大な狼が、そっと近寄って来る。こちらにも、ソリに似た巨大な乗り物がつけれており、やはり、操っているのはビーストマスターだ。


「いやっ、ワイ、大きな人喰い狼の件があるから、こっちはちょっと、いいわ」


いずれも、マサが、大量人員輸送用に考案したものだが、この強制労働収容所の者達すべてを、一度で運ぶのには無理がある。


「いや、全員が、ダークエルフの森に行きたいとも限りませんでしょうし……」


「最低限、飯は保証されるんやから、みんな、そっちがええに決まっとるやろっ」


案の定、ほぼ全員がダークエルフの森に行きたいと希望したが、人狼のジトウだけは、全く逆の方角へと向かおうとしていた。



この場を立ち去ろうとしているジトウに、石動は声を掛けた。


「おうっ、あんちゃんっ」

「なんだっ、狼男かっ?」


「あぁっ、旦那かっ」

「あの鉄格子を破るなんて、すごいパワーだなっ、旦那はっ」


「でも、旦那、せめて、人狼って呼んでくれよ、ウェアウルフって、カッコイイ呼び方でもいいけどよ」


「改めて、助けてもらった、礼を言わせてもらうぜっ」

「俺の名前は、ジトウだ」


「石動だっ」


そこに、馬を引いてやって来たマサ。二人はこの後、別行動をするために、事前に馬を準備していた。


「旦那達も、ダークエルフの森に帰るのかい? 馬で」


「いやっ、俺達は、あんたと同じ方向だなっ」


「この周辺エリアには、まだ他にも、強制収容所があるらしいので、そっちも、様子を見ておこうかと思いましてね」


「……じゃあっ、俺を一緒に乗せて行ってもらえねえか?」


「この世界では、確か、人狼の走力は、相当速いのではなかったですかね……自分で走った方が速いかもしれませんよ?」


「あぁっ、四つん這いなって走れば、確かに、瞬発力では、馬になんて負けねえ……だが、さすがに、長距離は無理だ」


「頼む、途中まででいいから、俺を一緒に連れて行ってくれ」


「俺は、どうしても、そっちの方角にある、『スラムジャネイロ』って街に行かなくちゃならねえんだ」


「おいおいっ、随分と、治安悪そうな名前だなっ」


「まぁっ、どう考えても、治安悪目めですよね」


「なんだっ? 急ぎの用でもあんのかっ?」


ジトウの顔が、一瞬、陰る。


「あぁっ、落とし前をつけなくちゃいけねえ野郎がいるんだ」


その言葉に、石動は、自分が落とし前をつけなくてはならない相手のことを思い出す。


「なんだっ、訳ありなんだなっ」


「だがっ、まぁっ、そういうのは嫌いじゃねえっ」


マサは、ため息をつく。


「そう言うと思ってましたよ」


「まぁっ、一応、聞きますけど、スパイとか、暗殺者じゃないでしょうね?」


賢者役のマサからしてみれば、以前の苦い失敗がある以上、慎重にならざるを得ない。


「いやいや、誓って、そんなもんじゃねえ……」


顔の前で、大きく手を振るジトウ。


「そうだな、あえて言うなら、復讐者リベンジャー、だな」

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